激情  
――中編――

 安曇野 木綿子様




その城の主は、元はといえば地方の名もない出であった。
しかし、手段を選ばぬ狡猾さで、次々と豪族達の土地を取り上げ、そして女子供
といえど皆殺しにしてしまう残忍さが畏れられ、城主にまでなった成り上がり者だった。
それでも、そんな城主に取り入って利益を得ようとする輩はいるもので、その取
り巻き達を中心に領民達の苦しみは棚上げにされ、『恐怖』による治世は続いていた。

だが、その城主が、たったひとりの若者を・・・それもどこの馬の骨ともわから
ぬ男を連れてきて寵愛するようになると、状況が変わってきた。
妻も子も、側近達も顧みず、昼といわず夜といわず寝所に籠もる。
その名もないまだ17,8の若者を贅沢な着物や帯で飾り立て、「揚羽」の名を
与え愛でた。

 蝶よ 蝶よと 愛でるうち
 蜜も 金子も 吸い取られ・・・・

などと城下で揶揄して唄われるほどになると、治世どころではなく、ただただ国
は荒廃し落ちぶれていくだけだった。



伝蔵の耳にもその噂は届いていた。
領民達の窮地を顧みず、愛欲に溺れる城主とその愛人を苦々しく思っていたとこ
ろに、その依頼が来たのだ。
聞けば、揚羽は自分以外の者を城から追い出せと城主に強請ったらしい。
そして城主も、さすがに全員を追い出すようなことはしなかったが、一部の側近
を残してほぼ揚羽の言うとおりにしたのだ。
彼国の覇王と愛妃に自分たちをたとえ、何も見えなくなっている城主に統治者と
しての力はもうない。
城主と揚羽の首を取れ・・・・それが伝蔵に下された命令だった。





城の入り口には、さすがに警護に雇われた複数の忍びがいたが、どういうわけか
皆、薬で眠らされていた。
城内は噂通りほとんど人影はなく、数人の側近はもはや伝蔵の敵ではなかった。
楼上の寝所にたどり着いた伝蔵が影から見たものは、事態を認識することすらも
できなくなっている城主と、絡み合う揚羽の姿だった。

あれが・・・。

噂に聞く揚羽。

背中まである黒髪が、その妖しい動きにあわせて揺れている。
浅葱色の地に色とりどりの花をあしらった振り袖は、しどけなく着崩れてわずか
に緋色の帯で腰の回りに引っかかっているだけだった。
「趣味の悪い」と内心舌打ちした伝蔵だが。

「ああっ・・・・はぁ・・・・殿、あ、いや・・・」

揚羽の躰が大きくのけぞる。
伏せられた黒く長いまつげがふるふると震え、半開きになった少し厚めの赤い唇
から艶やかな声が漏れる。
白い躰に黒髪とその着物は美しく映え、まさに闇色に一筋の深い空の色を抱いた
揚羽だった。
伝蔵は思わず息をのむ。
この年若い情人が、いったいどのような人生を歩んで、ここにたどり着いたのか

そして伝蔵は、ひとり息子のことを想う。
忍びという茨の道を選んだとはいえ、両親の愛情を一身に受けて育った息子だ。
気が強く、そして真っ直ぐな息子は今年忍術学園に入学することが決まっている

比べても詮無いことだが、想像もつかない生き様をしてきたのだろう。
それも今日限りかと想うと少し哀れな気もするが。

伝蔵は忍び刀を抜いた。



「お待ち下さい」



その時、揚羽の背から妖艶な色が消え、強い殺気に包まれた。

「なに・・・・?」

今の声は、揚羽なのか。
自分に向けられたと思ったのは錯覚なのか。
伝蔵が一瞬躊躇している間に、揚羽の躰からそんなものは感じられなくなった。

城主には睦言にしか聞こえなかったのだろう。
「揚羽、揚羽・・・」
うわごとのように繰り返す。

「あ・・・殿、もう・・・もう・・・・」
「揚羽・・・・」

揚羽の躰がひときわ大きくのけぞったあと、城主の上に崩れ落ちた。



その瞬間、伝蔵は見た。
揚羽の白い腕が夜具の下に延び、鈍く光る刀を抜き出したのを。



黒髪が蝶の羽のように広がり、やがてその下から赤い血がゆっくりと広がってい
った。
無頼を尽くした男の、声もない静かな最期だった。

揚羽がゆっくりと躰をおこす。
ずるりと城主のモノを抜くと、すっくと立ち上がり伝蔵の方へ向き直った。
その躰には至る所に朱が散り、下半身は白く汚れていたが、その凛とした立ち姿
に伝蔵は目をそらすことができずにいた。

「わがままを聞いていただき感謝しております」

揚羽はゆっくりと伝蔵の側まで来ると両手で刀を差しだした。
伝蔵は掠れた声で問うた。

「貴殿は・・・」



「土井半助と申します」


                                 つづく

次へ→


←忍たま目次へ

←SHURAN目次へ