『自覚』
前編


小説  灯呂 様








それはいつもの任務を終え、プラントへ帰投する最中のこと。

普段ならその道中、喋ることはなく黙って椅子に座っている彼が突然私の傍に寄り口を開いた。

「今夜、酒に付き合わないか?アデス」

軍に在籍する者同士、そんな会話など珍しくとも何ともない。

実際周りにいるクルー達も、気にせず言葉を聞いているはずだ。

「私と・・・ですか?」

「あぁ、知り合いに上質の酒を貰ってな。私一人で呑むのはいささか勿体無い。
どうだ?」

もちろん用があるなら構わないが・・・と付け加え、彼は変わらぬ笑みでこちらを見る。

「あ、いえ。特に用事はありませんので、喜んでお受け致します」

純粋に嬉しかった。だがそれには戸惑いもあった。

貴方は知っていますか?私の気持ちを。

知っていたのなら、夜に私を誘ったりしないでしょうね。


私は貴方を愛してます




定刻通りに彼の自宅へと足を運んだ私は、年甲斐もなく胸を高鳴らせている自分がいることに気が付いた。

自分の愛する男に誘われたのだ、嬉しくない者などまずいない。

少し緊張しながら門の前に見付けたインターホンを押し、
その音が家の中にいる彼へ私が来た事を知らせる。

『あぁ、来たか。鍵は開いている、そのまま家の中まで進んでくれ』

防犯用のカメラ付きインターホンが私だと言うことをすぐに知らせた為、
挨拶をする間もなく彼が言葉を告げた。

言われた通り室内に入ると、当然ながら目の前に彼がいた。

が、彼の姿は「当然」と言えるものではなかった。

「悪いな、自宅まで来させて」

いつもの彼とは一変し、着ている物は軍服ではなくバスローブ。

シャワーでも浴びたのだろう、髪はまだ濡れていて肌にも水滴が見られる。

相変わらず仮面は付けているものの、一つ一つの仕草が妙に色っぽく見えてしまう。

誘っているのだろうか・・・この人は・・・。

「いえ、悪いだなんてそんな・・・それより隊長、その格好は・・・」

「あぁ、こっちの方を謝るべきかな。任務を終えてすぐに報告書を作っていたから、
シャワーを浴びれなくてね。

お前が来る前に浴びてしまおうと思ったんだが、時間が足りなかったようだ。
まぁ気にしないでくれ」

男の身体など、見てもどうということはないだろう?なんて言われて、私は笑うしかなかった。

普通の男ならどうということはない、だが相手が違えばどうということはある。

見慣れた自分の身体とは違う、白い肌に細身の身体。

気にするなと言う方が・・・無理に決まってる・・・。



案内された彼の寝室、そこはとても簡素な部屋で、本当にシンプルなものだった。

無駄な物は何一つ置かれていない、生活に必要な最低限の物だけだ。

彼の性格をよく表している部屋だと思った。

「適当に座ってくれ、今用意する」

その言葉を受け、近くにある椅子に座ると彼は無言で酒の用意をし始めた。

だが、よくよく考えれば上司にやらせることではない。

それに気付き席を立とうとした私に、彼は言葉でその行動を止めた。

「お前は何もしなくていい、誘ったのは私だ。お前は客だろう?」

ですが・・・と言葉を続けようとする私に、更に彼の言葉が被る。

「上司だとか部下だとか、今日はそうものはなしで呑みたい。ただの男として、な」

ただの男として。貴方が部下でない私を必要としてくれること。それだけが嬉しかった。

「・・・はい、判りました」







夜も更け、気が付くと酒を呑み初めて数時間が経っていた。

その一秒一秒をじっくりと噛み締め、彼の行動を逃さぬよう目を見張る。

時折目が合うと、仮面の上からでは判らないが、確かに彼は微笑んでいた。

その数時間の間に交した言葉は本当に他愛のないものばかりで。

任務のこと、部下のこと、私生活のこと、隊のこと。他にもたくさんの話題があった。

だがそんな折に突如彼から出た言葉に、私は耳を疑った。

「お前は・・・私をどう思う?隊長としてではなく、人として・・・」

彼にそんなことを聞かれるとはまず思っていなかった。

しかも人として・・・どう思ってるかなど・・・言えるわけがない。

隊長としてならいくらでも思い付くだろうが、その逃げ道は既に閉ざされた。

そして答えに詰まっている私を見て、彼は更に言葉を続けたが・・・。

「今の状況を考えて・・・どう思う?」

意味が、判らない。

「どう・・・とは?」

彼は私の想いを知らないはずだ、知っているわけがない。押し殺してきたのだから。

「私がこんな格好のままで、目の前にいる・・・酒も入っているのだから、
酒のせいにしようと思えばいくらでもできる」

見破られている。

確かに今彼を押し倒すことはできるだろう、だが彼が望まないことを無理矢理するつもりはない。

けれどこの状況は・・・そして彼の言葉は・・・。

そうして自問自答を繰り返していくうちに、彼は再び言葉を発した。

「すまない、やはり少し酔っているようだ・・・忘れてくれ」

自嘲気味の笑みを漏らすと、彼は立ち上がり私に背を向けた。



離れて行く彼を見て、私の理性は完全に吹き飛んだ。

いや、理性など彼に誘われたあの瞬間から無かったのかもしれない。

気が付くとその場で彼を押し倒していて・・・私の下に彼がいた。

「アデス・・・?」

「貴方がそんな格好で、あんなこと言うから・・・悪いんですよ」

「何?んぅ・・・ッ!」

欲望の赴くがままに身体を任せ、彼に長く深い口付けを与えていた。

「んっ・・・はぁ・・ぅ・・・ふ」

ロクに息をする間も与えずに、何度も何度も唇を重ね口内を犯して行く。

彼は予想以上に感じやすく、素直に私のキスに溺れてくれた。

そうでなければすぐにでも拒絶されていたかもしれない。

「あ・・・アデス、ちょ・・・待て・・・」

途切れ途切れの言葉が、目の前で私に届く。

ようやく彼を解放した私と彼の口は、名残惜しそうに銀色の糸を引いて離れていった。

「・・・ふぅ、意外に性急なヤツだな」

いつもの落ち着きを取り戻そうとする彼に対し、私の身体はおさまりそうにもなかった。

「すみません・・・酒のせいか、理性が持たなくて・・・」

「構わん、迂闊にも誘ったのは私の方だ。・・・それに私も、さっきから熱が冷めない」

髪をかきあげる彼を、優しく照らし出す月明かりが一層引き立てていた。

「・・・覚悟して下さい、途中で止められませんから」

もう限界が見えている身体を、必死で押さえ込み苦し紛れにそう告げる。

だがそんな私を更に煽るように、彼はわざわざ耳元まで顔を持って行きこう言った。



・・・臨むところだ

後編へ→


←ガンダムSEED目次へ

←SHURAN目次へ