愛しくてたまらない6
半助の意識が戻ったのは、それから十日ほども経ってのことだった。
しばらくぼんやりと視線を彷徨わせていた半助だったが、その視界が利吉をとら
えると、
「ああ、利吉・・・くん、よかった・・・無事だ・・・ったん・・・だね」
そう言って微笑んだ。
「死にかけていたのは、あなたですよ。半助」
利吉はそう言って苦笑したが、その顔は見る見るうちにクシャリと崩れ、やがて
半助に取りすがり子供のように号泣した。
「利吉くん・・・痛い・・・よ」
そう言いながらも、半助は優しく利吉の背中を撫で続けた。
年が明けて、ようやく身体を起こせるようになった半助だった。
正月休みに入り、大抵の教師と生徒は実家へと引き払ってしまっていて、残って
いるのは利吉と半助、あと数えるほどのやむを得ない者のみだった。
利吉はあれからずっと、かいがいしく半助の世話をしている。
粥や雑炊を作り、洗い物をし、部屋の空気を入れ換えて掃除をする。
半助が布団の中から珍しげに見ていると、
「夫婦みたいですね」
などと要らぬことをつぶやいて半助に睨まれ、へらへらと笑った。
その様子は、肩の力が抜け、全てを吹っ切ったすがすがしさと、なんだかよくわ
からないが自信に満ちていて、半助を戸惑わせた。
薬を代えるために、利吉に助けられて身体を起こしながら、半助は話しかけた。
「利吉くん、もう私は大丈夫だよ。
その、・・・父上や母上も待っておられるだろう。うちに帰ったらどうだい」
「半助。・・・とにかく薬を替えてしまいましょう」
利吉は無言で半助の背中の傷を覆った薬を替え、きっちりとさらしを巻き直した。
そして、居住まいを正すと半助に向き直った。
「半助。
父に話しました。あなたとのことを。
父は、あなたが全快するまで側を離れないようにと・・・言ってくれました」
「利吉くん・・・」
「見合いの話は正式に断りました。
暗殺者を雇ったのは、見合い相手の縁のものでした。大店(おおだな)ですので跡目とか財産とか争いごとがあるらしくて、私のことが目障りな輩がいろいろと居たようです」
「そうか」
半助は、本人の想いをないがしろに「家」に翻弄される娘を想って目を伏せた。
「いえ、そんな事情は関係ないのです。
私は、私は・・あなた以外の人は愛せません」
半助ははっと顔を上げる。
「大木先生に言われたんです。
つまらない意地を張っていると大切なものをなくす、と。
気付くのが遅くて、あなたをこんな目に遭わせてしまったけれど・・・」
利吉の目が真っ直ぐに半助のそれをとらえる。
「あなたを愛しています。私と共に歩んでくれませんか」
「半助、母にも会ってくださいね。
そのとき、桜を見ましょう。いいところを見つけたんです。
だから、早く元気になって下さいね。それに・・・おあずけもくらってますし・・・。」
そう言って、利吉は照れくさそうに笑った。
薄く開けた障子の隙間から吹き込む初春の風に、利吉の色素の薄い髪が揺れてきらきらと光っていた。
それがなんだかとてもまぶしくて、半助は目を細めた。
少しの間にずいぶんと大人になったものだ。
この年下の恋人に守られるようになる日も、そう遠くはないかもしれない。
そんな確信にも似た予感は、甘酸っぱく半助の胸を満たしていった。
おわり