「あっ…」


いきなり下半身から頭のてっぺんまで襲ってきた激痛に身体が強ばる。身体を仰け反
らせた状態のまま飲込んだ息を吐き出す事ができずに俺は喉をひくつかせた。身体が
小刻みに震え生理的な涙が頬を濡らす。

意識を取戻すと目の前に兄の顔があった。
慌てて飛び起き、襲いかかってきた激痛に声もなくうずくまった。そして、自分がき
ちんと装束を着ているのに気づく。

「大丈夫かい?鷹久。少し無理をさせてしまったね」
心配そうに聞いてくる兄に、俺は総毛立った顔をむける。
「なっ…なんで…こんな事を…」

「お前が大事だからだよ。両親亡き後、お前だけが私の全てだ。他の誰にも渡さな
い」

優しげに頬を撫でてくる兄に俺は恐怖すら感じてしまう。肌が総毛立っているのは森
を渡る風の所為だけではないはずだ。

帰りを促がす兄を拒否しようとしたが初めての出来事に身体も心もパニクッていて自
分の思うように動けない。兄の望むように帰りの牛車に乗せられ、俺は唇を噛んで少
しでも兄と離れていようとちいさくなっていた。

牛車から降りた俺は、泰子様の目を避けるように、痛む身体を無理矢理動かして自分
の部屋に逃げ込んだ。去り際の兄の表情がつきまとってくる。悲しげに見えながらど
こか満足そうな目の光に俺は追詰められる。どちらかといえば、取り澄ましたかんの
ある兄が優等生の仮面の下にあんな理不尽な顔を持っていたなんて、俺は思いもしな
かった。信じたくないと思う半面、下肢を貫く痛みがこれが現実だと囁く。

結局俺はそれから兄が自分の屋敷に戻るまでの二日間ほとんど自分の部屋から出ずに
兄を避けとおした。情けない事に賀茂の屋敷を出ていく兄の牛車の音を俺はほっとし
た心持ちで聞いていた。

兄が自分の屋敷に帰っていった日の夜。俺は夜の食事を終えると久々にゆっくりと眠
れるとばかりにさっさと自分の部屋に戻ると内着を引っかぶって横になった。兄がい
る間は恐怖でなかなか眠れなかったので正直俺は寝不足気味だったのだ。

だが、ようやく戻ってきたと思った安眠は、僅か数刻でしかなかった。

「鷹久。起きろ」

いきなり枕元で言われ、まだ半分眠っている状態のまま俺は身体を起こした。何度か
目をこすり、人を夢の国から引き戻してくれた無粋者の顔を睨み付け……。

「光栄様――」

一辺で目が覚めた。この屋敷、賀茂家の総領息子の光栄様だった。兄とは又別の意味
で俺は此の方が苦手だった。年令が変わらない所為かやたら兄をライバル視している
のだが兄が相手にしないものでその鬱憤を俺に向けてくる事があるのだ。基本的には
さっぱりとした性格の方なので陰湿な事はなさらないが、やっぱりとばっちりを受け
る俺としてはそうそうニッコリというわけにはいかない。

なにかというとからかって俺が困るのを見て楽しんでいる雰囲気があるのだ。

だが、今俺の部屋に入ってきた光栄様は普段の彼らしくなく酷く怒っているようだっ
た。

「どうかなさったのですか?」

「あいつに…抱かれたのか?血を分けた兄に。鷹久」

彼の言葉を聞きながら俺は自分の顔が青ざめていくのを自覚した。

――な…な…な・な・なんで…光栄様がそんな事知ってんだ………!?――

俺は当然の事ながら一言もその件に関しては喋ってない!誰か供人にでも見られてい
たとか…いや…まさかとは、まさかとは思うけど…――

「そ…そん…な事…誰から…」
極力平静を保って尋ねたつもりだったが、それがまるっきり成功してなかった事は自
分でも分かる。顔面蒼白、声は震えて平静のへの字も成功していない。

「それを私に言わせる気か?鷹久。」

「…まさ…か…」゜

「そう、お前の兄だ。今日、帰り際に嫌みったらしく私に囁いていきおったわ!」

――…………………………!!!!!!――

その瞬間、自分がどうしたのか丸っきり記憶がない。もしかしたらただ阿呆のように
夜具の上に座り込んでいただけかもしれない。

茫然自失、顔面蒼白、頭の中は真っ白の恐慌パニック状態というより頭の配線が全て
切れたらしい。ショートしたのかブレーカーがおちたのかは不明。だが、これがまだ
まだ悪夢の始めでしかなかった事を俺は知らされたのだ。

「ふん。その様子では好きあって閨を供にしたわけではなさそうだな」

「あたりまえです!」

ほとんど条件反射で叫んで、俺は慌てて両手で口を押さえた。此の方は兄と仲が悪い
のだ。哀しいかなそこは兄弟の情というものがある。いかに無体な事をされたとはい
え兄の足を引っ張る片棒は担ぎたくない。

