小さな羽、降るとき

第3話








  ひとりにしないで。死なないで。

  なんで、こんなことに・・・。



―太正14年7月―

「あぁぁっっ!!」

「どうした!?」

 ベッドで寝ていたはずの火車が突然、飛び起きたのでブレントはあわてて寝室に戻った。見ると火車は何かにおびえ、震えている。

「ひとりにしないで・・・。私を・・・、私を・・・。」

ブレントは震える火車をやさしく抱きしめ、背中をさすってやる。

「大丈夫だ。私は、ここに、お前のそばにいる。心配するな・・・。」

何とか落ち着いた火車がブレントを見やる。

「えっと・・・、あの、ブレント?」

どうやら、今までの行動を覚えてないようである。

「どうした。ずいぶんうなされていたぞ。」

「昔の夢を、・・・見ていました。」

ブレントは思った、今、目の前にいる最愛の人には深く、つらい過去があることを。しかし、それを問いただすことはできない、ということも。

「あの・・・、私の過去を聞いてくれませんか。」

火車が思ってもいなかった言葉を口に出した。

考えていたこととは全く違う言葉が出てきたので少し戸惑ったブレントだったが、聞くことにした。



 私の本当の名は「火野元京介」。かつて鎌倉にあった陰陽師一族の時期当主でした。当時の私には婚約者がいました。彼女も陰陽道を心得ている一族の人間で、婚約は親同士が決めた、互いの血を守るためのものでした。でも、私たちは少しずつ惹かれあい、愛し合っていました。



「京介さん、今夜は空いてる?」

「もちろんです。あなたの約束を無視などしませんよ。」

「よかった。じゃあ、とびっきりの手料理作ってまってるね。」



 本当に幸せでした。でも、それはある日突然やってきました。

 屋敷全てが炎の海に包まれたのです。わが家は火の術を使う一族だったので火の扱いには十分気をつけており、消火の術も心得ていました。しかし・・・、

「なぜだ、どうしてすべての術が効かない!」

私達は必死に火を消そうとしました。

 その時、あることに気がついたのです。そう、彼女の姿がどこにも見当たらないのです。

私は辺り一帯を探しました。そうしたら、奥座敷の近くで見つけました。

「よかった。ここは危ない、逃げよう!」

「きょう・・すけ・・・さん・・・。よかった・・・。」

でも、もう彼女は虫の息でした。

「しゃべらないで、かなり危険な状態です。」

「・・・私、消火の・・・・ために霊力・・・・を使いはたしちゃったの・・・。・・・・その時、煙も吸って・・・・。もう・・・無理みたい・・・・・。さよ・・・な・・・ら・・・。」

それっきり彼女が目覚めることはありませんでした。

「わたしを・・・なぜ、ひとりに・・・。死なないで・・・、目を、開け・・・。」

それから先の記憶はありません。



 次に気がついたのは陸軍病院の病室でした。

「目が覚めたか。」

「あなたは・・・?」

「私は、陸軍大将・京極慶吾だ。君の事はよく知っている。」

それが、私と京極様の出会いでした。

「私は、ある目的のために君の力が必要だ。気が向いたら声をかけてきてくれ。」

そのときの私は京極様のことよりも別の思いに囚われていました。

―なぜ、彼女が死ななければならなかったのですか。そうだ、これはゴミ、ゴミと同程度の価値しかない人間共のせい―

―復讐してやる。ゴミ共に、必ず―

 こうして私は復讐の手段として京極様が率いる黒鬼会の一員になりました。



 火車の話を聞いたブレントは絶句した。あまりにも悲しすぎる。それと同時に、別の思いもよぎった。

「聞きたいことがある。」

「なんでしょう。」

「料理や紅茶の入れ方は、その婚約者から習ったのか。」

「そうです。」

それを聞いたブレントは一瞬よぎった思いをはっきりとさせた。

「不謹慎だと思っても、妬けるな。」

「ぶっ、ブレント!・・・ごめんなさい、そんなつもりで話したのでは。」

ブレントはあわてる火車を抱きしめささやいた。

「大丈夫だ。彼女のことも無理に忘れなくていい。私は、そんなお前のすべてを愛するから・・・。」

「ブレント・・・・。」

「疲れただろう。もう一度寝なおしたほうがいい。」

そう言うと、火車を横にさせる。

―心配するな。私は絶対にお前を悲しませたりはしない・・・・―



 その翌日。

午前の仕事が終わったので昼食をとりながらブレントは火車にあることを聞いた。

「お前は復讐のために火をつけているといっていたが、今でもそうなのか。」

「違います。」

火車はあっさりと否定した。そして、こう続ける。

「今の私はブレント、あなたのために火をつけています。考えてもみてくださいよ。私が火をつけて帝都を灰にする。そこへ、あなたが思う理想の帝都を建てればいいのですよ。」

「そうか。そういうことか。」

二人は互いに微笑みあった。



―同刻、赤坂地下・黒鬼会本部―

 京極の隣に控えていた鬼王が尋ねる。

「京極様、お尋ねしたいことがあります。」

「なにかな。」

「火車のことです。あの者は五行衆のほかの者たちと違い、京極様に本心から忠誠を誓っておりませぬ。なのになぜ、あの者を五行衆に。」

「あやつの力は欲しいが、あやつの一族は憎いからだ。」

「と、申しますと。」

「我が京極一族と、あやつの火野元一族は昔から敵対関係にあってな。邪魔以外の何者でもない。しかも、時期当主であったあやつは婚約していたと聞く。無用な芽は種のうちから早めに取っておくに限る。しかしながら、あやつの才能・力にはこの私も認めるところがあってな。つまり、そういうことだ。」

京極はそれだけ言って席を立った。

―もっとも、我が一族との因縁は、まだ当主ではなかったあやつは知らなかったがな―





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