【三】 自覚 〜 迷える者の―― 〜


 

 


 
あれから俺は、ずっと考えていた。
あの人は何も考えるなと言ったけど。

突然の告白と、初めてのキス……。
そんな体験をしてしまったら、考えずにいられるわけが無い。

だから俺は、いろいろ考えていた。
それらの意味を、そして、これから俺自身はどうすればいいのか、いや、どうしたいのかを。
でも、考えたってすぐに答えなんて出て来ない。

まだ出会って少ししか経っていないのに、不思議と心が通じているような気がしていた。
一緒に居られる時間が楽しかった。
その奥に潜むものを知らずに、ただ楽しんでいただけだったんだ。

実は何にもわかっていなかった。
相手だけじゃない、自分の気持ちさえ………。
 
あれからカカシさんは俺に何も言って来ないし、何もしてこない。
今までの付き合いと何も変わらない。

別に、何かを期待していたのでは無いが、どこか落ち着かなかった。
熱い視線だけが、いつも俺に届いていたから。
 
 

 *
 

 
「カカシさん? こちらでしたか」
「ん……、あ〜イルカ先生」
 
多分ここだろうと思って覗いた大木の根元に、やっぱりカカシさんは居た。
近付いた俺の顔を見て、寝起きのような目が弓なりにカーブする。
それは、この人の満面の笑み。
 
「これ、午後のスケジュールです。 少々変更がありましたのでお持ちしました」
「それはどうも」

今日は幾つかの班が一緒になって合同演習を行っていた。
下忍になったばかりのチームに回せる依頼が無かった為、空き時間を有効に使おうと急遽計画されたのだ。
アスマ班と紅班、そしてカカシ班が参加している。

今は昼休みだが、午前中が結構ハードだったので、休憩にはゆっくり時間を取っていた。
だから、しばらくは大丈夫。

「あの、もう少しなら寝てらっしゃっても構いませんよ。 また後で起こしに来ますから」

確かカカシさんは、上忍としての任務明けでこの演習に参加していたはず。
報告書によれば、里へ戻ってきたのは明け方近くだったそうだから、疲れはほとんど取れていないだろう。
少しでも身体を休めてもらおう。
そう思ってそそくさと立ち去ろうとした俺の腕を、カカシさんが掴んで引き止めた。
 
「待って、こっち来て」
「え、……いいんですか? お昼寝の邪魔じゃ……」
 
少し遠慮がちに尋ねながらカカシさんの横に腰を下ろす。
その距離は、くっ付いてもいず、かと言って離れ過ぎてもいず、微妙なところ……。

「イルカ先生は、まだ時間ありますか?」
「ええ、大丈夫ですが」
 
そう答えた俺の太腿に、カカシさんがそっと頭を乗せた。
何をするのかと見ているしかできなかった俺は、この状態に固まってしまう。
カカシさんと触れ合っている部分が熱く感じた。
 
「ちょっとだけ貸してください」
「あっ…、は、はい!! ……えーと、こんなのでよければ」

俺は硬直していた身体の力を抜いた。
硬い枕ではカカシさんが寝にくいかな、と思って。
だが、俺にできたのはそれだけだった。

見下ろした横顔は、口布があっても見飽きない。
素顔を知ってからというもの、口布を通してその下の鼻や唇が見える気がして、いつもドキドキしてしまった。
今だってそうだ。
顔のほとんどは隠されているが、そのリラックスした様子から、全てを曝け出してくれているような気になる。
そして、俺の鼓動は高鳴る。 

初めて素顔を見た時に俺を襲ったのは、心臓をギュッと掴まれたかの如く、胸の奥で生じた痛み。
一目惚れしたと言ってもいいだろう。
面食いでは無いと思っていたのに、違っていたみたいだ。
いや、端正な顔立ちだからではなく、カカシさんだから惚れたのか…。