「理不尽な目にあっても兄は大事か?」

「それはーー」

「まあいい。先手は打たれてしまったが取られたわけではなさそうだしな」

変に含みのある光栄様の言い方に顔をあげた途端、俺は彼の腕の中に抱きしめられ
た。

――な…な…んだ……これって…これって…兄上の時と同じ展開なんじゃ……――

「な…な…なに…なさるんです。光栄様!!まさか…まさかあなたまで!!」

髪を掻きあげられ首筋を舌でペロリと舐めあげられて俺は反射的に首を竦めた。

「兄に…兄への腹いせにこんな事をなさるのですか!?」

涙目で睨みつける俺の頬を光栄様の手が愛しげに撫でる。

「鷹久。お前は本当に初心だな。私とお前の兄がなんで仲が悪かったのか気がつかな
かったのか?」

「えっ?出世競争では…ないんですか?」

世間も俺達回りの弟子達も、保憲様だってそう思ってる。

「私達の仲が悪かったのはお前を取り合っていたからだよ」

――うっそぉ…!!!――

俺は危うく口から泡吹いてぶっ倒れるところだった。当然だろう…今をときめく陰陽
師が二人、何年もの間、同性の俺を取り合って恋の鞘当てを演じていたなんてわかる
訳がない。ほんの数日前まで権力者に引き裂かれた恋人同士なんて陳腐な物語とはい
え間違いなく悲劇のヒーローだったはずの俺が…これじゃ喜劇のヒーローじゃない
か。

「や…やめてください」

するりと光栄様の手が着物の袷に忍んできて、危うくエンストしかけた俺の思考力が
動き出した。

「悔しいが…初めてではあるまい。それとも、兄は良くても私ではいやか?」
いいわけないだろう、なにが悲しくて同じ男に抱かれなきゃならないんだ!!すでに
半分泣きが入った声で俺は叫んだ。

「どっちも嫌です!!」

それが本音だ。

俺の叫び声に光栄様は一瞬、吃驚したように目を見開き、ついで楽しそうに笑いだし
た。

「な・な・なにが可笑しいんですか!!」

「鷹久。お前、ほんとうに可愛いな」

俺の肩を抱くようにして光栄様は本当に可笑しくて堪らないといった感じで笑い続け
る。子供扱いされているようでなんとも癪に触わるのだが、これで最悪の事態から逃
げられるのならしめたものだと思った俺の考えは甘かったらしい。

「だが、私もここで手を引くつもりはない」

「だ…誰かに、いえ、保憲様に知られたらどうするおつもりなんです!」

最後の砦。いかに賀茂家の総領息子であろうと使用人はともかくこの家の主である自
分の父親に知られては困るであろう。はっきりいって保憲様って方は恋愛ごとには固
い方なのだ。

「安心おし。父上は今夜はお上の指示で殿いで留守だし」

そして意味ありげな笑顔を俺にむけた。

「この対屋に寝起きするものは全て理由をつけて他の対屋に移した。今ここにいるの
は私とお前の二人だけだ。心配はいらないよ」

きっぱりと言われて俺はひっと喉を鳴らした。心配だらけじゃないか。どんな邪魔も
助けも期待できないと悟った俺は数日前の兄に無理矢理抱かれた時の恐怖と激痛を思
い出して身体を竦ませた。

――に…逃げないと…とにかく逃げないと……――

今、頭にあるのはそれだけだ。逃げたら逃げたで後日ひと騒動あるだろうが、その時
はその時だ。そんな先の事まで考えてる余裕なんてない!

だが、光栄様の横を走り抜けようとした俺は夜着の裾を掴まれて無様にもひっくり
返った。その体勢のまま近づいてくる光栄様から離れようとじりじりと後づさる俺を
壁際まで追詰めて光栄様が笑う。

「大人しくおし。鷹久」

肩を掴まれ逃げ場をなくして恐慌状態に陥ってる俺に囁きかけ、夜着の合せを掻き開
いて肩口に顔を埋めてくる。首筋から鎖骨の辺りまでを執拗に舐められて、きつく抱
きしめられたままの身体がぴくりと反応を返す。

濡れた唇の感触が胸を這い小さな突起に巡りついた。執拗に嘗め回され、しこって舌
に引っかかるほどの変化をみせる。

「?ひっ……」

軽く歯が立てられただけで悪感とも快感とも判別つかない痺れが背筋を駆け抜けた。
光栄様に片手で両手を頭の上で押さえこまれた状態で俺は為す術も無く光栄様から与
えられる感触に身体を震わせた。自分の意志を無視して身体だけが勝手にびくびくと
反応してしまう。意識と身体がばらばらで統一されない苦しさに滲んだ涙が突然下肢
を襲った激痛に流れて下に敷かれていた桂に小さな染みを作った。

「きついな…まだ指一本だというのに」
耳元で囁かれ羞恥で身体が一気に熱くなるのが自分でもわかった。

「や…やめて…下さい……おねがいですから………」

「恥ずかしいのか?お前は可愛いな鷹久。真っ赤になって……安心おし、もう随分解
れたからね、あいつの時のほど痛みはないよ」

―――痛い痛くないの問題じゃありません!!―――

そう叫びたいのに、俺の口からでる声と言ったら掠れた喘ぎ声ばかりで目の前にいる
相手との会話すら成立たない。せめてもの意思表示にと必死に頭を振ってみたが、そ
の行動がかえって相手を刺激しただけだったとは俺は思いもしなかった。片足を持ち
上げられ秘所に熱いものを押しつけられるに及んで俺は恐怖に真っ青になった。ま
だ、兄に無理矢理抱かれた時の恐怖が消えた訳ではないのだ。叫ぼうとした俺の口を
光栄様の口が塞ぐ。

声を封じられて目を白黒させている俺に笑みをうかべ、次の瞬間には強引に俺の身体を貫
いた。

――――うわっあぁぁぁ!!―――――