アスマ×イルカ カカシ×イルカ

小説 遊亜様



『 其の向こうに 』









■ 1-1


吸い込んだ紫煙を溜息混じりにゆっくりと吐き出していたアスマの視界の隅で、何かが動いた。

「ん?」

そちらに視線を移すと、斜め後方のテントから出てきたらしい影が暗闇に紛れてそのまま消えた。
一瞬のことだったが、足元がふらついていたように思える。
体付きからして、多分まだ成人していない忍だろう。

そんな風に考えている自分も、やっと大人の仲間入りとやらを果たしたばかりだ。
尤も、早くに上忍になり、体格に恵まれていたせいもあって、年相応に見られた経験は一度も無かったが。

「相当キてんな」

日暮れに到着したアスマは、先ず部隊長として指揮官に挨拶を済ませた。
その後、宛がわれたテントに荷物を運んでから、陣営の状態を頭に入れておこうと一人で見て廻っていたのだ。
情報収集も兼ねていたが、現状を自分の目で確認したアスマの表情は険しくなっている。
報告を上回る惨状を目の当たりにすれば、眉間に皺が寄るのを止められなかった。

戦場にいると心が病んでしまう。
任務として引き受けた以上は全うするのが当然なのだが、その代償にまともな感覚を失う場合もある。

隣国の要請を受け、国境を守る戦いに駆り出された木ノ葉の忍達は、予想外の長期戦に動揺を隠せないでいた。
特にここは前線に近い場所だから、身も心も休まる暇など無いのだろう。
荒れている者、塞ぎ込んでいる者など、皆とにかく疲弊していた。

先ほどの若い忍の残像が脳裏に浮かぶ。
あんなにふらふらしていては戦う以前の問題だ。

「早いとこ終わらせねぇと、コッチがやばいぜ」

木ノ葉の役目はただの支援だったはずだ。
それなのに矢面に立たされ、この国の兵士よりも戦わされているとしか思えてならない。
もしも、木ノ葉の里の戦力を衰えさせるのが戦争の裏の目的だったとすれば、まんまと嵌められたことになる。

アスマは咥えていた煙草を舌打ちと共に吐き捨てて踏み潰すと、自分のテントに戻るべく踵を返した。
だが、顰めた声が耳に届き、踏み出そうとした足が止まった。

「…じょう……から」
「でも……ルカ、もう……」

話しているのは二人らしい。
元々そんな趣味は持ち合わせていないので、盗み聞きなどするつもりは無かった。
けれど、さっき見掛けた人影かと思い、助けが必要ならば手でも貸そうかと暫し様子を伺ってみた。

「早…く、次…行かないと……」
「だめだよ、今夜はもう無理だよ」
「大丈夫だっ…て……っ」

どさり、と鈍い音が聞こえた。

「イルカっ!」
「おい、どうした?」

一人が焦った声を上げたのでアスマは思わず身を乗り出した。

「!!」

突然現われた巨体に、驚いた表情の二つの顔が振り向く。
月明かりを頼りに検分すると、片方は支給服も額当てもきちんと身に着けていた。
しかし、もう片方は額当てもせず、髪も服装もどこか乱れているように見えた。
その顔には憔悴がありありと浮かんでいる。
最近できたものでは無さそうだが、鼻梁を渡る一本の傷が痛々しい。
だがそれよりも印象的だったのは、落ちた前髪の隙間から覗いていた黒い瞳の中に宿る不思議な光だった。

「あの…あなたは…?」

つい見入っていたアスマに、叫んだ方の声の主が恐る恐るといった感じで問う。

「今日から配属になった猿飛アスマだ」

名乗ると、相手はその名前に聞き覚えがあったのか、緊張の面持ちで咄嗟に姿勢を正した。

「失礼しました! 自分は救護班の者で…」

倒れていた忍を起こしてさり気なく庇い、再び直立の体勢になる。

「応援部隊のことは聞いていましたが猿飛上忍でしたか。 あ、申し訳ありませんが急ぎますので…ではっ!」

一気に喋り、上体を折り曲げて挨拶すると、何か言い掛けたもう一人を引き摺りながら足早にその場を去った。
どうやら、アスマには関わって欲しく無さそうだ。
上忍としての名が通っているのは知っていたが、自分の名は恐怖を与えるものだったか?…と、苦笑を漏らす。

