『Blue Moon』        小説 遊亜さま


◆ 10.


罪で汚れたこの両手が誰かを抱くことなど、もう無いだろうと思っていた。
しかし、「その手がどんなに紅く染まろうと、血は洗い流せる」 と教えてくれた人がいる。

・・・貴方自身もそうやって、幾多の夜を乗り越えてきたんですか

これから自分がしようとすることも、そんな風にいつかリセットできるのだろうか。


* * *


三蔵の細くしなやかな身体に、八戒が自分の楔を打ちつけていた。

「んっ…ん……んんんっっ!!」

挿入による痛みは、皮肉なことに媚薬が軽減してくれた。
それでも、初めて異物を受け入れる其処は、かなりの重労働を強いられている。

三蔵の太腿を腹まで付きそうなほどに折り曲げ、自身の昂ぶりを根元まで埋め込んでから律動を繰り返す。
八戒の額に汗がにじんだ。

向かい合っての交わりは、相手の表情をすべて見られる。
三蔵は辛そうに眉間に皺を寄せたまま唸っていた。
突き上げられる度に内臓が圧迫されたようで息苦しい。

声を上げられずもがいている様子を見て、八戒は一度動きを止めた。
膝裏を掴んでいた手を離すと、折り曲げられていた足がベッドに投げ出された。
まだ繋がったまま、両手をそっと顔へと伸ばす。

「やっぱり、外します」

自由になった口は、酸素を求めるようにはあはあと喘いだ。

「すみません、苦しかったですね」
「当たり前だ……」

肩で息をしながら、何とか落ち着こうとしている三蔵。
乾いた唇を舌が舐めたのを見て、八戒の目が細められた。

「できれば、これは着けたままでいて欲しかったんですが…」

口の中でボソッと呟くと、八戒が三蔵を囲うように両腕をその顔の横についた。

「我慢、しなくちゃいけないから…」

八戒の顔が近づいてくる。
三蔵の唇が意思とは無関係に、訪れを待つかのように僅かに開いた。
しかし、触れる寸前で八戒は動きを止めた。

刹那、触れてくれないことに物足りなさを感じている自分に気付き、三蔵は唖然とした。
間近にある深緑の瞳が哀しそうに揺れた。

「この唇に触れたら……僕はきっと、本気で貪ってしまうだろうから」

喋る言葉と共に吐き出される息が三蔵の唇にもかかる。
三蔵の中にいる八戒がどくんと脈打った。
それに反応するかのように、三蔵の内部がきゅっと収縮する。
締め付けを感じた八戒が、何かを振り払うように頭を軽く左右に動かした。

「そして」

言葉を繋いでから、じっと三蔵を見つめる。

「貴方の舌が、僕のくちづけに応えないという保証は無いから」

三蔵は思わず息を止め、固く口を引き結び、全身を緊張させた。
少しでも動くと、堰き止めようとする八戒の行為を無にしてしまいそうに思えて。

「それでいいんです」

八戒はゆっくりと上体を起こした。
緊張が解かれると、三蔵は思い出したように呼吸を再開させた。

快楽に溺れてしまわないように、八戒は必死で自分を律していた。
この行為は、ただ三蔵を助けたいがためにしていること。
それは治療と同義でなければならない。
そこに、余計な想いを絡ませるわけにはいかない。

「ついでにこれも…外せ……」

まだ荒い息をしながら、三蔵は腕の拘束を解くように要求した。

「これだけはだめです」
「逃げは、…しない」
「だめです」
「八…戒っ!」
「その手は……自由になったら、無意識のうちでも僕の背に廻されてしまうかもしれないでしょう」
「?!」

一瞬、何を言われたのかわからないといった目になった。

「そんなことになったら、貴方はきっと、自分を許さない」

言わんとすることを理解した三蔵は、ただ呆然と八戒を見ていた。
自分を貫いている相手がそんなことを考えているとは思いもよらなかった。

「だから、だめです」

・・・これ以上、貴方を苦しめたくないから

「怒りは僕にだけぶつけてください」
「くっ…」

再び激しく突き上げられ、三蔵の身体がしなる。
白い喉を仰け反らせながら、律動によりがくがくと揺れる身体。
振り乱された金糸の髪と汗ばんだ肌が、月光を受けてキラキラと光る。

・・・三蔵、三蔵っ!

八戒は心の中で三蔵の名前を呼び続けていた。

・・・貴方がこの手の中にあるということが、こんなにも、こんなにも……

自分と繋がっている三蔵。
自分が与える苦痛や快楽を、丸ごとその身に受けている三蔵。
名を呼びながら、八戒はその身体にのめり込みそうだった。

ふと、自分を見つめる三蔵と目が合った。

三蔵の瞳が…。
意識したものでは無いのだろうが、その瞳の奥が求めている。
もっと、と……。

突然、はっと我に返った。
いけない。
あなたの自我を残したまま、こんな風に感じさせてはいけない。

八戒は律動を繰り返しながら三蔵を扱き始めた。
二度達した後に少し柔らかくなりかけていたそれは、八戒を迎えたことにより、また硬さを取り戻している。

「うっ!……んんっ!…」

外に出してもらえない声が喉の奥で弾ける。
前と後ろ、両方からもたらされる刺激に、三蔵の理性は翻弄されていた。
すべてを見届けると言っていた瞳が虚ろになっていく。

八戒は三蔵を追い詰めながらも悩んでいた。
術を解くための交わりとは、どこまでを指すのかわからない。
身体を繋げたまま、お互いが達するまでなのか。
中でイってしまうのは躊躇われたが、その迷いが命取りになっては今までの行為が無駄になってしまう。

「んっ…っ……くっ!……」

声を上げまいと、三蔵が必死に食い縛って耐えていた。
やがて痙攣するように身体が震えると、緊張により全身が強張った。

八戒にも限界が近づいていた。
そして、決めた。
三蔵の根元をぎゅっと掴み、これ以上は無理だというくらいまで自身を深く打ち込んだ。

「いきます!」
「っ!……」

声を掛けたと同時に手を離すと、どくどくと放出される精。
八戒も、三蔵の最奥めがけて思いきり自分を解き放った。

すべてを出し切り、力尽きたように三蔵の上に倒れこんだ八戒。
その下でぐったりとしている三蔵は、既に意識を手放していた。
ようやく悪夢から開放されたかのように、どこか安らかな表情で。

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