身を曝した利吉に、毒矢が襲いかかる。
それを避けながら、ねらいを定めクナイを放つ。
距離があり目では確認できないが、確かな手応えがあった。
と、身体を茂みの方へ思いきり突き飛ばされる。
利吉のいた場所に矢が刺さる。
利吉と共に飛んだ半助が、倒れ込みながらもクナイを投げる。またどさりと人
の倒れる気配がした。
「大丈夫か」
半助が利吉に覆い被さるような状態のまま訪ねた。
「・・・っ」
「あと三人。君は左へ・・・」
「手出しは無用と言ったはずですっ」
我慢ならなかった。年下だからといって、私はあなたの生徒じゃない。
あなたを抱いているのはこの私なのに。
半助の身体を押しのけると利吉はふらりと立ち上がった。いらだつ心に隙が生
まれた。
ひゅうと利吉の背後で空気が震える。
まずい。
至近距離から放たれた。間に合わない。
半助は利吉の肩を掴むと力任せに体勢を入れ替えた。
ずしゃり。
唖然とする利吉の耳に、肉を裂く嫌な音が飛び込んでくる。
「がはっ」
半助の身体が少し傾いだ。
背中が熱い。
ゆっくりと息をしてみる。
口の中に錆びた鉄の味が広がった。
まだだ、まだ。
倒れるわけにはいかない。
幸い刺さった矢が止血の役割を果たしているようだ。
毒は、もうじき回り始めるだろう。もう少し、もう少し持ちこたえてくれ。
「大・・・丈夫、私は・・・大丈夫・・・だ・・・から」
半助は利吉の肩を掴んでいた手の力を緩めて、安心させるようにそっと撫でた。
利吉を仕留め損なって焦れたのか、敵の気配が近づいてくる。
「利吉くん、接近戦・・・に・・・なれば、君に有利・・・、大丈夫だ、君な
ら大・・・丈・・夫。
刃物には毒が・・・塗って・・・ある、くれぐれも・・・・傷を負わないよ
うに・・・し・・・」
そうして、半助はきれいに笑うと、どさりと崩れ落ちた。
その背中から不自然に突き出たものを見て、利吉の視界が白く染まった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
しゅんしゅんと湯の沸く音だけがしている。
障子越しに薄く西日の当たる部屋は、半助の吐く荒い息で満ちていた。
傷は深く、矢尻に塗ってあった毒は、高熱と意識の混濁をもたらし、一通りの
手当を済ませた新野は、後は半助自身の若い体力に任せるしかないと言い置いて
部屋を後にした。
汗がにじむ半助の額に手ぬぐいを当てながら、利吉はその手をきつく握りしめる。
真っ白なさらしに覆われた胸がせわしなく上下する様を見て、唇をかんだ。
利吉が半助を学園に運び込んだとき、利吉の体は返り血にまみれ、青ざめた顔
は修羅のようだった。
息子の身に何かあったのかと駆け寄った山田も、その腕の中の半助と、利吉が
うわごとのように「半助を助けてくれ」と繰り返すのを見て、起こったことを理
解したようだった。
共に駆けつけた教師たちと手分けをして、ただならぬ気配にたたずむ生徒たち
をなだめ、半助を中へと運び込んだ。
ぐったりと力の抜けた半助の体を、支えているようにと新野に言われ半助を抱
きしめた。
新野が半助の体から矢を抜く。
返しがメリメリと肉を裂く。
その瞬間、意識を失っていたはずの半助が目を見開き、利吉の背中に縋るよう
に爪を立てた。そして、それでも声を出すまいとしたのか、そのきつく噛み締め
た唇に血がにじんだ。
そんな半助を、利吉はなおきつくかき抱いた。
半助の背中から噴き出した血を、一滴も逃すまいとでもするように、利吉の両
手が傷口を塞いだ。
そんなことをしてもどうにもならないのだと、頭の隅でわかっていても、ただ
それが半助の命を繋ぐ術(すべ)であるかのように、ただその赤い滴りを受け止
めた。
見る間に赤く染まってゆく利吉の手は、おびえた子供のようにひどく震えてい
た。
悪夢だった。
失うかもしれないという恐怖は、足下の地面が崩れ落ちるような底知れぬ闇だった。
どうして、自分はこの愛しい人を、愛おしくてたまらない者を、手放そうとし
たのだろう。
「あなたは・・・」
あなたは、この私を、命をかけて愛してくれていたのに、どうして。
私はあなたを、自分を信じられなかったのだろう。
ただひたむきに、出会った頃のように、あなたに愛を伝えれば、それでよかっ
たのに。
そうすれば、あなたは春の日だまりのような笑顔を惜しげもなく見せてくれた
のに。
「半助・・・」
ぽとぽとと何かしたたる音がして、利吉は初めて自分が泣いていることに気づ
いた。
とめどなくあふれる涙を拭おうともせず、利吉はただ半助の名を呼び続けた。
「どうだ、半助」
まだ意識が戻らないのを知っていながら、山田はそれでもそう問いかけながら
病室の戸を引いた。
はた、と顔を上げた息子と目が合う。
涙がまだあふれ続ける利吉の目は、それでも揺るぎない決意を宿していて、山
田は思わず息をのんだ。
「父上、お話があります。」
山田は無言のままゆっくりとうなずいた。
つづく