「私はアルそのものです。」
夕食会を兼ねた、この財閥当主のアル・ダ・フラガの、親族だけの誕生会も終わりの頃、皆が、それぞれ寛ぎかけていた時、当主より一人の少年の紹介があった。
「ラウ・ラ・フラガ、今年8歳になる。」
「まあ、なんて愛らしい坊ちゃまだこと!!」
「ほんと、昔の子供の頃のアルにそっくりですわ。」
「そっくりというより、昔のアルはもっとやんちゃで色も焼けていたよ。この子みたいに色白ではなかった。」
「そうそう、もっと生意気そうな目付きだったなあ。」
「しかし、良い跡継ぎに恵まれて良かった。これでやっと帝王学を教え込める子供を授かって良かった良かった。」
「ラウ君、君の本当に母上はどうなさっているのかな?」
「義母はムウの母親がなるのだね?彼女には悪いが、君の母上がどんな方かちょっと教えてもらえないかな?」
「さぞやアルの眼に叶った女性だ、名のある家柄の聡明な人だろう?」
其の質問に大人びた表情で、手を後ろで組み一人で真っ直ぐに立ち、視線をアルに向け、応えた。
「私はアルそのものです。誰の遺伝子も混ざってはいません。」
「私の母の出身の事をお聴きになりましたが、私には母はいません。コロニーメンデルのヒビキ博士と、このアルによって生み出されたのです。」
ざわっ!!と周囲の空気が揺れた―――
先ず義母の悲鳴を飲み込む喉の音・・・
「母はいません、確かにお腹を借りた代理母なる人はいたかも知れませんが、それはただの産むまでの契約。嘘ではありません。私はアルそのもの・・・・そうですね?アル?」
「ク・クローン?・・・・」
「そうだよ、皆様、まさしく私の跡継ぎは私しか出来ない、誰にも変われない。私そのものが後を継ぐのです。他の誰でもない。私そのもの、このラウがね?」
一番の年長らしい老婦人がよろけた。
「ク・クローン?おおっおお・・・神様・・・」
「あ・貴方は、・・・・私をそこまで騙して・・」
妻たる立場の婦人は絶句して椅子に倒れ込んだ・・・
二人は揃ってそっくりの笑みを口元に浮かべて、パーティの会場の部屋の中央に立っていた。
フラガ家の親族達はこの二人を恐れるように声もなく遠巻に二人を眺めていた。
「さて、疑問も晴れたことでしょうから、今夜はこのあたりでお開きといたしましょうか?」
皆様もお部屋にお引取りください。また明日お出会い致しましょう・・・」
と言われても誰も動かなかった。否、動けなかった。
余りの衝撃的な話に誰もが、疑心暗鬼で一人の人物を見詰めていたからだ。
其の多数の眼はアルを通り越し小さなクローン人間のラウに向けられていた。
何とも言えない眼で身震いする者、おぞましいモノを見たとばかりに眼を背ける者。
今しがた、たった今迄、金の髪を撫でていた婦人は椅子に倒れこみ、二度とこちらを見ずに顔をハンカチで覆ったままだった。
『この仕打ちは何だ!!!』
『私の存在を今の今まで認めてくれていたのではなかったのか!!!』
『良い後継者と、アルの再来と喜んでいたのは一体誰だ!!!』
『其の目は何だ!!!』
『見るな!私をそのような眼で見ないでくれ!!!』
「クローン・・・・人でないモノ・・・・」
「汚らわしい・・・・!」
「なんてこと・・・このフラガ財閥に・・・なんてことを・・・・」
「アル!良く考えろ!」
「アル、お前は犯罪者になるのだぞ!」
「ムウ君の方がまともだ・・・我らはムウ君を支持するから・・・・」
「皆様・・・この話、世間に洩れましたら、話の出所は皆様という事とさせて頂きますから。お間違え無きよう・・・」
と、言い放ち、アルはラウの肩を抱き、先に部屋を出て行った。
ラウは誰に連れられて居るのかも判らないほどにガタガタと震えていた。
「心配するな、お前は私だ・・・私そのものだ・・・・お前しか要らない。判ったらゆっくり休め・・・」
そう言い、アル・ダ・フラガは客間の部屋の前で、たった8歳にも満たない子供が何を考えているのか、何故震えているのかを考えずに去って行った。
「・・・・・」
重いドアを開け、常夜灯の光を頼りにベッドまで辿り着いた。
ベッドに横たわり、この長い一日のことが頭の中を駆け巡っているのを感じていた・・・
『君が居てくれて楽しいよ、一緒の学校に行こうか?そうなればとても僕は嬉しいよ、ラウ』
『クローン・・・人でないもの・・・・』
『汚らわしい!・・・・』
非難と、恐れと、恐怖の眼が追いかけてくる・・・・
『見るな!!そんな眼で私を見るなあ〜!』
「くうううっ・うっ・うっ・・・・・・」
身体を震わせ、声を噛み殺し・・・
暗闇の中、全てを拒否された失意のどん底に突き落とされた小さな少年が居た。誰もその頭を、髪を撫でて慰める者も居ない・・・・
何もしていない、ただ自分の存在があのような眼で、言葉で、態度で排斥されねばならないのか――!!
