3



C.E.69

アスラン14歳になるその年は、プラントと、コーディネーターの今後の険しい軍事闘争の運命を選んでしまった年になった。

アスランはまだその大変な政治上の駆け引きのことは知らず、学業に意識が向いていた。
そして、一方は、父親とクル−ゼの情交の様子に嫉妬と知らずに、ある気持ちを持て余してはいたが、まだ胸に収めていた。
しかし、アスランの気持ちの熟成を待つものは無く、混乱と目覚めを早めた事件が幕を開けた。

理事国側宇宙軍がプラントの宙域に侵攻のニュースが走り、ザフトはその力を排除するために、初めてモビルスーツなる戦力を出撃させた。
その様子を伝える、軍事広報部からのニュースをアスランは、屋敷の執事と共に見ながら、そのMSの1機にクルーゼが搭乗していることを執事から聞いた。

「なぜ!!なぜ!!なぜ?何か知ってるんですか?!」

と、執事に食って掛かる・・・・

執事は彼の精神状態を気遣って、否、手に負えなくて父親に屋敷に戻ってくれるように連絡をした。

『戦闘』『戦死』の文字が頭に浮かび、アスランは初めて身近な人の死を恐れ、身体が、心が震えた・・・・
そして、『何一つあの方に想いを伝えてはいない』ことに気が付いた・・・・

「父上!!何故、クルーゼ先生をモビルスーツなどに乗せたのですか!あの方は軍医なのでしょう?何故戦闘に出したのですか?」
帰宅した父親にアスランは詰め寄った。
「ア、アスラン?」
「撃墜されたらどうなるのですか?戦死されたらどうするのですか?父上!」
「落ち着くんだ、彼が望んだことだ。」
「まさか・・・・」
「そうなのだ、志願した。そして彼が一番上手に操れるのだ。彼はお前がここに戻ってくる遙か前から、MSの試作から関わっていた。テストパイロットでもあったんだ。」
「まさか・・・・先生が・・・・パイロット・・・?お医者様なのにどうして、僕には一言もそんなことは仰らなかった。」

噛み付いかれているアスランの父親は、ソファに疲れたように腰をおろし、上着などを執事に渡しながら少し苛付いたように言葉を続けた。

「初めにザフトに入隊した時は軍医だった。私もそれなら良いだろうと許したんだ・・・・なのにいつのまにか・・・私も彼が何故戦闘を好むのか判らん。私とて彼の優秀さを知っていてもいつも恐れている。宇宙空間で何が命取りになるか分からん・・・・私とて彼を失いたくは無い・・・」
「父上・・・」
「奴は強い、心配するな・・・」
「はい・・・」

父親の言葉に父親と、クルーゼ先生との出来事に気が付いて、心配しているのは自分より、父親の方ではないかと思い至った。
「クルーゼが戻ったらお前が心配していたと伝えておいてやる・・・・・」



そして確かにその週末にアスランの部屋にノックの音が響いた。
「先生ご無事で!!」
思わず駆け寄りクルーゼ先生の身体に跳び付いた。

「心配かけたようだね。父上から今日はアスランの元に一番に顔を見せてやってくれと言われてね。」
「僕のために?」
「ああ・・・」
「心配だったので・・先生の腕を信用していない様でごめんなさい。」
「心配してくれて嬉しいよ、本当に・・・」
「誰もがそうだよ。家族の誰かがプラントのためにザフトに入った時から、家族は君と同じ気持ちで暮らしている。無事に帰ってくれるように、待っているんだ・・・何も恥じることは無い・・心配するのは当たり前の気持ちだ・・・・」
「父は、父上は先生の命を心配していないようです。」
「私が勝手なことをしたのですから。でも、MSに関してはもう信頼して下さってます。」




「アスラン?」

アスランはしがみ付いたまま顔を上げてあの日以来の決意の言葉を言った。

「先生、僕は子供です。父上のように、大人ではありませんが、先生を思っている気持ちは父上には負けていません。絶対に!!」
「アスラン?」
「先生がもしあの戦いの後戻って来られなかったら・・・と思うと・・・・ご無事で戻られたら絶対申し上げようと思っていました。」
「クルーゼ先生!!好きです!!誰よりも・・・貴方が・・・」
「有り難う、そう言われると嬉しいよ、アスラン・・・・」
「父上のように貴方を、先生とキスがしたい・・・・抱き締めたい・・・・」
「ア・アスラン?」
「父上のように貴方を・・・・クルーゼ先生・・・」
「ごめんなさい・・・見てしまったんです。先生と父上との事を・・・・・」

