螺旋1 小説 狩野憲様
百年過ぎ
二百年過ぎても
風に溶け込んだ想いは
また再びよみがえる……。
Scene 1
『あなたを愛しています。永遠を…誓わせて下さい。ずっとあなたを…愛し続けたい…』
「いてて、頭痛え……またあの夢か」
一人の青年が、顔をしかめながら起きあがり、呟くようにぼやいた。幼い頃からずっと見続けている、夢。しかし、登場人物や、背景などは全く解らない。ただ一つ、解っているのは。
「…愛していますって言うぐらいだったら、自己紹介ぐらいしろってんだよ、バカ」
ただその言葉だけ。イヤになるほど、愛という言葉の意味さえも知らない頃から、何度も何度も繰り返されたその言葉。
青年は長く、僅かに癖のある黒い髪をその辺においていたゴムで適当に束ねると、服を着替え始める。一人っきりのマンションは、もう見慣れた2DK。
他の家族をみんな亡くしてしまったあとから住んでいる所だ。見慣れているのも当然なのだが。
思考がブルーに傾きかけているのに気付き、彼は軽く頭を振る。
「この満くんが、他人にブルーな顔見せられませんってね」
わざと軽い調子で冗談めかした言葉を呟いたとき、パソコンが突然音楽を奏で始める。なんの曲なのかは知らない。適当に入れただけのBGM。
「はい。どちら様?ってなんだ、琴川さんか」
『なんだとはなんだ、失礼な。仕事の話でな』
「ふーん、どんな?」
『それはトップシークレットだ。午後4時半、本部に来れるか?』
「もちろん」
『じゃ、ネットルームに来ていてくれ』
「ネットルーム?ああ、なんだ、パソコン教室の事ね」
『パソコン教室ってお前ね』
「似たような物じゃない。じゃ、また後ほど」
青年…平井満の言葉と同時に、パソコンがブラックアウトする。
彼の名は、平井満。当年とって25歳。仕事は、一応はフリーライターと言
うことになっているが、それは本当に彼の一面に過ぎない。少なくとも、今、
琴川という男から連絡の入った仕事は、それとは全く異なる物だった。
彼のもう一つの肩書きは、ISO-Jと呼ばれる国際的な極秘組織のエージェント、であった。極秘組織、などと銘打っている割に、繁華街のど真ん中に本部を構えているあたり、本当に極秘なのか?と疑問を持つメンバーも少なくはなかったが、少なくとも彼らは一般には全く知られていない組織に属していた。
その組織に属するメンバーの、共通する特徴は一つ。ESP能力を持ち、且つ使いこなせること、にあった。もちろんそれはランク分けされており、上から順に、S、SA、A、B、C、となっており、Sレベルの人間は、全世界のメンバーを合わせても、10人に満たないと言われている。満はこの中では二番目である、SAレベルに属していた。
「夕方かぁ…じゃ、それまでに原稿あげておくとしますか」
…一応その仕事も真面目にこなしているらしい……。
待ち合わせの時間より少し前、正確に言うと4時25分、彼はネットルームのドアをノックしていた。この場合、琴川に了承を求めているのではなく、中にいる誰かに誰かが入ってくると言うことを知らせているだけだ。なので、なんの返答もなかったが、満は気にせず中に入った。
「あ、先輩。お久しぶりです」
たった一人中にいた、メンバーが満を認めて、にっこりと笑って挨拶してきた。
「ああ、紀久。久しぶりだね。それに、君がここにいるなんて珍しいじゃないか」
彼の名前は田中紀久。つい数ヶ月前に、親の仕事の都合で、オオサカからトウキョウにやってきた、SAレベルのメンバーだ。現在14歳、中学3年生だ。優しげな表情と、長めの黒髪、そして、小柄な身体と言うこともあって、10人中10人に女の子に間違われてしまう彼だったが、その仕事をこなす腕は既にトップレベルだと言われている。
「今日は龍華と待ち合わせてるんですよ。家でできる調べ物なら学校から直接家に行きますけど、今日はあちこち歩き回る予定なんで、お互い着替えてからここで集合」
「集合っても2人だろ?」
「細かいことはいいじゃないですか」
「まあそうだな。あちこち歩き回るって、どんな仕事?」
「んー、今回はまあ、宝探しみたいな物ですかね」
「宝探し?珍しいな、お前達がそんな仕事割り当たるなんて」
その言葉に紀久が一瞬考える。
「まあたまには危険度の少ない物を、とでも思ったんじゃないですか?上の人も。今さらって言う気もしますけど」
その時ノックと同時に扉が開き、一人の少年が駆け込んできた。
「悪い、紀久、遅れたっ。あ、満先輩久しぶり」