「ま、いーけどよ」

とにかく、今は己に与えられた任務をこなすのみ。
再び歩き出したアスマの思考は、既に夜明けからの作戦で占められている。
テントに入る頃には先ほどの忍達の面影などは頭の中からすっかり消えていた。




■ 1-2


今日の戦いでは、負傷者は出たものの、ひとつの命も失わなかった。
戦況も、こちら側が有利になりつつある。
夜が更けてから別の部隊と交替して戻ってきたアスマは、軽い食事を摂ると早々に自分のテントへと向かった。
その途中。

「ん……?」

ひっそりと静まり返った辺りで、また人影が視界に入ってきた。
前方のテントから出てきたのは、昨日会ったイルカと呼ばれていた忍だ。
やはり額当てをせず、自分の身体を抱き締めたままこちらへ歩いて来る。
俯いている為、アスマには気付いていないらしい。

「疲れてんならさっさと休めよ」
「…!」

声を掛けられて驚いたイルカの足がその場で止まった。
反射的に上げた顔はまるで鳩が豆鉄砲をくらったかの如く、目を見開いて固まっている。
じっとアスマを見つめる瞳は、さっきの言葉が本当に自分へのものかどうか確かめているようでもあった。

「無理すんな」
「………」

イルカは何も喋らず、擦れ違い様に会釈だけ返すと、アスマに背を向けて去って行った。
気丈に足を進めてはいるが、何かを堪えている風にも見受けられる。
後ろ姿を見送っていたアスマは、ふと奇妙な違和感を覚えた。

(…あいつ、昨日と違うテントから出てきたか……?)

頭の中で昨夜もらった配置図と照らし合わせてみれば、そこはとある上忍が使っているテントだった。
その上忍はアスマよりもかなり年上だが、部下の扱いについてあまりいい評判を聞かない。

(………ちっ、そういうコトかよ)

思わず溜め息が零れる。

(次、っつってたか……)

昨夜耳に入った会話が思い出された。
もしかすると、今夜もまた “次” のテントへ向かうところだったのかもしれない。

(キツい……だろうな……)

それならば、ふらふらにもなるはずだ。
通常の任務だけでも激務なのに、余計な役目を負わされているのだから。

(壊れなきゃいいが)

真っ直ぐに向かってきた黒い瞳が脳裏に甦る。
直接は関係無い忍だが何故か気に掛かり、アスマはイルカの姿が見えなくなるまでその場に佇んでいた。




■ 1-3


翌朝、部下と打ち合わせをしながら出発の準備をしていたアスマの耳に、「イルカ!」 と呼ぶ声が聞こえた。
その声に釣られるようにして思わず目を向けた先には、まだ若い忍が立っていた。
黒髪をひとつにまとめて高い位置で括り、額当ても服装もきちんと整えている。
鼻梁の傷が無ければ別人だと思ったかもしれない。
それほど、太陽の下で見たイルカは夜の印象とは違っていた。

「猿飛上忍?」

目の前にいた忍の声で意識を引き戻され、アスマはゴホンと咳払いをした。

「何でもねぇ。 じゃ、次のポイントについてだが」

もう少し見ていたい気もするが、今は任務の最中だ。
余計な感情は即座に振り払い、アスマは打ち合わせの続きに戻った。

「必ず帰還すること。 無理はすんなよ」
「はいっ!」

最後に全員を見渡して声を掛けたアスマを、離れた場所から一対の瞳が見つめていた。

 『無理すんな』

昨夜の声を思い出す。
イルカは、自分へ向けられた言葉と部下へ向けられた言葉に同じ温度を感じた。

(猿飛アスマ上忍……か………)

立派な体躯を羨ましく眺め、見掛けとは違う優しさに少し途惑う。
上忍なんて、みんな自分を蹂躙する存在だと思っていたのに。

でも、まだわからない……。
最初は親切な振りをして近付いてきた輩もいるのだ。
アスマがそうで無いとは限らない。
彼の為にも自分の為にも、なるべく接触は避けよう。
そう考えたが、イルカの瞳は逞しい背中から離れなくなっていた。

昨夜は擦れ違った後もずっと、アスマが自分を見つめていたのを知っている。
ここでは見られるのは何も珍しく無い。
昼は上司の命令に忠実に働き、夜も逆らうことなく従順だと、一部の者達の間で有名人でもあったイルカ。
そんな彼に対し、時には好奇の目が向けられ、時には侮蔑を含んだ視線が突き刺さったりもしていたから。
しかし、昨夜のアスマの眼差しはそれらとは一線を画しているものに思えた。