「ア・アスラン?」

クルーゼがアスランの言葉を聞き取りぞこねたのか、身体をはがして、腕を掴み、伏せられたアスランの顔を覗き込んだ・・・・
「せ・先生が父上と抱き合って、キスして、ベッドにいるところを、先生が泣かされているところを見てしまったんです!」

顔を上げて正面からアスランは先生の顔を見てはっきり告げた。

「同じようにしたいんです。僕も先生の事好きだから、亡くしたくないから・・・・貴方と抱き合いたい・・・
貴方をこのベッドで抱きたい・・・キスしたい・・・」

クルーゼ先生の身体が一瞬びくんと震えた感じがした。そして、真剣なまなざしで告げたアスランを、眩しそうにクルーゼは顔を背けた。
「先生?」
「申し訳なかったね・・・悪いことを見られた・・・子供に見せる物ではなかった・・・ごめんよ、アスラン・・・君の父上が悪いんじゃない・・・ごめん、今日はこれで帰るよ。」

アスランから顔を背けたまま消え入りそうな小さい声でこう告げ、アスランの腕を離して背を向け歩き始めた

「先生!!、言いません、誰にも父上にも絶対この事は言いませんから・・・お願いです、行かないで!」
背を向けたクルーゼにしがみ付いてアスランは訴えた。

「アスラン、お母様に早く戻って貰って下さい。お父上は寂しいのです・・・誰も居られないから・・・私はあなた方の代わりです。止めますから、私とそのような事をしたいなんて言わないで下さい・・・」

両脇に下ろされた手は握られ震えていた・・・・

「言いません、言いませんから、約束にキスだけで良いからしたいんです!」
そっと身体を変えて、アスランの方を向き直り、ゆっくりと言った。

「簡単にそのような言葉を口にしないでください。いま私としては後で後悔しますよ。」
「で、では、その大切なキスを初めてされたのは・・・・父上とですか?」
「アスラン・・・・君は言い難い事を聞くね?」
「僕は先生がいま一番大切なんです・・・父上に渡したくない、貴方に今したいんです。――ごめんなさい・・・」
「私の一番の大切に思った人はもういないんだ・・・思いを交わす人から忘れられ、私も忘れた・・・・もういない・・」
「ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・もう、言いません・・・」
「否、私の方こそ・・子供の君にそんな事を思わせてしまった。悪い大人だ・・・」
「大きくなります。早く大人になって貴方に相応しいと思われるような大人になります。それまで待っていて下さい・・・」
「アスラン、君は私に固執してはならない・・・もっと身近にいる学生達に眼を向けるべきだよ。」
「親友と呼べる奴とは別れたきりです。他の者となど・・・・」
「先生、貴方に相応しい大人になります、待っていて下さい。」
「判った、そこまで言うなら・・・私が良いと言う迄待っていられるな?」
「はい!」

アスランの額をすっと手の平で撫で髪を上げ軽くキスを落した。
アスランはその時思いっきりクルーゼの首にしがみ付き、その重さでクルーゼはアスランに倒れ込みそうになった。

「ア・アスラン危ない・・・・」
「待ってて下さい、父上には渡さない、約束です。」

と、耳に囁き首にキス・・・・が、噛り付いた・・・
痛みにから、クルーゼ先生はぎゅっと抱き返してくれた。

「アスラン、噛み付かないで・・・」

耳に吐息と共にそっと囁かれて真っ赤になりながら慌てて離れた。その白い首には赤く歯型が付いていた。

「ごめんなさい・・・」
「大丈夫、気にしないで、もっと立派な人になったら好きなだけ付けさせて上げるよ?」
「アスランは、今何がしたい?勉強で・・・・見学したい所等あるかな?」
「え?――先生のやっておられる事です・・・・」
「ザフトの中かい?」
「はい・・・」
「君の父上には随分とあちらこちらへ連れて行ってもらって見聞を広げさせてもらったから、恩返しをしたいと思っているよ。今日はここまでにして、今度の休みにでも行こうか?見学願いを出しておくよ。」
「ありがとうございます。」

クルーゼ先生にもう一度そっと腕を回して抱き締めた。
こらこらと笑いながら抱き返してくれて大きな赤ちゃんだな?と言いつつ額にキスをくれた。

そして、手を振りながら、扉から出て行く、その愛しい人の後姿を、情けなくも、涙が出そうになりながら見詰めていた。

次へ→




←ガンダムSEED目次へ

←SHURAN目次へ