山田伝蔵×土井半助


凛と儚く

小説 叶夢 様



1

目覚めたとき見えたのは、見慣れない天井。側で自分を見つめる面長の男。
「気がつきましたか?」
「…私は…?痛っ」
体を起こすと後頭部に痛みが走る。
頭を抱えてしまった私に男がいたわるような声をかけた。
「あぁ、無理はしなさんな。頭を打ったので痛いだろう」
「はぁ」
「軽い脳震盪だろうとおっしゃっておられたが…?どうしましたか?」
不思議そうに見ている自分に男が問うた。
「ここは何処ですか?」
「土井先生?」
「…私は…誰でしょう?」

すぐに校医が呼ばれ診察された。
外傷はこぶだけだったが、頭部を強打したせいでの記憶障害(喪失)と診断された。
「記憶は戻るんでしょうか?」
「さあ、明日か、1年後か、もっと…」
「困りましたな」
校医の横に座った白髪頭の男−学園長らしい−と男−会話から山田伝蔵先生だと分かった−
その隣にはヘムヘムと呼ばれる頭巾をかぶった犬。
彼等に力なく笑いかける。
「明日になればすっかり思い出しているでしょう。大丈夫です」

と、事態はそんなに簡単には収まらなかった。
翌朝目覚めてもやはり記憶は戻っておらず違和感ばかりが襲う。
記憶を失ったのは夢で目が覚めれば元通りだと淡い期待は裏切られたようだ。
ため息をついたとき足音が聞こえ部屋の外から声がした。

「起きていらっしゃいますか?」
「あ、はい」
すっと障子が開き伝蔵が現れた。鋭い外見に似合わない優しい笑顔に思わず見惚れてしまう。
伝蔵はそんな視線に気づかぬように「おはようございます」と言いつつ部屋に入ってきた。
「おはようございます」
不安げに目を伏せた半助を見て記憶が戻っていないことを悟ったようだった。
落胆を顔に表さないようにしてくれているのが感じられる。
「お加減はいかがですかな?」
「まだ何も思い出せずに…霧の中をさまよっているようです」
「そうですか、焦らないことです。授業は私が進めておきますから、
ゆっくり休んでいてください」
「申し訳ございません」
「いや、困ったときはお互いさまですぞ、では」

伝蔵はからからと豪快に笑いながら部屋を出て行った。
部屋を出て行く伝蔵を半助はじっと見つめる。
隙のない動き、鋭い眼光。もし今何者かが襲って来たとしてもすぐに応戦、そして必ず勝利をおさめるだろう。
そんな彼を頼もしく感じその隣で戦う自分を想像した。
…今の自分にその価値があるだろうか。自分の名前すら思い出せないというのに。

半助は軽く頭を振って考えを打ち消すと布団から起き出し夜着を脱いだ。
体に残るいくつかの傷跡は確かに自分が忍者であったことの証のようだ。その1つにそっと触れてみる。
冷やりとした感触は自分の肌にあって自分の肌でないような不安定な存在。
まるで今の自分のようだと半助はひとりごちた。


騒がしい足音と共にその少年たちが現れたのは、机の上の教科書を開いた時だった。
「土井せんせー、病気ってマジっすか?」
「あ、君たちは?」
「せんせー僕たちがわからないの?」
「すまない」
「今度のバイト…」
「きりちゃん!」

少年たちは口々に話しかけてくる。
どうやら担任をしているは組の生徒たちで、乱太郎、きり丸、しんベエという名らしい。
霧の向こうに答えはあるはずなのにもどかしさに頭を抱える。
「先生、大丈夫ですか?」
「怪我はたいしたことないんだが、記憶がね」
「うぅ…週末の子守のバイトが〜〜」
「くぉら!」

鋭い声とともにきり丸の頭に拳骨が落ちた。頭を抱えたきり丸の後ろから伝蔵が現れる。
「まったく、土井先生はご病気だと言ったのに」
「だってー」
「私は君たちにとってどんな教師だったのかな。教えてくれないか?」
「土井先生?」
いたわるような顔で問う伝蔵に半助は笑いながら続けた。
「いろんな人から話を聞いたら何か思い出すかもしれないじゃないですか」
「それはそうだが…」

大丈夫ですかな?と言いたげな伝蔵に笑いかけると3人組に向き直った。
そんな笑顔に元気付けられたのか乱太郎たちは口々に話し始める。
「チョークを投げさせたら天下一品!」
「火器の担当なのに火薬の量を間違えて暴発させちゃったり…」
「練り物が嫌いでいつも僕にくれるの」

どうやら土井半助という自分のことらしいが、いまいちピンとこない。
それでも理解しようと必死に頭をめぐらせた。
1日でも早くすべてを思い出したい、庇護される必要のない自分自身を取り戻したかった。
伝蔵は自分の机に向かい教科書を開いている。時折、乱太郎たちに向ける視線は優しい。
半助は胸の奥がほんの少し傷むのを感じた。

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