〔10−1〕
「休憩だ」
その声で八戒が走り続けたジープを止めると、三蔵は勝手にさっさとどこかへ歩いて行ってしまった。
ずっと賑やかだった後部座席に辟易している様子がありありと窺えたので、残された三人は引き留めもしない。
「わーい、休憩〜! なあなあ八戒、このおやつ食っていい?」
「あははは、鬼の居ぬ間に、ですか」
三蔵の姿が消えるのを待ち構えたように運転席に身を乗り出した悟空を見て、八戒は思わず笑い声を上げた。
「鬼が居ようと居まいと、関係無く食ってんじゃねーかいつも、このお猿さんはよぉ」
「猿って言うなー!!」
「ちょい待ち。 …ん、このライター点かねぇぜ、ったく……ちょっと、火ぃ借りてくるわ」
悟空を軽くかわすと、煙草を口に咥えたまま、悟浄は木立の向こうへと消えた三蔵の後を追って行った。
しばらくして戻ってきた時、二人は一緒では無かったが、特に何も変わった様子は無い。
三蔵が仏頂面で煙を吐き出しているのはいつものこと。
悟浄が煙草を燻らせてへらへらと笑っているのもいつものこと。
火の貸し借りなど、よくある光景。
ただそれが、二人だけで行われた、というだけ。
◆
「あっ、やっと起きてきた! 三蔵、悟浄、おはよー!」
遅れて食堂にやってきた二人を、悟空と八戒が出迎える。
「まだ小雨が降っていますが」
「食後、すぐに出発する」
「わかりました。 準備はOKです」
「ん」
雨が降っても、よほどの悪天候でも無い限り、このところ出発が見送られることは無い。
以前は違った。
三蔵が動けなくなるからだ。
だが最近ずっと、三蔵の調子は天候には関わり無いように見える。
「眠れましたか?」
「……ああ」
不機嫌そうな声を出した三蔵は、席に着くなり新聞を広げた。
「読むのは食べ終わってからにしてくださいね」
「ちっ…」
舌打ちしつつも八戒の言葉には素直に従う。
いつもの光景。
けれど、少しどこかが違う。
「悟空の足も、そろそろ良さそうですよ」
「えへへ、悪かったな心配かけて。 でも、もう大丈夫!」
「ずっとコイツと相部屋で、ちったあ俺の苦労がわかったんじゃねぇの、八戒」
「何だよ、悟浄と一緒のこっちの方が苦労してたっての!」
「あはははは、不自由なのは足だけで、あとは元気でしたもんね〜」
喚く悟空と、ふざけて掴み合いになっている悟浄。
そんな、ありふれた喧嘩を眺めていた八戒の意識は、横に居る人物に向いていた。
――― 次の宿で二人部屋が取れたら、久しぶりに三蔵と一緒がいいですね
賑やかさが度を越し、そろそろ三蔵の怒りが爆発しそうだ。
やはり、いつものよくある光景。
ただ違うのは、雨が降っているのに笑い声が上がっている、という点だけ。
◆
他の二人が気付いているかどうかはわからない。
三蔵も、表立っては何も無い風を装っているから、気付きようが無いのかもしれない。
憤りなのか、羞恥なのか、それとも、もっと別の感情からなのか。
悟浄の腕を振り解くと、三蔵は微かに頬を紅潮させながらもすぐに取り繕い、いつもと変わらぬ佇まいに戻る。
受け入れているという態度では無い。
一応、抵抗もする。
だが、その瞳に拒絶の色が浮かばなくなったのはいつからだったか。
今日もまた、悟浄は隙を狙って三蔵の手首に唇を寄せる。
そして、消えかけた跡を色濃く染め直した。
〔10−2〕
何も無い景色の中を、ジープの轍だけが伸びてゆく。
「なあ、町は〜飯は〜、もう腹減って死にそー」
骨折が治ってからは元気一杯にはしゃいでいた悟空だったが、それも食べ物があってこそ。
すぐに次の町に着けると思ったのは、近道をするからと聞いた為。
だから、元より加減など知らない食いっぷりで、積んでいた食糧はとっくに平らげてしまった。
だが、現実は甘く無かった。
近道だという砂漠を抜けようとしているものの、既にかなりの距離を走っているはずが一向に町が見えないのだ。
