これは機動戦士ガンダムSEED第6回放送『消えるガンダム』視聴後、
クルーゼ隊長の出番がなかった哀しみと怒りから吉野が書き上げてしまったエセ評議会の物語である
私達は評議会出頭の為、本国に戻った。
本国に入ると、突如、彼との距離を思い知らされる。
周囲は一斉にざわついた。
「ラウ・ル・クルーゼ隊長だ」
「戻っておられたのか」
「久しぶりに拝見できたな」
彼は本国の有名人だ。
常に仮面を付けていること自体、その原因だが仮面で隠しても尚、溢れる魅力に人々は惹かれてやまない。
私もその中の一人なのだろうが。
周囲がそんな状況にも関わらず、本人は一切気にした様子がない。
相変わらず、だ。
「アデス、何を不安そうな顔をしている?たかが評議会だぞ」
「えっ」
驚いた。
突然、振り向いたかと思えば、またしても、いとも簡単に私を見抜いていたのか。
同行していたアスランにも心配そうな顔で見上げられて、苦笑した。
「いえ、ちょっと考え事を」
「それは余裕なことだ。これから怒られに行くというのに」
「”たかが評議会”と仰ったのは貴方ですよ」
「上手く返すようになったものだ…アスラン?静かだな」
彼は小さく笑うと、私の隣を歩くアスランに声を掛けた。
確かに、今日はほとんどアスランの声を聞いていない。
「あの…本当に、申し訳ありません…っ。自分のせいで…」
「なぁに、君のせいではないさ。君のミスがなかったにしろ、
結果は同じだったろうからな」
「…どうあっても評議会に呼ばれるような事態にするおつもりだったんですね?」
「ふふっ、これは失言だったな」
私の言葉に今度は彼が苦笑した。
アスランをフォローしたつもりが墓穴を掘ってしまったのだから仕方がない。
アスランも僅かに笑みを浮かべた。
「アデス!」
と、その時、昔なじみの男が声を掛けてきた。
笑顔で近づいてきたと思ったら、隊長の前で真顔で敬礼をした。
隊長が軽く手を上げて応えると嬉しそうな顔で深い礼を。
…こいつもか。
「…久しぶりだな、元気だったか?」
「ああ。お前こそクルーゼ隊とは羨ましいっ。替わってもらいたいくらいだっ」
「なら、替わりに評議会に出るか?」
「あー…評議会終了後なら喜んで替わろうっ。今は急ぐから本当にその話は今度ゆっくりなっ」
「ああ、またな」
「絶対なっ。本当にさっきから見てたら3人家族みたいで羨ましいったらな…ぅわっ、時間だっ。じゃあな!アデス。クルーゼ隊長も失礼致しますっ」
そいつは嵐のように去っていった。
私達は…呆然とする。
「…なかなか愉快な友人だな、アデス」
「いや…すみません、いい奴なんですが…」
「家族とはな…私達が夫婦で、アスランが子供か?」
隊長がそう言うと、アスランが僅かに肩を震わせた。
笑うのを我慢しているらしい。
…確かに笑える。
「も、もう時間ですね。では、家族揃って怒られに行きましょう。余計なことは仰らないで下さいよ?」
「…良かったな、アスラン。しっかり者の父上で」
「は、はぁ…」
怒られに行く、とはよく言ったものだ。
悪くすれば、最悪の結果まで辿り着いてしまうと言うのに。
彼はそうならないことを見越してか、いつも通りの様子で評議会に臨み、厳重注意を黙って聞き流していた。
それで評議会は終了した。
確か、朝という時間に開始された評議会は終わる頃には昼過ぎと呼ばれる時間になっていた。
黙って、話を聞いていた…いや、聞き流していただけとは言え、疲れたと思ってしまう。
「隊長、これからいかがしますか?」
「もう用はないな。戻るか」
「なら、昼食だけでもとって行きませんか?折角ですから」
艦に戻れば食事もある程度、決められている。
それに隊長と艦長が揃って食事することなど、まず出来ない。
良い機会だ、と思った。
「そう…だな。アスラン、構わないな?」
「すいません。自分は先に船でお待ちしてます。少し…眠くて」
そう言う、アスランの顔は確かにいつもより幼くて、睡魔
に襲われていることが分かる。
昨日は眠れなかったのかも知れない。
「そうか。では、一、二時間ほどで戻る。ゆっくり休め」
「ありがとうございます。では、申し訳ありませんが失礼致します」
そう言って、私達の前から去ったアスランを少しだけ見送って、隊長は私に向き直る。
私はと言えば、気の利いた息子…もとい、部下だと感謝しながらアスランを見送っていた。
「しかし、この格好で街で食事するのは目立つだろうな」
「いや、格好が問題なわけじゃないと思いますが…」
きっと、彼は何も分かっていない。
自分の魅力も、私の狂おしい程の愛おしさも。
何も分からないから訊くのだ。本当に不思議そうな顔で”では、何だ?”なんて。
