小さな羽、降るとき
第5話
−太正14年10月−
ブレントは火車から差し出された資料に驚きを隠せないでいた。
「これは・・・・。」
「黒鬼会が現在開発中の降魔兵器の設計図です。もっとも、最新のものは京極様や木喰のガードが固くて。ですから、これは第一稿です。」
これは火車が勝手にもってきたものではないのか、ブレントはそう確信した。それは火車にも伝わっていたようで、“心配しないで、あなたには迷惑かけません”、そう言いたい笑みを浮かべた。
しょうがないのでブレントは話を変えることにする。
「火車、こっちに来てくれないか、見せたいものがある。」
そう言って一つの模型を見せた。
「ダグラス・スチュワート社・日本支社の完成予想模型だ。あれを見てみろ、あそこで建てている最中だ。」
その指が指す方向には工事現場があった。ブレントはさらに話を続ける。
「最上階が私と、お前の部屋だ。」
しばらくして、何かを思い出したブレントは机の上にあった箱に手を伸ばす。火車が箱の中身を見ると二人分の指輪が入っていた。
「これは・・・・。」
「永遠に離れない証。ちゃんと渡しておこうと思ってな。」
そう言いながら火車の左手を取り、手の甲に口付け、薬指に指輪をはめる。
さらに自分の指にも、もう一方の指輪をはめた。
その晩、ベッドの中で、ついさっきまで抱かれた余韻に浸りながら火車はあることを言う。
「あなたといると懐かしい気持ちになる、といいましたよね。それは彼女といたときと同じ気持ちになるからですよ。」
『彼女』とはな亡くなった婚約者のことである。それを聞いたブレントは少しスネ気味に、
「じゃあ、私は彼女の代わりか。」
意地悪めいた言葉を返す。
「違いますよ、彼女は彼女、あなたはあなたです。ただ、こんなに愛情を感じることができるのは彼女といたとき以来です。・・・・・いいえ、今感じているそれはあの時以上のものです。」
その言葉を聞いたブレントは火車を抱き寄せ、
「お前に思いを告げたとき、『光が差した』と言っただろう。それはそのままの意味だ。昔の私は心のどこかで闇と孤独を抱えていたのかもしれないな。」
火車の髪をすくい、
「もう少し、つきあえるか?」
「いいですよ。」
−その翌日−
「いやだぁぁぁ!!熱いぃぃぃ!!!」
火車は帝国華撃団との戦いの最中、自分の用意した爆弾が暴走してしまい、その体が炎に包まれていた。
「熱い、熱い、熱いぃぃぃ!!」
―ブレント、ブレント、会いたい―
「誰かこの炎を消してくれぇぇぇ!!」
―こんなところで・・・・―
「死にたくなぃぃぃ!!」
―死にたくない、もう一度だけでいい、ブレントに会いたい―
薄れゆく意識の中、必死に手を伸ばす。ブレントからもらった指輪をはめた左手を。
見ると、目の前にブレントが手を伸ばして立っている。
―あぁ、よかった!―
火車はブレントの手をつかもうとした。
だが、手を握ることができず、かすめるだけだった。
「私の体が、灰になっていくぅぅぅ!!」
―そうか、そういうことですか。あれは私が見た・・・・・―
その瞬間、火車の姿はこの世界から消えていた。
「京極様、火車が死にましたが。」
黒鬼会本部。京極は部下の一人が死んだことを気に留めていないようである。
「火車め・・・、重要機密である降魔兵器の設計図を持ち出しおって。まぁ、よい。あやつおかげでダグラス社の情報が入った。それに、元から捨て駒だしな。」
「これから、どうしますか。」
数日後、京極はブレントに今後のことを聞いていた。
ブレントは京極に背を向けたままで、顔はよく見えない。
「いや、もう、いいです。今まで本当に助かりました。」
「そうですか、では。」
これだけ言い、京極は立ち去った。
―火車、いや、京介。なぜお前が死ななければならない。
ずっと、そばにいると、誓ったのに・・・・―
ブレントの顔は憎しみと悲しみに満ち溢れていた。
―帝国華撃団、許さない。
アイツが受けた苦しみ、そっくりそのまま、いや、倍にして返してやる―
一週間後、ブレント=ファーロングは紐育行きの船に乗り、帝都を後にした。
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