ただ、出くわしたタイミングが悪かったのだ。
上忍の伽を済ませた直後だった為、イルカはアスマの眼(まなこ)に自分の姿を晒すのが居た堪れなかった。
性欲処理専門の忍でも無いのに、夜毎誰かの相手をしている己を恥ずかしく感じたのは初めてかもしれない。
だから、何も喋らず、アスマのそばから逃げた。
けれど不思議と、見守って貰えているような安心感が心の奥で生まれていたのも事実だった。

前線へと出発する上忍を、昨夜とは逆に見送る。
いつしかイルカは心の中で、アスマの無事の帰還をそっと祈っていた。




■ 1-4


「っ…はあっ………ううっ……!」
「どうだ、よく効くだろう」
「ああっ!!……」

今夜出向いたのは、既に幾度も足を運んだ上忍のテントだった。
特に暴力を振るったりはしないが、優しさの欠片も感じられない相手。
元より、優しさなどを求めていたつもりは無いものの、物と同列に扱われては、閉ざされたイルカの心も痛んだ。

いつもと同じ、苦痛だけの時間が過ぎるのを待てばいい…。
自分にそう言い聞かせてひたすら耐えていたのに、今夜は違っていた。
口付けを嫌がるイルカを無理に押さえ付けて、上忍が何かを飲み込ませたのだ。

普段ならば、ただ乱暴にされて快感など感じる余裕は無い。
なのに、今は同じように扱われながらも、身体の奥が熱く、肌も敏感になっている。
知らず上がってしまう声を止められない。
それこそが上忍を更に欲情させている痴態だということに、イルカは気付く由も無かった。

「いいぜ、前の時よりもはるかにいい」
「ん……ふっ……」
「この淫乱が」
「あっ、あっ! …ああ……も……もう、許してください……」

これ以上は無理だというくらいまで穿たれて、イルカは気が遠くなりかけた。

「今夜も掛け持ちか? 商売繁盛で何よりだな!」
「やっ!!」

爆発寸前の分身を握り込まれ、悲鳴に近い声が出た。

「くっ」

後孔の締め付けが増したことにより、上忍がようやく達する。

「後始末は外でやれよ」

自分さえ満足すればそれで終わりだとばかりに、上忍はイルカから抜け出るとさっさと衣服を整え始めた。
テントを出る前にこっそりと処理をさせてもらえる場合もあるが、今夜の相手は違っていた。
最奥で放たれた精液を零してテント内を汚せば、犯されるのとはまた違った酷い目に遭わされる。
過去、何人もの相手をさせられ必然的に学んだイルカは、黙礼だけして急いでテントを飛び出した。

(どこか…誰もいないところ……)

今は悠長にしていられない。
自分自身が堪えられそうに無いのだ。

(もう、駄目……)

何とか茂みの中に隠れて、崩れ落ちるように横たわる。
下履きを全部下ろすと、その布が擦れた刺激だけでイルカは達してしまった。

びくっびくっ、と軽く痙攣すれば、後ろから上忍の精液も流れ出てくる。
気持ち悪い…、でも、火照りが治まらない……。
イルカはもどかしさを抱えながらも、取り敢えず手拭でべたつかない程度に局部を拭いておこうとした。
が。

「あっ!」

触れただけで、また分身が頭を擡げそうになる。
身体の奥の熱が消えていないのは、まだ薬の効き目が残っているからだろう。

「畜生……」

押し殺した声で呟き、地面を拳で殴った。

「うっ……ううっ」

もう、涙など枯れたと思っていたのに、後から後から込み上げて来る。
だが、いつまでもこんな場所にいられない。
上忍達のテントはすぐそばなのだ。
こんな夜は、煌煌と明るく照らしている月が恨めしい。
誰かに見つかれば、無理矢理組み敷かれてしまう。
再び、この身に楔を打ち付けられてしまう……。

何日かぶりに今夜はこの後の予定が無いのだから、早く身体を清めて何も考えずに眠りたい。
それなのに。

「…っ………」

衣服を身に着けるだけでも息が切れた。
自分の手が触れると、さっきの上忍にまだ触られているような感覚に陥る。
嫌悪感しかないはずなのに、気を抜けば快感に摩り替わりそうになる。
身支度を整えようやく立ち上がったものの、姿勢が変わるとまた別の刺激が加わりふらついてしまった。