「…あッ、ちィ〜〜〜〜〜〜」
ただでさえ暑いのに、砂避けのフードを被っているので余計に暑い。
文句を言い出した悟空に悟浄が言い返すが、
「この焼き猿が!!」
「誰が焼き猿だ、ひからび河童ッ」
と、その罵り合いを聞いているだけでも暑苦しい。
「………そんなに冷たくなりたいか?」
銃を構えた三蔵が更なる低音で脅すと、二人はようやく静かになった。
運転席では、「駄目ですよ、冷たくなる前に腐っちゃいます」 と八戒が笑い声を上げつつ朗らかにそう言う。
「なあ八戒、本当にこの砂漠って近道なの?」
見渡す限りの砂海原。
それを見て少々不安になり始めた時、悟空が前方に人影を見付けた。
声を掛けると、振り向いたのはまだ子供。
砂漠を抜けるのにどのくらいかかるのかと訊いたところ、一晩だと言われてしまった。
「お兄ちゃん達、旅の人だろ?」
少年は、自分の村が近くにあるから、泊まるところを紹介すると申し出た。
この状況で他に手は無い。
喜んで付いて行ったまでは良かったが、三蔵の法衣姿を見ると村人の態度が一変した。
「悪いけどウチには泊められねぇッ、他所をあたってくれ……!!」
いきなり追い出されて呆然としている四人の後ろで、先ほどの少年が難しい顔をして立っている。
何か理由がありそうだと八戒が気付いた。
「よかったら話してくれないかな」
「一年くらい前、三蔵法師様が来たんだ」
少年はとつとつと話し始めた。
まだこの辺りが町の一部だった頃のこと、三蔵法師が訪れたと聞き付けて砂漠に住む妖怪がやってきた。
お付きの僧侶が守ろうとしたが全く歯が立たず、三蔵はそのまま攫われてしまった。
その後は妖怪もおとなしいが、それ以来、砂漠が広がり始めた、と。
村人が警戒する理由を聞いて、それならば早々に立ち去った方がいいだろうと思えた。
しかし、三蔵が急にその妖怪のところへ行くと言い出した。
「何か考えがあるんですね、三蔵?」
「……まぁな………」
◆
――― 何処だ、ここは……
気が付くと、三蔵は法衣の上を脱いだ姿で寝台に寝かされていた。
――― 砂の妖怪の根城か……
ここら辺りだ、と案内された場所で砂に呑まれたのを思い出した。
身体を動かそうとしてみたが、指先がぴくりとするだけで動けない。
薬で全体が痺れているようだ。
「あら、お目覚め?」
纏わりつく嫌な声が耳に届いた。
三蔵は覗き込む影に視線だけを投げ付ける。
「最…悪だな」
口は辛うじて動くので三人について尋ねると、別室だという返事。
まだ、殺されてはいないということか。
「こんなに若くて綺麗なのも居るのね」
その影は女の形をしている妖怪だったが、どうやら本当の性とは違う。
不老不死になる為に三蔵法師を喰らい、再びそのチャンスが巡ってきた現状を無邪気に喜んでいる。
本人は美しいと思っている姿も、三蔵からすれば醜悪でしか無かった。
「無駄な努力だな、反吐が出るぜ」
辛辣な言葉は妖怪の気に障ったらしい。
パン、と頬が張られる。
いつだって殺せる、と逆上する妖怪に、三蔵は 「勝手にすればいい」 と投げ遣りに答えた。
「その醜い姿で永遠に生きなきゃならん貴様が、いっそ哀れだな」
真っ直ぐに妖怪を見据え、毅然と言い放つ。
そこには、容姿以上の美しさが備わっているように見え、一層妖怪を刺激した。
紛い物の美など、本物の足元にも及ばない。
自分でもわかっているのだろう。
妖怪は抵抗できない三蔵を何度も何度も殴り続けた。
くらくらする三蔵の意識の奥で、声が聞こえてくる。
『強くありなさい、玄奘三蔵法師』
あの方の最後の笑顔。
あの方の最後の言葉。
そして、最後の願い―――――。
師であり、父であった光明三蔵。
自分が認めた、ただひとりの 「三蔵法師」。
同じ名で呼ばれることで、三蔵は弱い己を戒め続けて来たのだ。
