小さな羽、降るとき

第1話







 −太正14年2月下旬−

「なんで私がこんなことをしなくちゃならんのですか。」

黒鬼会五行衆の一人、火車はこんなことをつぶやきながら銀座にある帝國ホテルの一室に向かっていた。

 「こんなこと」とは上司である京極から命じられた、ダグラス・スチュワート社重役のブレント=ファーロングとの会談・情報交換。日ごろから自分以外の人間に対しては「ゴミ」として燃やす対象にしか見ていない彼にとっては苦痛そのものであった。

 そうこう言っている間にブレントが泊まっているという帝國ホテルの最上階スイートルームに到着した。火車はホテル内の豪華さに目を奪われつつも、部屋の扉をノックした。 「はい、どうぞ。」

扉の向こうから声が聞こえてきたので扉を開ける。

「君かい。京極閣下の使いというのは。」

部屋から出てきた青年を見て、火車は全身に何らかの衝撃を覚えた。

「・・・あっ、あの・・・。私は、ブレント=ファーロング。こんなところではなんだから、どうぞこちらへ。」

相手の方も、何か動揺している。火車は言われるがままに部屋に入った。



 自己紹介を済ませた後、部屋の中央にあったソファに腰掛け、用意しておいた書類をブレントに渡した。ブレントは一通り目を通す。

「やはり、京極閣下か・・・。一筋縄ではいかないな。全部こちらが把握している情報ばかりだ。そうだ、紅茶でも飲まないか、いい茶葉がある。」

ブレントはテーブルの上にあった紅茶を入れようとする。それを見ていた火車はあることに気が付いた。

「あの、だめですよ。こんな入れ方をしたらおいしいお茶は入れられません。」

そう言って、ブレントが持っているティーポットに手をかける。

「あっ・・・。」

二人の手が一瞬重なり合った。

しかし、同時に手を引っ込める。

ブレントが口を開いた。

「・・・おいしいお茶の入れ方があるのか、教えてくれないか。」

「・・・はい・・・。」

二人ともそう言うのがやっとだった。



そしてしばらくの時間がたち、火車は帰り際、

―何なんですかいったい、あの男はゴミですよ、ゴ・ミ。なのになぜ、すごく気になるんですか―

と思った。

 ブレントの方も

「火車・・・か・・・。」

ポツリとつぶやいた。



−太正14年3月−

 火車とブレントの情報交換も何度か回数を重ねていた。

そんなある夜、いつものように火車はブレントの元を訪ねていた。

「では、私はこれで。」

火車が帰ろうとすると、ブレントが片方の腕をつかんだ。

「今日はもう遅い、泊まっていけ。」

それだけ告げて、ルームサービスの注文をしてしまった。火車は戸惑いつつも好意に甘えることにした。

「ブレントさん、キッチンがあるのに、料理はしないのですか。」

火車は以前からなんとなく疑問に感じていたことを話してみる。

「料理は苦手な方でね、自分で作るとマズイものばかりできるんだ。お前は?」

「得意です。趣味の一つなんですよ。」

「そうか。」

このような会話をしているうちに、料理が運ばれてきた。



 料理も食べ、備え付けの蒸気ラジヲを聞いていたら、ブレントがシャワーを浴びに行った。

―ブレント、あの人の顔が最近まともに見られなくなっているような・・・。どうして・・・。それに、あの人といると何か懐かしい、安心できる・・・―

そんなことを考えている間にブレントがシャワーからあがって来て、火車にシャワーを勧めてきた。シャワーを浴びているときも火車は自分の中にある疑問に回答を見出せないでいた。



シャワーから戻るとブレントが何か言いたげにこちらを見ている。そして、ゆっくりと口を開く。

「火車、お前に言わなければいけないことがある。」

「・・・?」

「始めてあったときから、お前にホレていた。一目ボレってやつだ。」

「・・・はぁ?」

突然のブレントの告白に火車は唖然とする。

「お前をはじめてみたとき、私の心に光が差し込んだんだ。」

「ブレントさん、それは勘違いでは?」

火車は必死にブレントの気持ちに対して反論しようとする。

「私はこう見えても自分の気持ちに対しての自信はある。お前へのこの気持ちは愛情以外の何者でもない。」



 火車は黙ってしまった。そして、自分の気持ちを整理し始めた。

 ―ブレントさんはただの仕事の相手先、いわば他人。そう、ゴミです。

  でも、あの人と一緒にいるときのあの気持ちは・・・。

そうか、そういうことですか・・・―



次の瞬間、火車はブレントに抱きついていた。

「自分の気持ちが分かりました。これは愛情なんですよ。しかも、初めて会ったときから。ブレントさん、いえ、ブレント、あなたへの。」

「そうか・・・。」

ブレントも、それだけ言ってきつく、やさしく抱きしめる。

そして、二人の顔がどちらからともなく近づきキスを交わす。



しばらくのときが経った。

「じゃあ、寝るか。」

ブレントは立ち上がった。

「寝るって・・・。この格好で、ですか。」

火車が驚く。二人の姿はバスローブなので寝る分には一応、支障はないが。

「そんなわけないだろ、裸だよ。ハ・ダ・カ。」

「えぇぇっ。」

火車は顔を赤らめた。

「大丈夫だ。今日は何もしない。抱きしめて寝るだけだ。」

火車は少し苦い照れ笑を浮かべる。

また二人はキスを交わした。





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