「くそっ!……」

そう吐き捨てながら近くの木にしがみつくと、不意に月明かりが遮られた。

「大丈夫か?」
「はっ!!」

迂闊にも、気配に気付かなかった。
咄嗟に身構えたが、目の前に立っている相手がアスマだとわかったイルカの身体からは、何故か力が抜けた。

「おいっ!」

地面に倒れ込む寸前、逞しい腕に抱き留められる。

「あ……」

その感触に、イルカの頬がみるみる紅潮しだした。
他人に触れられ、身体の疼きが激しくなってしまったのだ。

「は…離してください……」
「っつっても、おまえ、いつもよりも辛そうじゃねぇか」

様子を見ようとアスマが顔を覗き込むと、頬には涙の跡が残っている。
その筋を指で拭った瞬間、イルカの身体がびくんと反応した。

「あ、悪ぃ…、嫌だったか」
「……」

肯定も否定もできないでいるイルカの手が小刻みに震えだした。
それはまるで、アスマに触れたいのを我慢するかの如く、宙に取り残されて揺れている。

見上げて来る瞳には前に見た光は宿っておらず、代わりに浮かんでいたのは妖しい色。
潤んでいる様は誘っていると取られても仕方が無いほどだが、眼球の動きが激しく落ち着かない様子だ。
口元から細かく漏れる息は熱く、身体も熱を帯びていた。

「おまえ……」

イルカが何をされたのかに思い至ったアスマは、険しい表情を見せた。
そのまま無言で立ち上がり、徐にイルカを肩に担ぎ上げる。

「えっ、あ、あのっ! 下ろしてください!!」
「じっとしてろ」

さっきまでとは違う、若干怒りを含んだ物言いに、イルカは大人しく従う外ないと思い、ぎゅっと唇を噛み締めた。

「落ちねぇようにしがみ付け」
「え?……っ!!」

次の瞬間、二人の姿はその場から跡形も無く消えていた。




■ 1-5


「ここは……?」
「俺のテントだ」
「………」

強い風の流れを感じ、眼を開ければもうテントの中だった。
初めての場所に連れて来られて途惑っていたイルカは、密かにだが落胆の溜め息をついた。
今の状況では、自分の身体が目当てだとしか思えない。
やはりこの上忍も他の奴等と同じだったか。

(でも、その方がかえって良かったのかも……)

さっき居た場所から自分達中忍用のテントまで戻るには、焚き火のある広場を突っ切らなければならない。
そこはいつも数人が火を囲んでいて、中にはイルカをよく思っていない忍もいる。
九尾を体内に封印している子供とイルカを同列に考えた連中は、恐怖と怒りをイルカにぶつけたりもするのだ。
それは、戦争の渦中にいるという現実からの一時的な逃避だとも思えた。

この戦いに参加して、いつしか始まった夜毎の理不尽な扱いを受け入れているのには理由がある。
上忍の命令には逆らえないというだけで無く、守ろうと決めた子供に危害が及ばないようにする為でもあった。
自分さえ我慢すればいいのなら。
こんなことくらい、犬にでも噛まれたと思ってやり過ごせばいい。
そうやってイルカは、自我を殺して身体を差し出していた。

しかし、今夜はいつもとは違う。
感じまいとすればするほど、どこもかしこも敏感に反応してしまう。
広場に行って身体の状態を知られてしまえば、好都合とばかりに輪姦されるのは目に見えている。
それよりは、この上忍に身を任せた方がマシに思えた。

自分ひとりでは持て余していた熱を解放できるなら、無理矢理だろうが何だろうが構わない。
イルカは覚悟を決めて、寝台を整えているアスマに近付いた。

(俺は上忍が飽きるまで弄ばれる玩具だ……)

深呼吸をして、いつものように頭の中を真っ白にする。

「指示に従います。 脱ぎますか? このままでしますか?」

玩具に感情はいらない。
抑揚の無い淡々とした口調を、まるで他人が喋っているかのように聞くのもいつものこと。

「はあ? 何をだ? 」
「え、伽……じゃ無いんですか?」

今から犯されるのだと信じて疑わなかった。
だからイルカは、欲望の欠片も見当たらないアスマの返事に拍子抜けしてしまった。

「ばーか、んなこたぁ考えてねぇよ」
「でも……」
「いいから、ここで横になって少し休め」
「あっ」

軽々と抱きかかえて寝台に寝かせ毛布を掛けると、アスマは子供をあやす仕草で軽くイルカの頭を撫でた。

(気持ちいい……)