強くあれというその一言で、痛みも辛さも乗り越えてきた。
お師匠様を失った時も、この身を弄ばれた時も。
ずっと意識し続けている、その言葉。
自分はまだ、強くは無いから。
だが、こんなところでこんな奴に屈するなど、考えたくもない。
――― こんな痛みは何ともねぇんだ、何とも……
生身の三蔵は、殴られれば確かに痛い。
けれど、痣ができても血が出ても、その痛みは我慢できる程度のものだった。
妖怪が女の姿だったというせいもあったのか、繰り出される拳に破壊的な威力は無い。
痛みは逆に、三蔵を薬から覚めさせた。
「がッ……!」
三蔵の拳が妖怪の頬にめり込んだ。
突然の反撃にその身体が吹っ飛ぶ。
三蔵は立ち上がると、思わぬ展開に動揺している妖怪を見下ろした。
その目は暗く淀んでいる。
「三蔵」 と呼ばれても、そいつの言う通り、読経するだけのただの人間。
「だから、人だって殺せる」
見難く床に崩れ落ちた妖怪の前に立ち、三蔵は真っ直ぐに銃を向けた。
一気に殺してしまうのではなく甚振るかの如く、何発も何発も鉛の弾を撃ち込んでゆく。
――― ちっ、弾の無駄遣いだな、こんなのは
そう思っても止められない。
ぽっかりと空しさを感じる心は、身体から遠く離れたところにあるかのようで。
手が勝手に動いている。
三蔵は第三者の目で、自分の行為を冷静に見つめていた。
――― くだらねぇ……くだらねぇんだよ
三蔵の名に躍らされる奴も、三蔵の名に縛られる己も、誰も彼も、何もかもが……。
いくら撃っても空しさは埋まらない。
自分の弱さも、変わらない。
そこへ脱出してきた三人が飛び込んで来た。
が、部屋に入りざま、立ち竦んでいる。
「何やってんだよ、三蔵!」
叫ぶ声が三蔵の耳に届く。
ようやく手が撃つのを止めた。
「こんな拷問めいたこと、お前らしくもねぇ…!」
悟浄が三蔵の肩を掴み、ぐいっと振り向かせた。
「俺らしくない…? 俺らしいってのはどんなだ?」
三蔵は口の端を厭らしく上げて自嘲的に笑った。
「三蔵……」
心が軋む音を立てているのが聞こえてくる。
わかっている、これは甘えだ。
怒りをぶつけることで、自分はこの男に甘えている。
だが、そんな三蔵に反応したのは悟空だった。
黙ったままつかつかと三蔵の前に進み出て、徐に三蔵の向う脛を蹴り飛ばした。
「ってぇな! 何すんだてめぇ……?!」
三蔵は思わず、日頃の調子で怒鳴ってしまった。
悟空は、いつもみたいにハリセンで殴れと言う。
それが自分の知ってる三蔵だ、と。
――― ふん……もう怒る気も失せた……………
さっきまでのどす黒い感覚が嘘のように消えていく気がした。
張り詰めていた気が抜け、身体の力も抜けて。
そこでようやく、三蔵はこの場所までやってきた目的を思い出した。
自分が着けていた経文と、妖怪が喰ったという三蔵が所持していた経文。
「どこにやった?」
尋ねると、妖怪は素直に在り処を吐いた。
前に連れて来られた三蔵の経文は、城のどこかに打ち捨ててあるらしい。
それは後で探すとして、先ずは自分の魔天経文だ。
後ろの棚にあるというので取りに行こうと振り向いた時、妖怪の爪が伸びて三蔵の胴体を突き刺した。
「が…………ッ」
吐血して倒れた三蔵に対して、すぐ気功で治療しようと八戒の手が伸びる。
しかし、寸前で止まった。
「これは…?!」
ただの傷口では無い。
妖怪の爪はサソリの毒針となっていたのだ。
これでは、迂闊に塞いだりできない。
毒を消すように命じたサソリ妖怪は、既に死んでいた。
妖怪の間で真しやかに噂されている “不老不死説” も、所詮はでまかせに過ぎなかったということ。
どこからか、砂が流れる音が聞こえてくる。
その音は段々と大きくなり……。
三蔵は、そこからしばらくの間、意識を飛ばした。
〔10−3〕
あの後、サソリ妖怪の毒に倒れた三蔵を守りつつ、崩壊する城から何とか抜け出した。
