絆された・・・というのだろうか。
自分だけを見つめる瞳に、いつ気がついたのだろう。
前途ある若者の足枷になりたくないとか、彼の父であり同僚でもある男に申し訳がたたないとか、そんな戸惑いを払拭するほど、強く想われ、そして惹かれていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
あれから数日が過ぎた。
心の中の嵐がおさまったわけではないが、だからといって騒いでも栓無いことだと思っている。
あきらめはいい方なのだと、半助は自分自身をそう評価していた。
自室で文机に向かっていた半助は、ふと障子の外の気配に気づいた。書物を閉じ、ゆっくりとため息をはいた。その気配は、殺気と呼べるほどに怒りを孕んでいた。
「利吉くん。入ってきたらどうだ」
音も立てずに利吉が入ってくる。後ろ手に障子を閉める利吉の顔はぞっとするほど冷たくて美しい。
半助は利吉に見せつけるようにまたため息をはいた。
「お父上のところには行ったのかい」
「ええ、今寄ってきました。あなたが私の見合い話を喜んでいると聞かされましたよ。
上機嫌でした。」
「そうか」
利吉の切れ長の眼が、スッと眇められた。
「満足ですか」
口を開く間もなく畳に押し倒された。
「半助、満足ですか。それで良いのですか。」
半助の胸ぐらをつかんで押しつけたまま、利吉は問う。
「君自身が決めることだ。私じゃない。」
半助も利吉を見据える。先に目をそらしたのは利吉だった。
「そんなに世間体とやらが気になりますか。それとも・・・・最初から遊びだった?
年下の男が自分に夢中になるのが楽しかったのですか。」
「ちがっ、うっ・・・りき・・・」
半助の答えを待たず、利吉の唇が半助のそれを塞いだ。
かみつくような激しさに息が上がる。
「・・・うっ・・・・んん」
乱暴に寝間着をはだけられ、首筋に歯をたてられた。
「やめっ・・・利吉くんっ」
紐で手首を縛められ、床にうつぶせに転がされた。
半助がこの体勢を嫌っていることを知っていながらの行為だった。
『いやだっ』
つぅっ―――と利吉の首筋に冷たい感触が走る。
いつの間にか手首の戒めを解いた半助が、刃物を利吉に突きつけていた。
「やめなさい、と言っている。」
そこには、今まで利吉が見たこともない半助がいた。
女子供も容赦なく手にかける忍の・・・そんな目をした半助に利吉は息をのんだ。
「半助・・・」
ふっ・・・と半助の目が悲しげな色に変わる。
「今日は、帰りなさい。
・・・帰ってくれないか」
利吉の気持ちが、わからないでもない。
半助が恋人と呼ばれる存在ならば、その口から見合いを肯定される言葉など聞きたくないに決まっている。
できれば涙の一つも流して、やきもちを焼いてくれれば嬉しいということだろう。
今回はそれで済むかもしれない。
だが、同じことはこれから二度、三度起こるだろう。
男同士の恋愛など今の時代珍しくもないだろうが、かといって大手を振ってまかり通る、というものでもあるまい。
いつかは嫁をめとり、子を残すことこそがまっとうな道。
天涯孤独な自分はともかくも、利吉にはそれが求められているはずだから。
現に山田のあの嬉しそうな顔を裏切ることなどできるはずがない。
それでも利吉は自分を選ぶことができるのか。それは利吉自身にしか決められないことなのだ。
「くそっ」
半助は床に拳をたたきつけた。
利吉の去った部屋には、ただ冷たい闇が広がっていた。
つづく