こんな感触はいつ以来だろう。
ずっと昔、今は亡き父と母がまだ子供だった自分を慈しんでくれた頃が思い出される。
父親の大きかった手が頭に置かれると嬉しかった。
母親の優しかった手にもよく撫でてもらった。
イルカはしばらくの間、懐かしい日々に浸っていた。
だが、今は厄介なことに、気持ち良さが違う感覚も引き摺り出す。

(もっと…感じたい……)

撫でられてうっとりとしていたイルカの表情が、次第に艶を帯びてきた。
これ以上は触れてはいけない。
そう判断したアスマがすっと手を引いた途端、イルカが置いてきぼりにされた子供の顔付きになった。

「…おまえが落ち着くまで外に出てっから、遠慮せずに使えよ」
「え?」

この状況をまだよく飲み込めなかったが、一人で取り残されるのは嫌だった。
だからイルカは咄嗟に上半身を起こして、出て行こうと背を向けたアスマのベストの裾をぎゅっと掴んだ。

「ここに……いてください」
「けど、おめぇ……」
「お願いです!」

必死な様子に、アスマは背を向けたままガシガシと頭を掻いた。
本人が望んでこの状態になったのではあるまい。
イルカに使われたのは、自白剤としても用いられている催淫剤の一種だろう。
そう推理したアスマは、ぎり、と奥歯を噛み締めた。
時間が経てばやがて効果も薄れるが、今は相当耐えているはずだ。

「辛ぇんだろ? 身体が疼いて」
「!!」

ばれていたのかと恥ずかしくなって俯いたイルカの不安定なチャクラを、アスマは感じ取った。
楽にしてやりたい、とは思う。
どう接すれば一番いいのか、答えもわかっている。
けれど、それにそのまま従うのは躊躇われた。

「そばにいたら、手を出すかもしんねぇぞ」
「でも……」

牽制のように言い聞かせても、イルカは首を振るばかりだ。

「お願い……」

どうしてそうなるのか、と考えるより先にイルカの手に力が入り、アスマを引き寄せる形になった。
本当は、こんなこと望んじゃいない。
それなのに、この手を離したくない……。

引っ張られたアスマは、固く握り締めているイルカの拳を解いて離させると寝台に腰掛けた。
無骨な指がイルカの頬に触れる。
耳の下から後頭部へと移動させれば、イルカがぞくりと身を震わせた。
イルカの小さな頭は、アスマの大きな掌にすっぽりと納まってしまいそうだ。

「知らねーぞ」
「……」

自覚していないであろう、扇情的な眼差し。
薬のせいだとはわかっていても、演技ではない本気の乱れに心が揺さぶられる。
じっと見上げてくるイルカを前にして、アスマの理性も繋ぎとめておくのが難しくなった。

「ったく、おまえ自分がどんだけ色っぽい顔してるかわかってんのか?」

え、と問い返した唇をアスマのそれが塞ぐ。
柔らかな感触が思いのほか心地良い。
最初はただ押し付けるだけだったが、アスマはついもっとと求めてしまった。
舌を差し入れて唇を開かせ、口腔内まで味わう。

