久遠の鎖

瀬戸なみ子

現代篇


「おい、雅之助!!学園辞めた人間がなんだって、ちょこちょこ顔をだすんだ!!」
「用があるからに決まってるだろうが野村!」

毎度毎度の舌戦に半助はため息をついた。大木雅之助と野村雄三の対決は大木が学園
を辞めたのと入れ替わるように半助が入ってきた時からしばしば行われてきたが最近
はとみにそれが、酷い。しかも、どういうわけか半助自身が争いの焦点になっている
らしく、それも半助には憂鬱の種だ。
「それじゃ私は用がありますから」
二人にいいおいて半助は自分の部屋へと歩きだす。
「あっ!待ちなさい土井先生」
「え〜い邪魔だ野村!!半助まってくれ!」

途端にまた二人して半助を呼び止めようとして言い争いに拍車がかかる。
――大木先生も野村先生もそれなりに良い人達なのにーー
立ち止まると、また争いに油を注ぎそうなので半助は聞こえないふりして早々に自室
に逃げ込んだ。

溜め息と共に自室に帰ってきた半助に隣室の伝蔵が気の毒そうな表情で顔をだした。
「まあ〜た雅之助と野村先生か。二人とも何考えてるのかしらんが、あんたも大変だ
ねぇ」
「――山田先生」
「まあ明日で学園も休みに入る。家で少しはのんびりするといいだろう」
伝蔵の労いの言葉に半助は心底ほっとした笑顔をみせた。

夏休みに入ったある日。半助は珍しい客をむかえた。石川五十エ門だ。天才的な忍の
術を持ちながら何を血迷ったのか盗賊家業をしている半助の親友だ。
「きり丸はどうしたんだ?」
きり丸とも面識がある石川は家の中にきり丸の気配がないのに気づいて尋ねてくる。
「バイト。泊りがけでね」
「あいかわらずのようだな」

それには苦笑するしかない。その日は遅くまで酒を呑みながら昔話に花がさいた。そ
のまま一泊した石川が帰りぎわ半助に一包みの香を土産だといって手渡した。
「香?」
「ああ、前に唐に行った時に手に入れた。なんでも、この香の香りを嗅ぎながら寝る
と自分の前世を夢に見れるそうだ」
「やってみたのか?」
「いや、俺はそういうのに興味がない」

それはそうだろうが……。
「私だってないよ」
「だが捨てるのはもったいない。といって、とりあえず貰ってくれそうな奴も他には
思いつかん」
「土産の押売りだな」
あいかわらずの言いぐさに半助が笑い声をたてる。そして「じゃあ貰っとくよ」と懐
にいれた。

その夜、半助は貰った香の袋をまえに考えこんでいた。自分の前世うんぬんには興味
はない。第一、むかし殿様だったからといって今世も殿様になれる訳でもない。

どう転んだって土井半助は土井半助だ。だが、香それ自体は別だ。もともと薬物全般には
興味がある。持ってきた石川自身試して無いという事なので、どんな症状が出るかわ
からないのが不安だが生命に別状はないだろう。そういう点では半助は石川を信用し
ている。幸い今夜もきり丸はいない。試してみるには絶好のチャンスかもしれなかっ
た。

部屋の隅においた香炉からゆったりと微かな香りが広がってくる。思いのほか爽やか
な香りで半助の好みにあっていた。これなら前世うんぬんががせでもただの香として
楽しめそうだ。と半助はぼんやりと布団のなかで考えていた。