『Blue Moon』
八戒×三蔵
小説 遊亜さま
イラスト見国かや


◆ 1.


四人を乗せたジープはひたすら西を目指して走っていた。
最後の街を出てからここ何日もまた、暴走した妖怪との闘いの日が続いている。
こちら側はほとんどダメージは受けていないものの、かすり傷などが絶えることはない。

「次の街まであとどのくらいだ?」
「もうすぐのはずです。 このまま何も無ければ」

三蔵の問いに、前を見たまま八戒が答えた。
野宿した位置も次の街までの地図も、頭の中にしっかり入っている。
今日はまだ待ち構えている輩に出くわしていないので、移動はかなりの距離が稼げた。

「もう腹減って死にそー」
「おまえだけが空腹な訳じゃねーんだよっ!」
「ううう、腹減った腹減った腹減ったー!!」
「わめくな、このバカ猿っ!!」
「うるさい、黙れ」

眉間に皺を寄せたまま腕組みしていた三蔵が悟空と悟浄に対して発した声は、いつもよりかなりの低音だった。

「怖ぇ……」

野宿が続くとイライラも溜まりやすくなる。
機嫌の悪さを察知したのか、二人は顔を見合わせると肩を竦め、おとなしくしていることにした。

「三蔵、次の街は確か」

チラ、と八戒が三蔵を窺う。

「ああ」
「丁度使い切ったところですし、補給できれば助かりますね」
「何、食いモン? 食いモンっ?!」
「うるせーっ!!」

会話に割り込んできた悟空にハリセンが振り下ろされた。
余波に巻き込まれまいと咄嗟に距離を取った悟浄は、呑気に煙草をふかしている。

「ったく、食いモンのことばっかだな〜、おまえは」
「いいじゃんかよっ! …って、何だ、この匂い?」

はたかれた頭を撫でさすっていた悟空の鼻がぴくんと動いた。

「ん?……どっかで嗅いだことあるぞ、これ」

悟浄も鼻をくんくんいわせて確認しようとしている。

「そろそろ見えてくるんじゃないでしょうか。 次に立ち寄るのは “薬の街” なんですよ」
「薬の街?」
「ええ、様々な病気や怪我に効く薬を作っているので、昔から有名なところらしいです」
「そこがどうしたの?」
「闘いが続いて傷薬やら絆創膏やらが足りなくなって来てますから、行って買い出しできればと思いまして」
「そっか」
「あと、誰かさんの頭痛薬もね」

最後の一言は小声で八戒が悟空に説明していると、前方の切り立った山の谷間に点々と集落が見えてきた。

「街って感じじゃねーけどな」

街なら綺麗な女もいるだろうと期待していた悟浄が落胆したような声を出すと、八戒も怪訝な様子を隠さなかった。

「そう……ですね、これだと “薬の村” ですね」

ここまではほとんど一本道だったので、どこかで間違えたわけでは無い。
しかし、地図ではもっと大きな街だったはずだ。
もっとも、八戒が手にしているのは去年発行されたものなので、実際とは異なる箇所もあるだろう。
それにしても、これが間違いではなく “急激な変化” なのだとしたら…。
その場合は、自分達に課された使命と無関係ではないかもしれない。

「薬の効き目が良すぎて、大きな街で作られていると噂が一人歩きしてしまったのかもしれませんね」

八戒は目の前の場所が地図と違うということは黙ったまま、ただ 「あはは」 と乾いた笑い声を立てた。
横では三蔵も何か考えている様子でいる。

「でも、薬が作られていることは間違い無さそうですよ」
「そうだな、これは薬草を煎じた時の匂いだ」
「おや、三蔵でもそんなことするんですか?」
「俺じゃねぇよ、寺の奴等がやってたんだよ」

聞いた途端、悟浄が 「そうそう、寺で嗅いだ!」 と勝手に納得していた。
三蔵がこの旅に出る前まで居た寺院のことを話すのは珍しいと、八戒は嬉しそうに微笑んだ。

「なに笑ってんだ、気色悪ぃ」
「いえ、別に。 それより、ここだと宿を探すのが大変かもしれませんね」

空は橙色に染まりつつあり、夜までに別の街へと移動するのは困難に思えた。
仕方なく、村の入り口に辿り着いたところで一旦ジープを止めた。

見渡した一帯に人影は無い。
けれど、立ち上る煙や物音などで、人が住んでいる様子が窺える。

「とにかく、行ってみましょうか」

八戒が再びジープを動かそうとした時、一番手前に建っていた家の扉が開き、賑やかな笑い声が聞こえてきた。

「三蔵、これは…」

出てきたのは人間の女と妖怪の男。
まだ若く見える二人は、楽しそうに話をしながら歩いている。

「ここはまだ異変の影響を受けてねぇってことか」
「そのようですね」

ここまでは後ろの席にも聞こえた会話だった。

「それとも…」
「…ええ」

声を低く落とした三蔵に、八戒も呟くように応えた。
そんな二人に気付かない悟空と悟浄は、早く行こうと前の席を急かしている。

「あら?」

声を聞きつけ、女がジープに乗った男達を見つけた。
一瞬驚いたような顔をしていたが、三蔵の法衣姿に目が止まると、咄嗟に男と顔を見合わせている。
みるみるうち、二人ともに笑顔が広がっていった。

「あらあら、皆さん旅のお方でいらっしゃいますか?」
「あ…はあ、そうなんです」

満面の笑みに少し引きながらも、八戒が負けないくらいの笑顔で答えた。

「こちらへは、薬がご入用で?」
「ええ、そんなところですが…分けていただけますか?」
「ここでは作るだけで、販売まではしてはいないのです」

申し訳なさそうな女の声を引き継ぐように、男が 「しかし」 と続けた。

「せっかくいらしたのですから特別にお出ししましょう」
「飯っ!」
「ベッドもな」
「もう、二人ともっ!」

八戒は無遠慮な言葉を発している悟空と悟浄を叱ってから、ジープを降りて二人に近づいた。

「あの…宿と食事ができるところも探してはいるんですが」
「生憎とこの村に宿屋は無いのですが、村長(むらおさ)にお話して何とかしていただきましょう」

男に 「さあどうぞ」 と促され、四人は従うことにした。
ジープを降りて伸びをしながら歩いている悟空と悟浄は、久しぶりに野宿でなくなったことを単純に喜んでいる。
三蔵と八戒は後ろから黙って付いていった。
男と目配せしてから家へと戻っていった女の姿を目の端に入れながら。

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