そうだ、私は知っていたはずだ・・・このような反応をナチュラルから下されるだろうことを・・・
何故?・・・今頃思い出したか?
私はこの地球で生きて行けるなら、と。決心して地球に降りてきたんだ・・・
あのドクターの元にいても、何時かは私の存在が知れ渡るときが来たら、あのヒビキは破滅する
・・・・私の存在は良くない・・・
オリジナルから地球に降りるように言われた時、有るべき所に行く時が来た、と、そう、決心したのに・・・・
誰のせいなのだ・・・・
そう、あの時思ったではないか。私は許さないと、私を欲望のままに作った人々を・・・・・
なんと人の良い行動を取っていたのか?
そんなに地球はよかったのか?
それほどに、自分を認めてくれる人がいたのが嬉しかったのか?
名前を呼んでくれる人がいたのが嬉しかったのか?
なんと馬鹿な私だ・・・私は人でないのだ・・・だから排斥を受ける・・・・
何処にいても私の存在はない、判っていたじゃないか・・・
だから何をやってもいいのだ・・・人じゃない・・・そうだろう?
ムウ・・・君のことは忘れない・・・ひとときの夢をありがとう・・・君の暖かさは嬉しかったよ・・・でも、真実を知ってしまったら・・・・君はどうする?
そっと、起き出した。
重いドアを開け、外に出る。月光の光で少しは物が見える。
ラウが立ち止まったところは・・・ムウの部屋・・・
「ムウ?・・・起きてる?僕だ・・・ラウ・・・」
こつんと控えめに叩く。小さい声で呼びかける。何か音がした、扉が開く・・・
「ラウ・・・?パーティに呼ばれていたんじゃ・・・?もう終わった?」
「どうしたの?――その顔・・・泣いて?どうしたの?」
と自分のベッドに座らせた。
「ゴメン・・・一人では耐えられなくて・・・・ゴメン・・・・」
身を小さくして震えて謝っている様子に困惑しながら、声を掛け抱き締めた。
「どうせ、ママか、父様だろう・・・・
酷いことを言うのは・・・気にするな・・・一人であの客間が怖ければ、今夜は此処に泊まればいい。
そうだろう?このまま寝ちゃえ・・・な、僕と一緒に・・・」
「ありがとう、ムウ・・・・」
「おやすみ、ラウ・・・」
と、ラウは、優しくおでこにおやすみのキスを受けてまた涙が零れそうだった。
未だ生きて行ける、このキスに涙するのだから・・・
バーンッ!!と、扉が開けられた。
「ムウ!! 今夜からこんな屋敷に入られないわ!!」
「聞いてよ!ムウ!」
「!!!!」
「―――っっ!!ムウ!その子は化け物よ!はなれなさい!」
「出て行きなさい!お・お前などにこの子は渡さないわ!!」
「ママ?―――ママ!?何を酷いことを言ってるの?それでこの子を泣かせたの?」
「何言ってるの?!この子は・・・・人じゃないのよ・・・アルの子供じゃないのよ・・・アルの・・・・クローン体よ・・・」
「クローン?体?・・・・」
「そうよ!アルの組織だけで作られたアルそのものよ!!」
「財閥の跡継ぎを誰にも渡したくない!自分が未来永劫自分だけが後継者でありたいからよ・・
こんな人でないものと一緒にいないで!おぞましいわ!!」
「ラウ?・・・・君は自分の事知っていた?ラウ?・・・本当なの?・・・」
ムウはその言葉に返事がないのに気が付いた・・・・
「―――ラウ?・・・・・ラウ!!!」
「当たり前よ、だから地球に降りてきた・・・さっきも二人で同じ表情で笑っていたわ・・・」
「出ってて!息子に近寄らないで・・・・化け物!!」
黙って、ラウは弁解の言葉も口にせず・・・・そのまま開いていた扉から出て行った。まるで、幽霊のように・・・
その眼だけがギラギラとしていたことを誰が知っていただろう・・・・
その夜の出来事からようやく屋敷が寝しずまったのは・・・・もう、明け方近くだった。