生き埋めにならなかったのは、八戒の力があったからだ。
襲い掛かる砂から気功で守ってくれた。
三蔵の大事な経文も、八戒が見つけて確保したから手元に残っている。
地上に出てほっとしたのも束の間、次に現われたのは紅孩児たち。
たまたま通りかかったと言い、脱出の手助けをしてくれた形になった。
が、敵同士、出会ってしまえば素通りはできない。
三蔵を助ける為に一刻を争う今、悠長に構えている時では無いのだが、闘わざるを得ない状況に陥った。
負ければ経文を奪われる。
勝てば、すぐに三蔵を助けられる。
以前会った時よりも強くなっている紅孩児に対して、悟空は三蔵の為に自ら金鈷を外した。
本来の悟空の姿を目にするのはこれで二度目だ。
前回同様、敵味方の区別無く暴走する悟空を、悟浄は止められなかった。
止めたのは……。
――― アイツ、あんな身体で無理しやがって………
悟空が静かになってから、八戒が自分たち三人をジープに乗せ、村まで戻ろうとした。
あの時、気付いた自分は無理をしていた八戒に、「運転を代われ」 と言うくらいしかできなかった。
結局、何の役にも立たなかった。
――― 俺の存在って………
起きていて何かしていても、ベッドに入って目を閉じても、頭が勝手に考えてしまう。
三蔵の中に “悟浄” を刷り込むのには成功していると思う。
だが、その何と希薄なことか。
サソリ妖怪を嬲り殺そうとしていた三蔵の肩を掴んだ時、その唇は確かに自分に対して言葉を発した。
なのに、すぐ応えられなかった。
動いたのは悟空。
ただ、足を蹴っただけ。
ただ、三蔵を怒らせようとしただけ。
それだけで、三蔵を取り巻いていた刺々しい空気が一瞬で消えた。
八戒もそう感じていたはずだ。
けれど、奴はそれで安心しても、自分は違う。
悔しい。
空しい。
畜生、敵わねぇ……。
三蔵と悟空の間にある見えない絆を改めて確認させられた気分。
悟空が金鈷を外して暴走した時も、意識が無かったはずの三蔵が止めたのだ。
自分など、到底立ち入れない密接な関係。
――― 何やってんだろ、俺って………
頼まれてもいないのに三蔵をこの現実世界に引き止めるべく必死になっていた。
でもそれは、自分に廻ってくる役では無かったのかもしれない。
既にその役はキャスティング済みだったのだ。
自分が三蔵と出会う、もっと前から。
それでも、今、三蔵の側に己が居続けているのが全くの無意味だとは思わない。
いや、思いたくない。
あの二人が知らない三蔵の過去の傷については、自分が関わるしか無いのだ。
消せはしなくても、少しでも負担を軽くする為にやってきた行為。
それを、今更、無かったことにはできないのだから。
だから、
――― 俺は俺の遣り方で……
悟浄は煙草に火を点け、深く吸い込んだ。
吸っても吐いても、悟空との闘いで傷付いた身体が痛む。
だが、この痛みが何かの代償になるのなら、甘んじて受け入れよう。
「つ……」
時折眉を顰めて痛みに耐えつつ、今はただ、隣の部屋で寝ている三蔵が早く目覚めるように、とだけ願った。
自分の行為が無駄かどうかは、一時、考えまいと決めて。
何かを吹っ切ろうとするのか、悟浄は首を軽く左右に振った。
そして、横で項垂れている悟空の頭にポンと手を置くと、わざと明るい声を出した。
「おい猿! 包帯替えるの手伝え」
◆
うなされる三蔵の前で八戒が手を拱いている。
額に浮き出た汗を拭いてやったが、目を覚ます気配は無い。
そういえば、と、悟浄と同室だった翌日は不機嫌ながらもどこか安定している三蔵だったことに思い至る。
雨の日もあった。
なのに、特に憔悴した様子も無く、いつもと変わらないくらいの三蔵を見て、安堵と同時に違和感も覚えたのだ。
――― 悟浄はこんな貴方を前にして、どう対処してるんでしょう…?
