『Blue Moon』        小説 遊亜さま

◆ 11.


八戒は一息ついてから起き上がり、部屋を出て行った。
少しして戻ってきた時、手には湯気の立った桶を持っていた。

三蔵の腕の拘束を解くと、そこに傷こそできなかったものの、赤くなっている肌は抵抗の激しさを物語っていた。
猛々しいまでに硬くなっていたものも、今はようやくおとなしくなっている。
やや苦労して残滓を掻き出してから、少し熱めの湯を使って、三蔵の身体を綺麗に拭き上げた。

全てが終わると、片付けておいたもう一つのベッドへと三蔵を運び、裸のままそっと横たえた。
シーツでくるみ、その身体を一度ぎゅっと抱き締める。

「三蔵…終わりました、お疲れさまでした」

金糸の髪を撫で、目元にかかっていた前髪をかきあげた。
閉じられている瞼をじっと見つめる。

今後、その紫暗の瞳に自分の姿が映されることはあるのだろうか。
見つめられたとして、自分自身が今までと同じように見つめ返すことができるだろうか。
いや、今はそれよりも、三蔵が元に戻ってくれるかどうかの方が大事だ。

八戒は身体を起こすと、散らばった自分の服を拾い集め、ベッドから離れた。

・・・次に目が覚めた時はいつもの三蔵でいてくれますように

そう祈りながら、三蔵が一時の眠りに包まれている部屋を後にし、隣の部屋へと消えていった。


* * *


半時ほど経った頃、八戒がいる部屋の前に人影が現われた。
既に身繕いを終え、所在無げに待っていた八戒のもとへ、きっちりと法衣を着込んだ三蔵が近づいてくる。
咄嗟に立ち上がった八戒に向き合うと、三蔵は足を止めた。
怒りが滲んでいるその瞳を前にして、八戒は声を発することができないでいる。
と、三蔵の眉が顰められた。

「うっ…」

物言いた気に見つめていた八戒の頬を、三蔵が拳で殴った。
殴った方も殴られた方もよろけるほど、渾身の力を込めた一発。
八戒は倒れ込む寸前でこらえ、弾ませた息を整えながら三蔵に向き直った。

「三蔵……」

三蔵は踵を返すと、八戒を無視して部屋を出ていこうとした。

「僕は…」
「喋るな」

自分に向かってきた言葉を遮ると立ち止まった。

「許すつもりはない」

出口に顔を向けたまま、三蔵は吐き捨てるように言った。

「ええ、当然のことです」

八戒の声は哀しみを帯びていた。
僕の旅は、ここで終りか…。
今までの道程が走馬灯のように甦りそうになった。
その時、廊下に足を踏み出していた三蔵が振り返った。

「何をしている、行くぞ」
「えっ…」

現実に引き戻され、信じられないといった顔の八戒を、三蔵は不思議なものでも見るような目で見た。

「構わないんですか?! ……この先も、僕が同行しても」
「俺にあの二人を押し付けるつもりか?」
「三蔵…」
「保父を解雇されたくなければ、早く来い」


* * *


外に出ると、夜が明けていた。
月は既に姿を消し、代わりに眩しいくらいの太陽が昇ろうとしている。

「滅多に無いというのは、このことだったのでしょうか」

許さないと言いながらも、貴方は僕の下した決断と行為を受け入れてくれた。
拳一つで済んだのは三蔵の最大の譲歩だったと、八戒は解釈していた。

・・・殺されなかったのが不思議なくらいですもんね

こんな自分でも、まだ必要とされている。
この過酷な旅において三蔵が自分をそばに置いてくれることを、八戒は何かに感謝せずにはおれなかった。



前を歩く三蔵の足取りは、いつもと何も変わり無かった。

次へ→


←三蔵サマCONTENTSへ

←SHURAN目次へ