幸いなことに、否、不幸なことに夜が遅かったので、使用人達もいつもより僅かに起きるのが遅かった・・・
そして・・・未だに語られる大火災が起きた・・・・
出火原因は厨房からの失火。
だが、噂だけがひとり歩きした・・・・熾き火のように・・・時折、政財界の暗部で燻ぶる時があった。
その火の回り方は、大邸宅を舐め尽くすには驚くほど速かった。使用人から、招待客まで逃げ出すだけで精一杯、招待客の中には焼死した者もいた・・・・
そして何よりも世界が驚いたのが・・・・
アル・ダ・フラガ当主その人と夫人の焼死体が発見されたからだった。
あの、世界でも有数と言われているフラガ財閥の未だ若き当主夫妻が・・・・
余りの酷い火柱と火勢に消防もどれほどのことが出来たか・・・
ただ救いは一人息子のムウ・ラ・フラガが生き残ったことだった。
目の前での火災と両親の死亡というショックで、医者の薬の処方を必要とした。
精神安定剤の注射でしばらくは様子を見ることにした。
そして・・・
一人広大な庭の木下で佇み屋敷を見詰める幽鬼の存在を知る者はなかった。
すぐに、屋敷の後始末の陣頭指揮を取ったのは、使用人側は筆頭の執事。親戚関係は、辛うじて助かった、アルの義理の弟が仕切ることになった。
執事は使用人の中にも重軽症者がいることもあり、焼け残った屋敷のセキュリティを解除して、救急車、警察や、消防の出入りや鑑識や現場検証など様々な人の出入りに便宜を図った。
そして・・・・その隙に、ラウを宇宙港まで送り届けた。
彼だけが・・・・あの夜のラウの行動を見届けていた・・・・が、何も言わず、コロニーメンデルのドクターに連絡を取り、プラント行きの船に乗せることを知らせた・・・・
「ラウ様、お元気で・・・しばらくは身の安全を・・・・そして、何かありましたらご連絡を・・・これを貴方に・・・・」
と、一枚のクレジットカードを手渡した。財閥のシークレットカードだと・・・
「アル様の物です。使用可能ですから・・・・これは私個人に直接連絡が入ります。何かありましたら何でもいいです。カードをお使いください。すぐにお目にかかりに行きますから・・・場所も特定出来るのですよ。何かお困りのことがあればご連絡ください。これが私の個人連絡用のアドレスナンバーです。お力になりますから・・・」
「―――これは・・・フラガ財閥からの償いとお考えください。」
「では・・・搭乗手続きが始まりました・・・ラウ様、お元気で・・・・」
「―――ムウを、ムウ・ラ・フラガを、頼みます・・・お世話になりました。
――ありがとう・・・・さようなら・・・」
そして、二度とラウは地球を振り返ることがなかった。
フラガ邸の執事は、その後無事に離陸して行くまで見届け、ムウの元へ、その伝言を伝えに帰った。
しかし、ムウは、火災の後遺症のためか、その数日のことを思い出すのは、難しそうだった。ラウのことは語られたり尋ねたりもなかった。医者はしばらく記憶は戻らないだろうと言い、気長に待つしかない。思い出すのが一年後か、十数年後かは、判らないと診断を下した。
フラガ財閥では、クローンのことはあの火災で焼死したのではないかと考えたがった。そして、秘密に処理された。あの夜のことは何もなかったと。
口外すれば自分達が火の粉を被るのだから・・・・
執事は何も語らずに、フラガの記憶の戻るのを待った。
いつか思い出してくれることを願って・・・哀れな一人の少年を想いながら・・・そしてその少年ラウからの連絡を待ち続けた・・・・
ムウを裏切ったと心に傷を負ったラウは、その数年後執事と連絡を取った。しかしムウの記憶は戻っておらず・・・・
更に後になって、大学卒業後、記憶の戻らぬまま、士官学校に入学したことだけを知る・・・・
そして、ムウ・ラ・フラガと、ラウ・ル・クルーゼとの再度の出会いはもっと後のこととなる・
・・・
了