長い三つ編みを後ろになびかせながら、2人を認めて挨拶してきた少年は、高龍華と言う名の中国人だ。とはいえ、驚くほど達者な日本語のせいで、自分から言わなければまず日本人ではないとは気付かれない。彼もまた、その綺麗な顔立ちと、小柄な体躯のために、紀久同様10人中10人に女の子に間違われるのだったが、彼は全世界に10人に満たないと言われるSレベルを持つ、希少な人間だった。
龍華は今でこそ日本人並の日本語力を身につけているが、7年ほど前、中国から来たばかりの頃は、何も知らない子供だった。勉強も、語学も、いろんな事を満が兄のように、先生のように教えた、大事な後輩であり、教え子でもあった
でもって、そんな頃から知っているから、龍華は満に対してあまり遠慮という物を知らなかった。
「久しぶりだな、龍華」
にっこり笑って言った満に、龍華もにっと笑った。少し前……紀久が来る前は、無表情に近く、満はずいぶん心配したものだが、ようやく人間らしい表情が戻ってきたじゃないか、とかなり今は安心してもいた。ただ、この二人はなぜだか上の方に目を付けられてもいるため、危険な仕事を受けることが多い。それが、心配といえば心配だった。
(ま、そう簡単に倒されるような子達じゃないけどね)
満がそんなことを考えているとは知らないだろう二人は楽しく話をしていたりする。
「じゃ、行こか」
紀久はパソコンの電源を落としながら、龍華を振り返る。
「おう」
龍華は元気にうなずくと、二人そろって満にぺこりとお辞儀して、外に出ていった。
「満、早かったんだな」
二人の後輩と入れ替わるように入ってきたのは、琴川だ。
「で、仕事って?」
今さら遠慮する中でもなし、満は僅かに首を傾げて尋ねた。
「MSカンパニーって知っているな?」
「……誰に聞いてるの」
MSカンパニー。表向きは貿易会社だが、その中身は暗殺を請け負う、組織だ。今現在、ISOの中でも、注目されている、ターゲットだった。
「失礼。お前が知らない訳無いよな。じゃあ、MSがISOを狙っているという噂は?」
「聞いたことはもちろんあるよ。噂の真偽までは、知らないけどね」
「噂は本当だ。お前が狙われている」
ズバリと言った琴川に、満が目を細める。
「俺が?なんでまた?」
「悪いが、それ以上は解らない」
悪いが、とか言われてもねえ。とりあえず、今日は仕事の話で呼ばれたはずだ。
「で、俺に仕事って何?」
「MSを壊滅させること、だ」
「は?」
今の今、この目の前にいる男は、『お前が狙われている』と言わなかったか?
「…さっき琴川さん、俺が狙われているって……」
そこまで言って、何となく解った。
なるほど。満は頷いて続ける。
「つまり、俺はおとりになりつつ、出来ることならカンパニーを壊滅指せよ、と、こういうことですね」
「……理解力のあるメンバーをもって嬉しいと言うか何というか…」
満は琴川にとっては丁度息子ぐらいの年に当たる。そんな青年に命を懸けるような命令を出すのは、やはり辛いのだろう。
しかし、なぜだか満も、上層部からにらまれている。こんな仕事、しょっちゅうだったりするのだ。
だから。
「OK、大丈夫。で、MSの資料は?」
「どうして私がわざわざここにお前を呼んだと思ってる?」
「は?ああ」
思わずパソコンに視線を向けて、そして納得してうなずく。
「つまり、自分で資料を集めろ、と」
「そう言うことだ」
ま、確かにそれが一番良い。
他人が集めた資料より、自分で集めた資料の方が信頼が置けるし、自分で整理するのだから、理解しやすい。
自宅ではなく、ここに来い、とわざわざ言ったのは、ここでならば誰が資料
を集めたのか、結局は知られずに済むからだ。
とはいうものの。
「どうやれっていうんだ」
琴川が帰った後、満は早速パソコンに向かったが、MSカンパニーはガードが堅く、なかなか情報に巡り会えない。
「困った」
足で集める方が早いかしら、と思ったとき、外からパタパタと誰かが入ってきた。
「あれ、先輩、調べものですか?」
慌てて走り込んできたのは、先ほど龍華と仲良く出かけていったはずの紀久だった。
「まあね。それより、お前はどうしたんだ?」
すると紀久は、照れくさそうに笑って、さっき自分が使っていたパソコンのあたりから、可愛らしい、しかも手作りっぽいバッグを取り上げた。
「これ忘れちゃって。今龍華待たせてるんですよね」
「そうか。ひょっとして、それは、お前の母親の手作りか?」
「は?ああ、これですか?」
紀久は自分が手にした、ちょっと小さめのリュック型をしたパッチワークのバッグを見て、笑いながら、満に近づいていく。
「違いますよ」
「んじゃ買ったのか?そんな手の込んだバッグだったら高かったろ?」
「違いますってば。これ俺の手作りですよ」
