夜明け前のひんやりとした空気の中、空にはまだ名残の星が見えていた。

ラウは教えて貰った通りにムウの身体に腕を回し、空を見上げていた。

空には星が瞬き、月はいつもの同じ顔ではなく、今も名残の月が白くふんわりと浮かんでいた。


「ムウ?あれ、月?」
「そうだよ、月に星、時折彗星も訪れる。」
「賑やかだね。空も・・・」
「ははっ、賑やかかーそうだなあ、そんなこと考えた事がなかった。」
「しっかりつかまってろよ、スピード出すぞ!!」
「怖いよ、揺れる。」
「しっかりつかまってろ!」

返事の代わりにウエストにきゅっと腕を回し、しがみ付いて来た。
ムウの頭の中で何かがはじけた感じがした。寮の下級生とは少し違うラウに出会ってから夢中になった。自分と同じ金の髪、同じ青い瞳なのに、一目見て、なんて綺麗な子だと夢中になった。不思議だと思った。
一目惚れって奴か?
背中から感じる自分以外の熱に気を取られていた。


もっとこの子の笑顔が見たい、自転車だけでなく、いろいろな物を教えてやりたい。
ムウの口元には我知らず笑みが浮かぶ。ペダルをこぐ足にも力が入り更にスピードが上がる。


「此処からは、歩きだよ。」

自転車は押さないと辛い。ムウにとっては何ともない坂だが、ラウにとってはきつく、息切れしながら後を付いてきた。

「もう少しだから、此処まで来れば良いものが見られるぞ、もう少し!!」
「はあ〜、はあ、はあ・・・」
「は・・・!!!―――これって・・・・」

「そ、これが本物の海、そして、日の出だ・・・!!!」

「―――すごーい!!!・・・・・」

「目の前全部が海、青い空、砂の海岸、草っ原!・・・・だよね?あ・・・月が、星がない・・・・」
「そうだよ、此処を見せたいと思ったんだよ。」

ラウの顔には満面の笑顔が広がる・・・・坂を駆け出して行く。

「無理するなー、こけるぞーラウーっ」

ムウは自転車に乗って追いかけた。すぐ草原へたり込んでいるラウを見つけた。

「だいじょうぶか?」

頭の上から空を切るように覗き込む。

「喉からから・・・苦しい〜」

ミネラルウォーターのボトルを渡してやる。ずっくりと汗をかいている様で、麦藁帽子を取ってやる。金の髪が汗で張り付いていた。生まれたての太陽の光に照らされてキラキラと輝いていた。
其の様子を見ながら、やっぱり貸してやったセーラー服が良く似合っている、とにやけていた。

「ああ〜気持ちいい風だ〜風って、こんなに強弱があるんだね?それに匂いも温度も違っている。いつも同じじゃないんだ。これが自然の風なんだ。地球の風だ・・・」

嬉しそうに目を細めている彼に、ムウはサバイバルナイフで、切り分けたパンの上にチーズの塊を乗せた。
ラウはその大きなパンとそれに負けない塊に、困惑の眼差しをムウに向けた。
ムウは笑って半分の薄さに切ってやる。

「僕の学生寮の夜間の耐寒訓練という行事では、一晩歩き続けるんだ。その時渡されるんだ、これより大きいチーズとパンを、かじりながら歩くんだ。じゃあ、ラウはっこっちのレッグの骨付きチキンは大丈夫かな?僕はぺろりだけれどね?」
「君は平気なんだろう?わ、私も大丈夫さ・・・・」

しばらく二人は黙って口だけ動かしていた。

「ええ〜!これ赤ワイン?」
「ああ、軽い、スパーリングワインさ、水代わりに、失敬してきた。炭酸だからしゅっとするけど・・・もしかして・・・・?ええ〜?ラウ、真っ赤・・・・」
「うん・・・美味しかったけれ・・・ど・・力が抜ける〜」

と、草の中に倒れ込んだ。

「おい!・・・寝てしまった・・・・仕方ないか・・・寝てなさそうだっし・・初めて尽くしにワインだものな〜大人っぽくて同じ歳かと思ったらまだ7歳だものな、ごめんよ、ラウ」

頭の下にタオルを敷いてやる。麦藁帽子を日除けに顔に被せてやる。
細々と世話を焼くのも、宝物を手に入れたようで、何か落ち着かず、胸がざわざわとしていた。
そうだなあ、こんな弟なら家から通学できる学校に転校して、一緒に通学して見たいなあ。

今朝まで余り表情が変わらず、感情の起伏が感じられなかったけれど、だんだんと太陽の下生き生きとして来たじゃないか・・・

でも、これからあの屋敷に一人か?僕が学校に戻ったら・・・僕でもこの家の雰囲気は嫌なのに・・・
実の母親ながら、あの女と共にいるのは堪らないな〜 
でも、見知らぬ寝取った女の、子供の面倒を見させられるのも可哀想だと、双方に同情してしまう。
自分には、母以外に女と寝て子供までも作った父親が許せなかった。
そのイライラを母は僕にぶつけて来る。二人とも身勝手だと思っている。

これから来る親戚連中も勝手なことばかり言っている。
彼らも嫌いだ・・媚びへつらう様におべんちゃらを言って来た。愛想笑いをしながら僕のご機嫌を伺っていた。
でも、父親の愛情が先行きの家の相続相手が、僕ではないような雲行きになった途端に擦り寄ってこなくなった。
金と欲の亡者どもめ、子供だから判らないと思っているのか?