普段は眠そうにも見える瞳が真っ直ぐに俺を見つめ。
口元には優しげな笑みが浮かんで。
唇が紡ぎ出す言葉に酔い。
俺は、この人の告白を受け入れた。

でも……。

知り合ったばかりの間柄だから、未知の部分が多い。
今日みたいな、他の上忍師たちと一緒の場面などを見てしまうと、自分とは違う世界の人のように感じてしまう。
そのことが何故か切なくて……。
 
「イルカ先生?」
 
ふと気付けば、こちらを見上げているカカシさんの視線とぶつかった。
その、あまりにも優しい瞳を前にした途端、俺はうろたえてしまった。
 
「あの…、俺、準備があったんでした……、そろそろ行かないと……」

心とは裏腹の言葉が勝手に口から出て行く。
少し声が震えている。
声ばかりじゃない、身体まで…。
そんな俺を、起き上がったカカシさんはそっと抱き締めてくれた。
 
「おかげで気持ち良く眠れました」
 
柔らかな声が、耳に心地良い。
 
「今まで、こんなのしてもらった経験が無いもので」
「そうなんですか?」
「して欲しいとも思わなかったんですけどね。 何故か貴方には甘えてしまう」
「こんなことくらいでしたら、またいつだって―――」

言葉の途中で、カカシさんが身体を離して俺をじっと見つめた。

「俺には貴方だけです、イルカ先生」
「カカシさん……」
 
あまりにもストレートな表現。
こんなカカシさんはあの告白以来だ。
愛されていると、ひしひしと感じる。
でも……、やっぱり、どうしていいかわからない。
 
「引き止めてすみません」
 
まだ完全に応えられないでいる俺を、カカシさんは何も言わないことで気遣ってくれる。
その気持ちに甘えて、俺は押し出されるままにカカシさんから離れた。
 
「時間になったら、呼びに来ます」
 
この微笑みは、今の自分の精一杯の表現。
 
「よろしくお願いします」
 
カカシさんが返した微笑みは、多分、溢れそうな己を押さえるための、ぎりぎりの表現……。
二人の想いを暫し分かつように、突風が木々を揺らして通って行った。
 

 
 *

 
 
合同演習が終わると、慰労を兼ねた飲み会が催された。
俺はアカデミーに残って片付けをしていたが、他の用事も頼まれたりして時間をくってしまった。
全てを済ませてから慌てて店に出向いたものの、既に一次会はお開きとなったらしく、誰も残っていない。

「間に合わなかったか〜」

少し飲みたい気があったのは確かだ。
けれど、上忍と同席では緊張の方が大きかったかもしれない。
他にも何人か参加していたはずの中忍たちは楽しめただろうか。
いや、きっと、自分と同じように緊張してしまって、酒どころでは無かったはず。
疲れた上に、余計な気疲れをせずに済んで良かった。
そう、どこかほっとしている自分に苦笑しながら戸口に向かった時、後ろから店員に呼び止められた。

「あの、もしかしてアカデミーのイルカ先生ですか?」
「はい、そうですが」
「お預かりしているものがありまして」

渡された紙は白紙だったが、俺が手にした途端、文字が浮かび上がった。

『自宅で待っています』

一目見て、誰からの文かはすぐにわかった。
その場所もしっかり頭に入っている。

初めて訪れ、告白された場所。
あの夜はくちづけ以上の行為には及ばず、あの人はまだ混乱していた俺をすぐに解放してくれた。
カカシさんの家は、あれ以来の訪問になる。

俺は店員に礼を言って店を出た。
そして、手にしていた紙を大事にポケットに仕舞うと、一目散に駆け出した。
 

 
 *

 
 
「こんばんは」
「お待ちしていました」

ただ会えるのが嬉しくて、それだけで急いでやってきたが、カカシさんの姿を前にすると一瞬立ち竦んでしまった。
 
「緊張しなくていいですよ」
 
え……そんな風に見えましたか?

