激情  
――前編――

 安曇野 木綿子様


頭の天辺近くできつく結んだ髪が、それでもたわわに肩のあたりで揺れている。
くつくつと楽しそうに。
それと同じリズムで、見慣れた色素の薄い柔らかな髪も揺れる。
山田伝蔵は手酌で冷酒を口に運びながら、後ろからその様を眺めていた。
自分の部屋であるにもかかわらず、何となく居心地が悪いのは気のせい・・・・
ではなさそうだ。





夕方、久しぶりに利吉が学園にやってきた。
ちょうど野外で演習を終えた山田と半助の所に駆け寄り、任務が一段落して休暇
をここで過ごすと告げた。
本当に仕事が終わったその足で駆けつけたのだろう。利吉の身体からは甘い移り
香がかすかに感じられた。
気をもむような任務ではなかったのか、それとも仕事上のことなどとるに足らな
いことだと思っているのか・・・それでも、そんな匂いは落としてくるのが恋人
に対する礼儀というモノだろうに。
山田はひっそりとため息をつく。

それとも・・・半助に妬かせるつもりなのか。

だとしたら百年早いわ、馬鹿者が。
そんな山田の胸の内を知ってか知らずか、半助はにこにこと笑っている。

「利吉くん、疲れただろう。たぶん風呂も沸いてるから入っておいで。食堂で会
おう」

はい、と嬉しそうに返事をして利吉は駆けていった。

「さて、山田先生、私は武器を片付けていきますから、お先にそうぞ」

演習で使ったクナイを抱えて半助はにっこりと微笑んだ。
笑顔が怖い・・・と思ったのはこの世で二人目だ。もちろんもうひとりは言うま
でもない。
山田は今度こそ盛大にため息をついた。





風呂と夕食をすませて、ふたりは利吉の土産の酒を抱えて山田の部屋にやってき
た。
あの、利吉の見合いの事件以来、誰にはばかることもなかろうに息子は父親への
義理を通す。
おそらく律儀な性格の半助に言い含められてのことだろうが。
しばらく当たり障りのない近況などを報告しあったあと、ふたりは縁側に出て行
った。
七夕が近づいて生徒達の笹飾りが置いてあるのだ。
短冊に書かれた『おやつをお腹一杯食べられますように』だの、『小銭が貯まり
ますように』だのという願い事を読んでは、ふたりで肩を揺らしている。
今更珍しくもなかろうに。いちゃつくならおのれの部屋でやってくれ。

いいかげん何かしら理由をつけてふたりを追い払おうと思案していると、徳利を
下げて戸部新左衛門がふらりとやってきた。
良い酒が手に入ったのだとか。
これ幸いと思ったのは父か息子か・・・。
とにかくそれがきっかけとなってふたりは半助の部屋へとさがっていった。

「おじゃまでしたかな」
「いやいや、助かりました。ただでさえ暑いのに暑苦しいことこの上ない」
「ははは、でもお似合いのふたりではありませんか。いや、父君としては複雑で
すかな」
「愚息にはもったいないですな。半助は」
「いや・・・美男美女・・・ではないな・・・・美男美男・・・・んん・・・・
・」

真剣に悩む戸部に思わず山田は吹き出した。

「まあ・・・なんと言うのかわかりませんが、利吉くんは凛々しく男らしいし、
土井先生には何とも言えぬ色香がありますな」
「・・・半助には・・・利吉がずいぶん無理を言ったのでしょうな」
「ええ、まあ・・・とても・・・その情熱的に思いを伝えていたようで・・・」
「・・・母親に似てなかなか激しい気性をしてますからな。半助も絆されてしま
ったのでしょう。それにしても、知らぬは父親だけだったというのも何とも情け
ないことで」
「いや、そういうモノでしょう」

戸部が慰めるように山田の湯飲みに酒をついだ。

「奥方といえば、利吉くんはもう土井先生を引き合わされたとか。さぞ、驚かれ
たことでしょう」
「いや、それが・・・」

山田は何とも情けない顔をして酒をあおった。



半助の傷が癒えるか癒えないかのうちに、利吉は引きずるように半助を連れて実
家の母親に引き合わせたのだ。
一悶着起こるだろうと、知らぬふりを決め込もうとした山田だったが、意外にも
妻の怒りの矛先は自分だったのだ。

『だいたい、あなたが調子に乗ってホイホイと見合い話なぞに乗るからいけない
のです』
『利吉を見ていれば、学園に想う方がいらっしゃることなど一目瞭然』

曰く、見合い話がきっかけになって利吉が恋人を紹介してくれればいいと思って
いたと。
それが思いがけず半助を苦しめることになってしまい申し訳なかったと、そして
愚息をよろしく頼みますと頭を下げたのだった。



「はははっ、それは・・・さすがに山田先生の奥方だ」
「いや、笑い事ではありませんぞ、まったく・・・」

苦虫をかみつぶしたような顔で、山田はスルメに歯を立てた。

「音に聞こえた有名な忍びも形無しですか」
「なに、そんなことは・・・」
「ないとは言わせませんよ。あの城攻めはもはや伝説ではありませんか」
「・・・・・あれは・・・・・そうですなあ・・・・・」

もう9年ほど前のことになる。
ある城攻めの任務を山田は請け負った。
そして、たったひとりでその城主の首を取り、最小限の犠牲の上で城を崩壊させ
た。
そのことが諸国に『山田伝蔵』の名を知らしめることとなる。
だが・・・・・あれは・・・・・。



―――――「そういえば、あのときでしたな。山田先生が土井先生をここに連れ
てこられたのは」


                               つづく




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