「んっ……」

イルカが縋りつくようにアスマのベストを掴んでいる。
その身体を優しく抱き締めて、アスマは更に深い口付けを与えた。

蕩けそうなほどの快感がイルカを包み込む。
それが余計に疼きを増長させ、口付けだけでは我慢できなくなったイルカの手がアスマの股間に伸びた。

「おいっ!」

アスマは慌ててその手を押し返したが、拒絶されたと思ったイルカは真っ赤になってアスマから飛び退いた。

「すみません! 失礼なことを……、もう戻ります、有難うございましたっ」

寝台を下りて膝に頭が付きそうなくらいに身体を折り曲げ、謝罪と礼を述べるとそのまま出て行こうとする。
そんなイルカを、アスマは 「待て」 と引き止めた。

「ちょっと休んだくれぇじゃ治まらねーよな…、うーん……」
「…?」

困っているような途惑っているような声が聞こえ、イルカは思わず振り返った。
怒っているのでは無いらしい、というのはわかるが、アスマが唸っている理由がわからない。

「俺でも構わねぇのか?」
「え……」
「おまえを抱こうと思って連れてきた訳じゃねぇんだが…」

泣きそうになっているイルカを見てしまうと、放ってはおけなくなった。

「わかってます」

そう返事して、イルカはふわりと微笑んだ。
自分に向かってくる眼差しは、慈しみ以外の何物でも無い。
今はわかる。
この人の優しさは本物だ。

この戦場で、上忍のテントの中で、こんな風に扱われたことは今まで無かった。
見つめ合ううちに、イルカの心は不思議と凪いでいた。

「構わねぇ、…ってんなら、来い」

アスマが手を伸ばすと、それに釣られてイルカも自分の手を差し出した。
指先が触れ合った瞬間、イルカは大きな身体に包まれ、寝台に身を沈めていた。



 ◆



一糸纏わぬ姿にされ、分身を握られただけで達してしまった。
荒い息がテントに充満する。
しかし、それは始まりに過ぎなかった。

「一度出せば、少しは楽か?」
「…はい……」

瞬く間に放出してしまった恥ずかしさを顔に浮かべているイルカに、アスマは宥めるような優しい声を掛ける。
そして、自分も全裸になった。

「え…?」
「ん? どうした?」
「いえ…、あの、裸同士でというのは初めてで……」

いつもは、イルカだけが脱がされるか、又は下肢だけ曝け出した状態で後ろを弄ばれていた。
だから、相手の肌に触れるなどは皆無に近かったのだ。

「こういうのは裸で抱き合うのが基本だろ」

イルカは、胸に圧し掛かる重みと肌を伝わって来る温もりに、言いようも無いほどの心地良さを覚えた。

「……温かい」

その感触をもっと確かめる為、アスマの背に腕を回した。
抱き合ったまま唇を重ねる。
この場面だけ切り取ればまるで恋人同士にも見える行為に、イルカは一時辛い現実を忘れた。

「声、出しても構わねぇぜ」
「…でも……」
「遠慮するな」
「あ!……」

後孔に指を入れられ、イルカが思わず身を捩る。

「駄目です…まだちゃんと処理して無くて……」

自分はついさっき別の上忍に抱かれていたのだ。
それを思い出さされ、イルカは己の身を恥じ、かつ悲しんだ。
恋人気分もどこかに吹き飛び、頬を熱い雫が流れる。

イルカの涙を見て、アスマはこの忍の蝕まれた心を感じた。
理不尽な扱いを受けて辛くないわけが無いのだ。

「俺が綺麗にしてやる」

今更だとは思ったが、手拭いを水差しの水で浸し、イルカの身体を拭き始めた。

「えっ、あっ自分でっ!」
「いいからじっとしてろ」

遠慮して逃げようとしたイルカを軽く拘束して、アスマが局部を中心に清めていく。
何も言わず、無心に作業しているアスマを見ると、イルカは段々と心が軽くなっていくのを感じた。

心の闇まで拭き取るのは無理でも、さっきとは違う。
根本的な解決には程遠くとも、こんな子供騙しにも思える行動であっても、イルカは素直に嬉しかった。

「これならいいか?」

アスマに問われたイルカが、小さな声で 「はい」 と答える。
中のものも掻き出されて前の男の名残は消えた。
これで心置きなく抱き合える。
だが、アスマの丁寧な作業は愛撫にも似ていて、イルカの身体はとっくに感じ捲っていた。

「っ……はあっ……」
 
再び肌を密着させると、今度はイルカからアスマにしがみ付いた。
合わさった唇も逞しい身体を這う指先も、貪欲にアスマを求めている。

「……もう……」
「我慢できねぇか?」

アスマをじっと見つめたまま、イルカはこくりと肯いた。

「挿れるぜ」
「…はい」

返事の後、イルカの息が止まる。
その一瞬に、アスマは分身を打ち付けた。

「はうっ!!」

今まで味わったことの無い圧迫感と重量にイルカの背がしなった。
しかし、痛みは無い。
薬のせいもあったのだろうが、何より、自分が望んで身体を開いたのだ。
犯されるのと抱かれるのとではこんなにも違うのかと、イルカは恍惚に酔い痴れた。