自分が嫌って飛び出しているこの家に、この子を一人置いていくのか?
なあ、ラウ、僕の学校に来ないか?
横ですやすやと酔っ払って寝ている幼子を見る。細い手足、真っ白い肌・・・あ、少し火照っている?
これ以上日焼けさせると真っ赤になりそうで、自分と彼の上着代わりのシャツを掛けてやった。

立ち上がったついでに、海まで行って見るか?夏を過ぎると人影もないなあ、ま、この浜辺の殆どはフラガ邸の敷地だから、プライベートビーチと考えれば人影がある方がおかしいのだが・・・
貝でも拾ってやろうかな?本物は触ったことがあるのかな?と思いつつ足を海に向けた。

これぐらい有れば良いかな?時間も経ったようだな?と、太陽の位置を確認した。

「!!!??」

「??・・・叫び声?――ラウ!!だ!!」
「ムウウッ!!ムウ〜!!どこ〜!!何処行ったの〜??ムウ〜!!」
「ここだよ〜!ラウ〜!!」

と急いで返事をしながらラウに大きく腕を振ってやる。

帽子も飛ばしかけながら転がりそうになりながら、砂に足を取られながら駆けて来た。
必死で駆けて来るラウに向かって自分も迎えるように駆け出した。

「ムウだあ〜!よかったあ〜!!何処かへ行ったかと思ったんだよ〜」

と言いながら飛び込んで来た。どさっと抱きついて来て、ムウもそのまま尻餅を付いてしまった。

「ラウ、ごめんよ〜」」
「はあ、はああ、はああ・・・・走ったから・・・苦しい、足取られて走り難いよ〜」

ぜえぜえ言っているラウの背中をさすりながら、ポケットに入れていた物を渡す。

「これを君に上げようと思って拾っていたんだ。手を出してごらん。」

ラウの手の平に一つづつ貝を置いて行く。綺麗なものや、変わった形のもの大小色々な貝がラウの手を一杯にして行く。

「綺麗だね〜変わった形、これでも貝なんだ〜本や写真で見たのと良く似ているよ〜」
「もっと探してみるか?生きている奴も手に入る。」
「うん!!」


その後、約束通りに自転車に乗る練習もした。どうも上手く行かなくてお互いに笑い転げていた。
何とか危ないながらも乗りこなせるようになった。

「早いよ〜のみこみが、ラウ、すごいよ〜きっと運動も良くできるよ!運動神経良さそうだ・・・でも、帰りは僕が乗せて帰るから、まだ危ない、僕は君に乗せて貰いたくないよ、怖いから・・・」
「僕が乗りたい〜」
「駄目〜・・・・さあて帰るか〜次の用事が待ってるだろう?今頃躍起になって探してるぜ?」


片手にパイ、片手に水のボトルを持って黙々と食べているラウ、その様子を見ながら、勿論自分も口に詰め込みながら・・・

「新学期から僕の学校に来ないか?一緒に僕と同じ寮生活をしないか?低学年のちびっ子からもう大人に近い上級生まで沢山いるけど・・・田舎で何も無い所だけれど・・・」
「それとも・・・僕がこの屋敷から通える学校に転校して、君と一緒に行けばいい。どうだい? この考えは・・・?」

ラウの顔を覗き込むようにして見つめている。

ラウはごくごくと喉を鳴らして水を飲んでいた。飲みぞこねた水が彼の喉を伝い落ちる・・・光に煌きながら・・・白い喉を伝い落ちる・・・細い首・・・
ふと、我に返り、僕は何処を見ているんだと想いながら、人懐っこい笑顔でラウ?と呼ぶ・・・