「へ?」
予想もしてなかった答えに、間抜けな声を上げた満を見て、紀久は僅かに照れたように、笑いながら言った。
「パッチワークは、もう10年近く続けてる俺の趣味なんですよ。ところで」
そこで紀久は、それまでとは少し異なる、表情で満を見た。
「仕事って何だったんですか?」
「MSカンパニーを壊滅させろってさ」
「は?MSを?一人でですか?」
満は返事する代わりにゆっくりと頷いた。
「うわー、滅茶苦茶やなあ」
紀久が呟いて、ひょこっとディスプレイをのぞき込む。
「で?今は何を?」
「ああ、資料を集めようと思ってね。だけどなかなか無いんだよな。せめてメンバーの顔でも解ればな、って思ったんだけど」
「あ、俺知ってますよ。どうやったら見れるか」
「え?」
MSカンパニーのガードは堅いので有名なのだ。にもかかわらず、平然としかも簡単に言った紀久に、思わずその顔を見た。
「?なにかついてます?」
「いや、そうじゃなくて、何で知ってるんだ?」
「ああ、この間家で暇潰ししてたんですよねー。ちょっといいです?」
満が開いているパソコンの隣の椅子を持ってきて、そのまま満の隣に座ってしまう。僅かに伺うようにマウスに手を伸ばしつつ、首を傾げる紀久に、満は頷いた。紀久はにこりと笑うと、マウスを手にして続ける。
「その時に、たまたま見付けちゃって。今MSって結構赤丸だから、見といても損はしないなーと思ったんですよね」
言いながら右手でマウスを操作し、ネットワークを開く。その間、左手で携帯を操作する。
「ちょっと失礼します。……ああもしもし龍華?俺俺。ちょっと時間かかるから、待っててくれる?………ん?ネットルーム。うん、そう。……え?あ、そう?解った」
携帯を切る。
「龍華なんだって?」
「暇だから来るって」
言いながらもその手は休むことを知らず、ネットワークの中の必要な情報を探っている。
「ああ、これこれ」
紀久は、ポンッとキイを押す。
そこには見事に、MSカンパニーの全メンバーのID情報が載せられていた。
「すごいな」
思わず感嘆の声を漏らす満。そこに、元気良く龍華が飛び込んできた。
「紀久遅すぎっ、何やってるんだ?」
「まあまあ。俺の手伝いして貰ってたんだよ」
「手伝い?ふーん、……ん?それは?」
「俺の仕事に関係のある資料でね」
「へえー、ん?MSカンパニー?」
龍華がディスプレイを見て声を上げる。
「MSって今、ISOでも要注意だよな?」
「そうそ、MSがこっちを狙ってるって言う情報もあるし。でも無謀よな?」
「そうだよなあ」
きゃいきゃいと意見を交わす、元気な二人の後輩を見て、満は思わず微笑んでいた。この子達は本当に、良くできる子達だ。理論も実践も、もう一部の隙もない、完璧なエージェント……。
(そう、あの3人組とは違う)
不意に浮かんだ考えに、ズキッと頭痛を感じて、満は思わずこめかみを押さえた。
(3人組って…だれだ?)
自分が親しくつきあっている後輩は、そんなにたくさんは居ない。一応顔見知りではあっても、親しく知っている相手など、目の前にいる、この二人以外では、ほとんど居ないと言っていい。なのに、今確信にも近く、『3人組』という言葉が浮かんできた。
…それはだれだ?
良く知っているような気がするのに、大事な存在だったような気がするのに。
どうして思い出せない……?
「あれ、先輩どうしたの?」
「あ、本当だ、具合でも悪いんですか?」
突然黙ってこめかみを押さえてしまった満に、二人がよく似た心配の表情を浮かべて、こちらを見る。
(血のつながっていない、双子みたいだ)
満は思って、ほほえましい気持ちになった。しかし。
(そう言えばあいつらも全然血はつながっていないのに……)
そこまで考えて、背筋がゾクリとした。
さっきちらりと浮かんだ相手でもない、また別の……誰なんだ?
「先輩?」
再び表情をゆがめて黙ってしまった満に、二人が益々心配そうな表情になる。
「大丈夫?何だったら医務室行くとか」
「そうですよ、医務室行けそうにもないって言うのなら、ドクター呼んできましょうか?」
今にも医務室に走り出しそうな二人に、満は慌てて笑顔を向ける。
「大丈夫大丈夫。大したことじゃないさ。ところでお前達、行かなくて良いのか?」
「ああっ、本当だ急がなきゃっ、行くぞ紀久っ」
「ああん、龍華くんてばせっかちなんだからもー」
ずりずりと引きずられかけなら、紀久がぼやく。
「じゃ、またね先輩っ」
「失礼しまーす」
満は後輩達を笑顔で見送る。
そして、とりあえず、集められるだけの資料を集めるべく、パソコンを操作し始めた。
←忍たま目次 次へ→