つい、溜め息が出てしまった。
――― 一体、どんな魔法を使ったのか、教えて欲しいものです………
でも、それは聞かない方がいいのではないか、という気もした。
深く詮索すると、踏み込んではいけない領域に足を突っ込みそうで。
自分の両手が汚れてしまったと感じている限り、誰かに想いを寄せたりするのは禁じてきた。
だが、そんな汚れは洗い流せばいいのだと思えるようになった。
そう思わせてくれたのは、一緒に旅をしている仲間たち。
自分には何も残っていないと諦めにも似た感情を持っていたのに、再び大切な存在となった三人。
その中でも三蔵については、愛情などという言葉とは違う、何か言い表せない想いを抱いているのは確かだ。
だが、己の全てをぶつけることは、まだ怖くてできない。
それを、悟浄はやってのけているのだろうか。
だったら、
――― 僕は僕の遣り方で……
目覚めればすぐに世話ができる体勢を整え、八戒は全神経を三蔵に向けた。
しばらく寝顔を見つめていたが、汗を拭ったタオルを取り替える為に一旦席を外す。
戻ってきた時、三蔵は目を開けていた。
「…俺は…強かない」
「――知ってますよ。 でも少なくとも、弱くはないでしょう、貴方は。 お目覚めはいかがですか?」
目覚めた喜びをあからさまに表に出さないようにして、淡々と言葉を紡ぐ。
「………――最悪だ」
どんな夢を見ていたのか、三蔵は機嫌が悪い。
三日も眠っていた三蔵に、これまでの状況を掻い摘んで説明した。
そして、三蔵の心を占めているであろう事柄を穏やかな声で告げた。
「…悟空なら悟浄と一緒に隣の部屋ですよ」
違いましたか、と問うと、知るか、と背を向ける。
「――前に、僕にこう言ったのは貴方でしたよね。 『足手まといは必要ない』 って」
「………馬鹿は俺か」
聡い三蔵は、こちらの言いたい内容を的確に把握してくれる。
だから、三蔵と会話するのは好きだ。
無闇に寄り掛かったり、内部にまで入り込もうとしなければ、三蔵は自分の存在を受け入れてくれる。
悟空のような、密接な繋がりを持つのは無理だろう。
だから、今の関係が一番いいのだ。
そう自分に思い込ませて、八戒はしばしの間、三蔵と二人だけの空間に身を浸した。
口から出る言葉は、ただ、三蔵に軽く八つ当たりするだけのものに留めて。
◆
八戒が部屋を出て行った後、三蔵はベッドの上に身を起して身体の傷を確かめた。
一番酷いのは、サソリ妖怪の爪が貫いた傷。
他にも、大小様々な傷がたくさん付いている。
だが、既に治りかけているのも多かった。
(三日も寝てりゃぁ……)
変化は十分に起こり得る。
あったはずのモノは消え……。
「ふっ……」
三蔵は手首の内側を軽く擦りながら瞳に暗い色を浮かべて軽く笑うと、三人が待つ隣の部屋へと向かった。
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