「いえ、そんなことは……」

警戒しているとでも思われたのかもしれない。
それは心外だし、カカシさんにも悪いと思った。
でも、うまく言葉が続かない。
そんな俺を、カカシさんは 「お疲れさまでした、腹、減ったでしょ?」 と言いながら上がるように勧めてくれた。

何も食べていなかった俺に酒やらつまみやら出してくれるカカシさんは、やたらと甲斐甲斐しい。
歓迎されているのが嬉しくて、俺は本当に心から楽しんでいた。

「ここって、何だか落ち着きます」

食後のお茶で喉を潤した後、素直に口から出た。
別に、その場凌ぎの言葉じゃない。
居心地がいいからそう言ったまでだが、カカシさんはとても安心したような、幸せそうな顔をした。
その表情に、俺は心を奪われた。
 
「俺もカカシさんが好きです」
 
その言葉は、何故かすんなりと出てきた。
いつも見ていたカカシさんの顔。
遠くからでも、受付でも、僅かに覗く右目が優しそうな色を浮かべているのを見るのが好きだった。
貴方の笑顔があれば、少々の辛いことでも我慢できた。

そっか、そうだったんだ。
俺は、やっぱり貴方のことが好きだったんだ。

自分の言った言葉で自分が確認するのも変な話だが、今はとてもすっきりとした気分。
けれど、カカシさんは呆然としている。
 
「カカシさん? ……あの―――」
 
声を掛けようとしたら、突然抱き締められてしまった。
カカシさんの身体から想いが伝わってくる、そんな熱い抱擁。
素直になってから初めて見るカカシさんの顔。
見つめ合うと、どこか照れくさい。

あ、顔が……近付いてくる……。

俺は、カカシさんのベストの裾を握り締めていた。
それは、決して抵抗ではなく、多分、今度は本当の緊張のせい。

唇が重なる。
既に経験済みのはずなのに、まるで初めてのように二人ともぎこちなかった。
ドキドキする鼓動を押さえられない。
一度触れ合ってしまうと、もうそこからは止められないとでもいうのか、カカシさんは性急に俺を求め始めた。
二人してベッドに縺れ込む。
彼の唇が、俺の首筋を這ってゆく。
 
「んっ……」
 
漏れてしまう声に反応したのか、カカシさんの手が支給服を捲り上げて下着の中まで侵入してきた。
 
「カカシさ…! …あっ………」
「もっと声出して」
 
もう、優しいだけのカカシさんじゃなかった。
直接触れられた俺の分身が、既に形を変えつつある。
 
「だ、駄目です、そこは……」
「俺に任せて」
 
カカシさんの指が、俺の感じるところを次々と探る。
振り払おうとする手にも、最早力が入らない。
みるみる硬くなるのを、自分では止められなかった。
 
「イルカ先生、我慢しないで!」
「くっ……あっ!………」
 
カカシさんの手の中でイッてしまった……。
見られたくない。
どんな顔をしていいかわからない。

俺は恥ずかしさでいっぱいになり、思わず両手で顔を覆った。
後始末をしてくれていたカカシさんがそれに気付くと、慌てて顔を上げて俺を見ている。
 
「イルカ先生、どうしたんですか?」

俺は泣きそうになっているのを必死で我慢していた。
ごめんなさい。
貴方はこんなにも俺を愛しく思ってくれているのに、俺はまだ貴方に全てを曝け出せない。
さっき “好き” だと思ったのも、貴方の想いには敵わないささやかなものだろう……。
 
「俺……、まだ言えません……」
「ん? 何を?」
「カカシさんがくれた言葉……」
 
それだけでこの人はわかったようだった。
俺をしっかりと抱き締め、頭を撫でてくれながら囁く声が、耳だけでなく身体からも伝わってくる。
 
「さっきので充分です。 俺は今、非常に幸せな気分なんですから。 だから、そんなに悩まないで」
 
ね、と覗き込まれ、俺は、はい、とだけ返した。
 
「貴方が嫌がる事はしないから、貴方の気持ちを大切にするから、だから……」
 
また、ぎゅっと抱き締められた。
 
「今はただ、俺のそばに居て」
「………はい」
 
抱き締められながら考えていた。
いつか、俺も言える時が来るのだろうか。
 
 
貴方を愛している、と………。
 

 
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