「猿飛…上…忍……」
「アスマでいい」
「アスマ……さん………」
「イルカ」
「…ああ……っ!」

名前を呼ばれると、一層高みへと登った気がした。

「いいぜイルカ、最高だ」
「あっ、……もっと、もっとっ!!」
「イルカっ!」

アスマも、今だけはイルカの身体に溺れていた。
吸い付くような滑らかな肌、咥え込んで離さない熱い後孔、耳をくすぐる喘ぎ声。
そのどれもが愛しく思えてくる。

「ああっ!!」

同時に達した二人は、適度な疲労も心地良いと思えるほど、満足した表情になっていた。




■ 1-6


「今夜も猿飛上忍のとこ?」
「あー、……うん、なるべく早く戻る」
「いいよ、ゆっくりしてきなよ」
「そういう訳にも…」

イルカが言い淀むと、同じテントを使っている中忍はにこっと笑った。

「だってイルカ、明るくというか元気になったもん」
「え?」
「それって、お相手が猿飛上忍だけになってからだよ」
「そ…そうか?」

いつもと変わらず任務も生活もこなしてきたつもりだが、やはり気持ちの違いは表に現われるものなのだろう。

「大切にしてもらってるんだね。 昼間でもちゃんと助けてくれるもんね」
「うん」

イルカは素直に頷いた。

「感謝してる」

今まで好き勝手にイルカの身体を蹂躙してきた上忍達は、誰も彼もが昼はイルカと関わりを持とうとしなかった。
寧ろ避けてもいた。
言葉を交わすことも無く、まるでその存在を無視しているような扱いに、イルカは密かに傷付いていたのだった。

けれど、今は違う。
アスマはイルカと顔を合わせれば必ず声を掛け、色々と気遣ってくれる。
そんな風に、名立たる上忍から可愛がられ大切にされている様子を見て、羨ましがり妬む者も出てきた。
けれど、きちんと任務をこなしているイルカに誰も文句は言えなかった。

「初めて会った時は、怖くて焦って逃げちゃったけどね」

くすくすと笑って語られ、イルカも懐かしく思い出した。

「そうだったんだよな…」

あの夜から、何かが動き始め、事態が変わった。
出会いというのは不思議なものだ。
その向こうに、何が待っているのかわからない。

「じゃあ、行って来る」

笑顔を残して、イルカは自分のテントを出た。
が、テントを離れると笑顔は苦笑に変わった。
仲間の中忍にはああ言ったが、実際は少し違っていたからだ。

アスマから呼ばれて二度目に訪れた夜、イルカは再び抱かれるのだと思って覚悟を決めていた。
それなのに、テントの中ではただ話をしただけで何も起こらなかった。
次に呼ばれた時も同じだった。
不審がってはいたけれど、そんな夜が続くにつれて自分に声を掛けて来る上忍が減っていると気付いた。

イルカはアスマの専属だ、との噂が流れてから、イルカは自由な時間を手に入れることができた。
アスマが睨みを効かせたので、表立っても裏に廻っても、イルカに手出しする輩はいなくなったのだ。

初めて肌を合わせた夜以降、アスマは一度もイルカを抱いていない。
テントに呼んでも、中で行われているのは雑談ばかりで、全く色気の無い逢瀬なのだ。
雑談と言っても、先輩の体験談はイルカにとって有益なものが多かった。
質問すればアスマは納得いくまで答えてくれ、アカデミーの授業より実践的な部分を学べたとも言える。

そのお礼にと、イルカがアスマの身体をマッサージしたくらいの接触はある。
けれど、そうやって身体に触れても、どちらも欲情はしなかった。
アスマからも、たまにイルカの頭をくしゃっと撫でたりすることはあった。
だがそれは、親子とまでは言わないが兄弟愛に近いものに感じられ、イルカはただ心地良さに浸るのみだった。

性的な関わりは持たず、親交だけが深まっていた。
戦場での生活は厳しく辛い。
その中で、イルカにとっては、そしてアスマにとっても、二人で過ごす夜は束の間の安息のひとときでもあった。


やがて、日々が過ぎてゆき…。

アスマがやって来て二週間経った頃、長く続いた戦争が終わった。
一丸となって戦った木ノ葉の忍は、そのまま次の任務に就く者、里に帰る者などと、その後はばらばらになった。

