『Blue Moon』       小説 遊亜さま


◆ 2.


村長は、まだ老人の域には達していないくらいの年齢と思われる、がっしりとした体躯の男だった。
三蔵達を連れてきた男から話を聞いた時、最初は硬い表情を崩さなかった。
しかし、実際にその法衣姿を確認すると、「歓迎します」 とにこやかに笑みを浮かべた。
宿は村長が自分の屋敷の離れを提供してくれるという。

「助かります」

八戒が礼儀正しく頭を下げる。
四人は、その厚意を受けることにした。

食事は村をあげての歓迎会という名の下に振舞われた。
村人による歓待は、大変なものだった。
理由が 「訪れた僧が “三蔵法師” だから」 ということだったので、三蔵が不機嫌なままなのは言うまでも無い。
人間ばかりでなく妖怪達までもが有り難がっている様子は、今まであまり経験の無いことだった。
求められても説法などするつもりは無かったが、それは杞憂に終わった。
皆、三蔵の姿を一目拝むことができれば、それで満足しているらしい。
見世物のようで、それもまた、三蔵が眉間に皺を寄せる要因にもなっていたが。

「すっげー!! うっめー!」

悟空は出された端から料理を平らげていた。
悟浄も、両隣から女に酌をされて目尻を下げている。
三蔵は、悟空と悟浄が口にした後、異状が無いことを確認してから自分も口を付けた。
八戒も楽しんでいる風だが、警戒は解いていないようだ。

「ところでさあ、何でここは妖怪と人間が一緒に暮らしてるの?」

悟空の直球を八戒が慌てて受けようとした。
が、その球は、八戒より先に 「それは…」 と切り出した村長の落ち着いた声が拾った。

異変が起こっている事は知っていた。
しかし、影響はこの辺りにはまだ及んでいないという。
その為、妖怪だというだけで余所から追われて来た者達が、ここを頼って半年ほど前から住みついたと。
変化を防ぐ薬を開発中だということで人間側にも危機感は無く、お互いが補い合い共存しているとの話だった。

質問には真面目に答えてくれていると思った八戒は、この村が地図で見たのとは違っていたことを尋ねてみた。
悟浄が 「あれ、そうだったの?」 と不思議そうな顔をしている。
ちなみに悟空は、この話題には興味が無いのか、ひたすら料理に没頭していた。

「昔は、様々な職種の者も住んでいた割合に大きな街だったのです」

そう話し出した村長の後に違う声が続いた。

「原因は俺達妖怪です」

この場所がマイナスの波動の影響を受けていなかったとはいうものの、中には妖怪を怖がる人間もいた。
そういった人達はどんどん街から出て行ってしまった。
やがて残ったのは、薬を作ったり扱ったりすることを生業(なりわい)にしていた者のみ。
去ってしまった人間は戻ってこないと判断した薬師が、残った人間と妖怪とで力を合わせることを提案した。
人の住まなくなった住居を取り壊しては薬草畑にしていき、そして、今の村の形に落ち着いたということだった。

「その薬師というのがこの村長なんです」

(“くすし”って?)(お医者さまのことです)という口パクでの遣り取りが悟浄と八戒の間で交わされた。

「そう、俺達はこの人に助けてもらった」
「だから、村長のためならどんなことでもする覚悟でいます」

妖怪だと思われる幾人かの声が続く。
人間達も、うんうんと肯いていた。

「これぞ、まさに桃源郷ってか」

悟浄が漏らした言葉を村長が耳にした。

「あなた方も、うまくやっていなさるのではないのかな」

三蔵以外は人間ではないということは、村人達には一目でわかっていたらしい。
けれど、一緒にいる理由も何も訊いては来なかった。
ただ、「私達も同じことです」と穏やかに微笑むだけで。

・・・けっ

口には出さず、三蔵は一人毒づいていた。

・・・甘いことぬかしてんじゃねぇよ

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