「僕と一緒?この僕と?」

「ああ、ずっと一緒だ・・・」

「本当に?いいの?君と一緒でいいの?」

「兄弟なんだろう?家族になったんだろう?一人っ子で僕も寂しかったから・・・」

「僕でいいの?嬉しい・・・・嬉しいよ!ムウ!!」

満面の笑顔で僕の胸に飛び込んで来た。二人とも草叢に倒れ込んだ。青い草の香が立ち込めていた。

「ああ・・・・空青いよなあ〜ラウ、君、お日様と草と汗の匂いがする・・・・似合うよそのセーラー服、君にやるよ・・・・」
「ごめん、どこか打った?痛くない?」

胸から頭を上げて聴く。

「ラウ、もうちょっとこうしていたいよ。君と、じっとしていて・・・君と一緒に学校に行けるように帰ったら頼んでみるよ。君と行きたい。―――大好きだよ、ラウ――君が好きだ・・・」

「ムウ、変だよ?出会ったばかりなのに・・・」

「そうだな、たった一日で君が好きになった、いいや・・・ひとめで感じたんだ、君だ!!って
・・・これから毎日が楽しくなりそうだよ・・・君は?ラウ?」

ラウの髪をくしゃくしゃと指でかき撫でながら聞いて来た。
「―――ムウ、・・・・ありがとう・・・僕も・・・君が好きだ・・・僕を好きになってくれた君が大好き・・」

ぽろぽろと涙が零れ落ちる、ムウの顔に・・・

「泣くなよ〜これくらいでさあ、これから毎日一緒だ、毎日言ってやるよ、ラウ・・・・君が一番大好き・・・・ってさ、楽しく暮らそう? 泣いている暇なんかない、喧嘩もしよう、一杯一杯いろんなことを二人でしよう?・・・・・ラウ?・・・・なあ?」

ムウの上から見つめているラウ、涙をためている青い宝石、柔らかい髪に差し入れていた指に力を込めて自分に頭を近づけた、反対の手で、頬を撫で指で涙を拭ってやる。その指が赤いラウの唇をなぞりながら、ムウはその唇に自分の唇を押し付けた。

ラウの身体は一瞬強張ったが、すぐに力を抜きムウに全身を預けた。



それは長い口付けだった。幼く拙いながらも、心からの願いだった・・・・
10歳と7歳の幼い口付け・・・親からの愛情に飢えた彼らのささやかな行為・・・・
他愛のないおままごとのキス・・・
それでも・・・二人の心の中は満たされて・・・・
欠けていたものがようやくぴったりと合わさったようで・・・・
この行為が何の感情から生まれたもので、この先何処へ辿り着くかなんて知らなくて・・・・
無垢な二人・・・・
ただ一緒になりたかった・・・・離れたくなかった・・・・
彼らを見つめていたのは、太陽と風と草だけだった・・・




「ラウ?こうするのは、好きな人とするんだって先輩が言ってた。」
「したことあるの?」
「馬鹿だな〜ラウが初めてさ・・・」
「僕も・・・ムウが初めて・・・フフ・・・」
「―――ラウ?、また一杯しような?・・・・」
「うん・・・」

草叢で抱き合いながら照れ臭そうにして話す、子犬のようにじゃれ合っているうちに、いつのまにか、ムウがラウを下にして上から眺めながら、ラウの髪を梳き頭を撫でていた・・・

「もう一度いい?」
「うん・・・」
「ラウ、君が大好き・・・」

ゆっくりと重なる二人・・・




「――しっかりつかまった?もう慣れただろう?怖がらなくていいよ、大丈夫だから・・・」
「うん、でもカーブする時とか落ちそうだもの・・・」

と言いながら、ぎゅうっとムウを抱き締める・・・
ムウはそんなラウを守ろうと思った。とても大人になった気分だった。

――君を守るから・・・ラウ・・・




屋敷にこっそり入り込んで戻り自転車を片付けながら、ムウは言った。
「今夜さ、パーティの用事が済んだら僕の部屋においでよ・・・一緒に遊ぼう?大人は大人で騒いでるんだからさ・・・これからずっとあんな客室じゃなくてさ、僕の所に居ればいい・・・・な?」
「ラウ?約束だぞ?」
「うん、約束、行くから・・・」
「覚えているだろう?僕の部屋・・・」
「うん、一番に覚えた・・・」


二人で屋敷の裏口から入り込もうとしている姿を何処からか見付けられていたようだ・・・

「ムウ様!!・・・!!!―――ラウ様まで!!」
「朝からお探ししていたんですよ!何処にいってらしたんですか?!ムウ様!!・・・」

「うはっ!逃げるから・・・ラウ、しっかりシャワーしろよ・・・日焼けで痛いかもな?」

と、執事に叱られ、勝手なことを叫んで逃走してしまった・・・・

「全く相変らず逃げ足だけは速い・・・・ラウ様、さあこちらへ・・・それは?」

「うん?――貝殻だよ、私にくれた、私も初めて自分で取った・・・」

「それは・・・ようございましたね・・・シャワーしましょうか?それとも何か召し上がります
か?お腹お空きでしょう?
―――お客様もぼつぼつ到着されていますよ・・・・」

「―――判った・・・上手くやるよ・・・・」



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