「んじゃ、またな。 しっかり頑張れよ」
「はい、アスマさんもお元気で」

イルカとアスマが任地で最後に言葉を交わしたのは、バタバタと移動の準備をしていた中での一言だけ。
その後、アスマは新たな長期任務を命じられ、すぐにその足で遠くの地へと赴いた。
イルカは見送りこそできなかったが、里に戻る列の中で歩みを進めながら、感謝と共に心の中で祈っていた。
アスマの無事の帰還を。
そして、いつか再会の日が訪れますように、と。




■ 1-7


あれから何年か経ち、隣国に勝利をもたらした戦いも、少し昔の出来事になりつつあった。
改めて木ノ葉の里の強さを他国に知らしめる結果となった為、それ以降、表面上は平穏な日々が続いている。

そんなある日…。


「イルカ!」
「あ、アスマさん!!」

アスマが声を掛けると、イルカの前に立ちはだかっていた人影がそそくさと逃げるように消えた。

「ったく……」

ガシガシと頭を掻き、アカデミーの中庭から去った影に向かって睨みを放つ。
そんなアスマに対し、イルカはほっとした顔で頭を下げた。

「…ありがとうございました」
「構わねぇから、俺が里にいる時は遠慮せずに呼べよ」
「はい」

頷いたイルカはもう、いつもの笑顔に戻っている。
アスマは、その笑顔の裏側に潜む闇までは無理に深入りしようとしなかった。

里へ戻って再会してから、友人とも言えるくらいの距離を保っている二人。
そこには、余計な干渉も、醜い執着も存在しない。
適度な間合いがあった方が、どちらにとっても都合が良かったのだ。

「どうだ、アカデミーにはもう慣れたか?」
「はい、まだまだですが、毎日覚えなければいけない仕事がいっぱいで、一日があっという間です」
「忙しくしてんなら何よりだ」

試験に合格しアカデミーで教師の職に就いたイルカは、内勤だったので受付業務も兼務となった。
里にいればいつかまた会えるかも、と密かに楽しみにしていたアスマとの再会もすぐに果たせた。
アスマが上忍師になっていたので、職場で顔を合わせる機会はいくらでもあったのだ。

今こうやって充実した毎日を過ごしていると、戦場での日々が夢の中の出来事にも思える。
さっきのようなことさえ無ければ、だが…。

「アスマ」
「おう、行く」
「!」

アスマの向こうにいたもうひとつの影に、イルカは気付かなかった。

「あの……」
「あー、あいつは俺の仲間の上忍で、はたけカカシ」
「…もしかして、写輪眼の?!」
「ああ、そうだ。 カカシ〜、こいつはイルカ。 アカデミーの先生やってる」

カカシと呼ばれた忍は、自分の肩越しにイルカを一瞥しただけで何も言わずにさっさとその場から立ち去った。
挨拶をしようと少し緊張していたイルカは、ポケットに両手を突っ込み猫背気味で歩く後ろ姿を呆然と見ている。

「悪ぃな、今度シメとくから」

苦笑しつつ謝るアスマに、イルカはとんでもないと首を振った。

「今日はお忙しいんですか?」
「これから上忍会議で、その後、任務が入ってたか」
「なら、アスマさんも早く行ってください!」

のんびりと煙草をふかすアスマよりも、イルカの方が焦っている。
そんな様子を見て、アスマは愉快そうに笑った。

「ああ、じゃあまたな」

アスマが片手を挙げると、イルカは受付所で見せるような穏やかな笑顔になった。

「はい、行ってらっしゃい」

涼やかな声に送り出されるのは気持ちのいいものだ。
アスマは鼻歌でも歌いたい気分で上忍会議室へと向かった。

会議の開始時間は迫っているらしいが、特に急ぎ足にもならずに悠々と歩いている。
そんなマイペースさは今に始まったことでは無い。
アスマの大らかさを見習いたいと思いつつも、イルカはふと別の人物のことを考えた。

「そうだ、はたけ上忍…」

初めて目にした銀髪の上忍の姿が脳裏に描き出される。
顔の半分を隠しているマスクも、斜めに掛けられた額当ても、独特な雰囲気を醸し出していた。

「コピー忍者、か……」

出会いは素っ気無いものだった。
それでも、自分とは縁遠いと思っていた木ノ葉きっての有名人に会えたことが少しだけ嬉しい。
先ほど遭った嫌な出来事は忘れて、イルカは浮き立つ心を抑えながら午後の授業に向かった。



そして。
イルカとカカシの二度目の遭遇は、時を置かずしてやってきた。













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