『Blue Moon』        小説 遊亜さま


◆ 4.


「ピーッ! ピーッ!」

ジープに髪の毛を引っ張られ、八戒は目を開けた。
いつもならすぐ覚醒するのに、そのままベッドの上で動かずにぼんやりしている。

いつの間にか眠ってしまっていた。
夢を見たかもしれない。

ぽつりと佇んでいる自分。
遠くで聞こえた複数の足音。
それが近づいてきたと思うと、誰かが自分を覗き込んでいる。
笑ったように口の端だけいやらしく上げた顔が、消えるように去っていった。
そしてまた、一人取り残される。

目を開けた時に感じたのは、大事なものが手の中からすり抜けてしまったような虚無感。
……自分はここで何をしているのだろう。

何か引っ掛かることがあった。
霞がかかったようにはっきりしない頭を無理やり動かすと、開け放たれているドアが目に入った。
ここに案内された後はしっかりと施錠したはず…。
ということは、あれは夢では無かった?

「しまった!」

起きあがろうとしたが、体が思うように機能しない。

「お願いだ、動いて…!!」


* * *


「そんな……」

何とか歩き出した八戒が三蔵の部屋へ行ってみると、そこには誰も居なかった。

「一体、どこへ?」

自分から動いたのか、それとも誰かに連れ去られたのか、まだ判断はできない。
ただ、自分の部屋で嗅いだのと同じ甘い残り香が、八戒を不安にさせた。

「悟空! 悟浄!!」

八戒は二人を呼びながら、ふらつく足取りで部屋を飛び出した。


* * *


二人の部屋はすぐに見つかった。
しかし、どちらもがベッドで気を失ったように眠りこけていた。
どれだけ揺さぶっても、どれだけ声を掛けても目を覚まさない。

「おいしい話には乗らない方がいいってことですね」

悟空の部屋には食べカスのついた皿が残されてあり、悟浄の部屋には空になった酒瓶が転がっていた。
部屋に充満していたきつい香りと併せて考えると、ただ、薬で眠らされているだけのようだ。
術を使われた気配も無い。
呼吸は正常になされている。

「まったく、眠り薬のようだったから良かったものの、毒薬だったらどうするつもりだったんですか」

深緑の瞳は、やりきれなさでいっぱいだった。
悟空を見つけた時はまだ堪えていた感情が、ここへきて悟浄も同じ状態になっていたのを見て噴き出した。
聞いているはずも無かったが、言わずにはおれない。
いや、聞こえていないからこそ吐き出せたのか。
その声には、心配と憤りが綯い交ぜになっていた。

「ジープはここに残っていてください」

眠っている二人に差し迫った危険は無いだろうと判断した八戒は、一人で三蔵を探しに向かうことにした。
自分達が眠らされていたことから、三蔵が姿を消したのは自分の意思では無かったと思われる。
薬を使われたのなら、いくら三蔵でも抵抗はできなかっただろう。

「三蔵……」

早く見つけたいと気ばかり焦るが、嗅がされた薬の影響はまだ残っていた。
その足取りは覚束なく、幾度も転んでは冷たい石の床に体を打ち付けている。
けれど、八戒は何度も何度も立ち上がった。

「三蔵、一体どこへ……」

離れの部屋はすべて見て廻った。
しかし、どこにも三蔵の姿は無かった。

「どうか無事でいてください…」

離れを出て次に向かう場所を考えていた八戒の耳に、奇声が飛び込んできた。
月明かりのおかげで辺りの様子がはっきりと見える。

その声は、母屋にあたる屋敷の方から聞こえたようだ。
八戒は縺れる足を叱咤しながら、声のした方へと走って行った。

屋敷に辿り着くと、人が群がって騒いでいる一室があった。
そこに三蔵がいると確信した八戒は、村人達が驚くくらいの大声を上げた。

「どいてください!」

人垣を押し退け、奥へと進んだ八戒が見たものは、裸でベッドに寝かされている三蔵の姿だった。

次へ→


←三蔵サマCONTENTSへ

←SHURAN目次へ