私は答えずに話を逸らす。
「…敷地内のレストランにでもしますか?無難に」
「そうだな、それも久しぶりだ」
そして、我々は評議会が行われた建物の最上階にあるレストランに向かった。
高層かつ高級なそこは景色が良く、以前からの彼のお気に入りなのだと言う。
言われる前からそれを知っていたことはあえて言わないでおく。以前からずっと、貴方を見ていたことも含めて。
レストランに着くとボーイではなく、奥の方から支配人らしき男が小走りでやってきた。
「いらっしゃいませ。ご無沙汰しております。クルーゼ隊長」
男は冷静を装ってはいたが、隊長の来店を心から喜んでいるのが溢れる笑顔から見て取れる。
隊長自身は気付いていないのだろうが…。
「ああ、久しいな。個室は空いているか?」
「はい。ご案内させて頂きます。どうぞ」
その男に案内されたのは店内の奥で個室が並ぶ所の最奥の部屋。内装はシンプルながら、調度品のその高級さは私でも判断できた。
慣れたように席に着く彼に習い、ゆっくりと随分と大きな椅子に腰掛けた。
「ご注文はいかがしますか?いつもので?」
「ああ。アデス、お前はどうする?」
「”いつも”のは何ですか?」
「本日のスープ・パンプキンポタージュと、サラダがシーザーサラダ、パンはクロワッサンとなりまして、あと、お飲物がコーヒー、紅茶、ソフトドリンクからお選びいただけます」
男のうって変わった形式的な答えと口調に苦笑が漏れる。
それはいいとして、彼がいつもこの程度しか食べないのかと少し驚く。
「私に合わせる必要はない。好きに選べ」
「そうですね…では、それに何か肉料理をつけてくれるか?飲み物はコーヒーで」<
「かしこまりました。では、失礼いたします。どうぞ、ごゆっくり」
最後のセリフは隊長だけを見ながら満面の笑みで言って、男は退室した。
ああ、まただ。
分かっているのに、この独占欲と嫉妬心が燃え上がる。
どうにかそれを誤魔化したくて話しかけてみた。
「そういえば何も個室でなくても良かったのでは?」
「…お前が何か言いたそうだったのでな。他人にはあまり聞かれない方が良さそうなことを」
そう言った彼の笑顔を前に私はそのまま固まった。
誤魔化したつもりで核心に触れるきっかけを作ってしまったのだ。
「…まぁ、食べた後で話すか」
「は、はぁ…あの、さっきのオーダーが”いつもの”なので?飽きませんか?」
もう一度、誤魔化してみる。いや、先に彼が猶予をくれたのだけれども。
「いや、全て日替わりだからな。…お前にとってはサイドメニューだろうが」
「そうですね。朝食のようですよ。隊長は…朝は食べなさそうですね」
「まぁ…食べない時のが多いか」
他愛もない会話が嬉しかった。
料理も会話を挟みながら楽しみ、一層美味しく感じられた。
そして、ラストに来た紅茶を一口飲んで、隊長が口を開く。
「…それで?お前は何が不安なんだ?」
あまりにもストレートに核心に触れた台詞。
私は思わず口に含んだコーヒーを吹き出しそうになってしまった。
それをどうにか耐えて、せき込む。
「かっ…ゴホッゴホ…ッ」
「大丈夫か?」
至って冷静に問う彼を見ながら、自分もどうにか落ち着こうとする。
そして、多分、答えるべきなのだろう。
「は…失礼しました」
「いや…そんな、せき込むことか?」
彼は不思議そうな顔で私を見据える。
本当に貴方は何も分かってはいないのだ。
身勝手な怒りまで浮かんできそうで必死で押さえる。
「…では先に私の話を聞いて貰おうか、アデス」
「は?はい、どうぞ」
仕事の話かと簡単に促した。
だが、話し出す彼の顔は仕事の顔ではなかったのだ。
「さっき…お前の友人と話していただろう?」
「は、はぁ…」
彼は窓の外に目をやりながら話す。その意図が掴みきれないまま話は続けられた。
「彼と替わるというのは…無論、本心ではないだろうな?」
「………は?」
この時、私は瞬時にして心の中で盛大なツッコミを入れていた
本心だなんて、あるわけがない。
何故、彼はそんなことを思いついてしまったのか。
…もしかして、彼も私と同じ様な気持ちを持ってくれているのだろうか?
だとしたら、こんな嬉しいことはない。
堪えきれず笑い出した私を彼は怪訝そうに見つめる。
「アデス?」
「ハハハハハッ…いや、失礼しましたっ。…本心だなんてこと、ありえませんよ。
貴方がそう仰って下さるのなら私が言いたいことなんてもう、
ありません。
強いて言えば…私はやはり貴方を愛していますよ、クルーゼ隊長」
そう、私が笑顔のままで言うと彼の顔が僅かに赤に染まったような気がした。