君とメリークリスマス

第7回

 再びパーティー会場。
 陽子がつれの青年を他の客に紹介している、その後ろ姿。
 陽子はその客と別れると、今度は、執事・小林と何か話している正雄のところに青年を連れていく。
 「菅野さん!」
 振り向く正雄。
 「あ、井ノ原さん。……そちらは? もしかして、お噂のご子息ですか?」
 「そうですの。ろくでなし息子。やっとパーティーに間に合いましたの」
 正雄に言われたことをメモしていた小林、顔を上げる。陽子に向かって愛想良く会釈し、青年に、
 「どうぞお楽しみください……」
 そう言いかけて、小林、開いた口がふさがらない。
 「い、いの……!!!」
 ドレスアップした井ノ原、まじめな顔で、小林にひょいと片手をあげる。その頬にはまだ小林に殴られた痣が。

 休憩室。
 美穂が入ってくると、入れ替わりのように、中にいたカップルが出ていく。
 その二人の後ろ姿をちらりと振り向いてから、美穂は窓辺に歩み寄る。
 部屋には美穂ひとり。しんとした部屋で、美穂は何か考え込んでいる。すると。
 いきなり部屋の明かりが消える。驚く美穂。
 「えっ……!?」
 辺りを見回す。美穂のあたりだけが窓からの光で明るい。
 部屋に暗い人影が見えた気がして、美穂は思わず叫びかける。
 「きゃ……」
 ところがその時、
 「ノー、ノー、ノー、お嬢さん」
 外人のまねみたいな、変な声。美穂、目を凝らす。
 「これから素敵なマジックタイムよー」
 ますます怪しい声。美穂は息を飲み込む。
 「はい!」
 いきなり目の前に白い手袋。その手から、造花。びっくりする美穂の目の前で花は次々に増え、その花束は美穂に手渡される。あきれながらも受け取る美穂。
 顔を上げると、あんまり怪しすぎて笑ってしまうような男。スワロウテイルにシルクハット、そして丸いとぼけた眼鏡に付け髭。
 「あなたいったい……」
 美穂に問いを全部は言わせず、男はステッキからハンカチを取り出す。これも次々に。
 そして男がそのハンカチを宙にまくと、それは美しい紙吹雪となって辺りに舞い散る。
それは窓辺の光を反射して、本物の雪のようだ。
 「きれい……」
 思わず笑顔の美穂。
 「やっと笑顔ですねえ」
 変なイントネーションの男の声。
 「え?」
 怪訝に見守る美穂の前で、男はシルクハットを脱いで、それが空っぽだと言うことを美穂に見せる。じっと見守る美穂。だが、
 「あれ?」
 うまくいかないらしく、シルクハットに手を突っ込んで、男が地声で首を傾げる。
 「……おかしいなあ」
 男は夢中で中をいじっている。美穂、じっと男を見ていて、突然、男に近づく。
 「えいっ」
 美穂が男の丸眼鏡を取る。
 「わっ」
 男があわてて顔を隠そうとしても、もう遅い。  
 「井ノ原さん……」
 あきれる美穂。
 「いやー」
 シルクハットを目深にかぶって、照れ笑いの井ノ原。
 「いったい、なに、これ……」
 「いやー、あの、そのですねー」
 井ノ原、頭をかく。そして、いい答を見つける。
 「バイトの仕事のうちですよ!」
 「え?」
 「小林さんに言われたんですよ。元気のないお客様をお慰めするのも仕事のうちだって……」
 「ええ?」
 「……あ、はずしたかな……」
 「……」
 どことなく、井ノ原の自分を慰めようとする気持ちが伝わってきて、美穂は黙る。黙って井ノ原を見つめる。目が合ってから一瞬は動けなくて、だがすぐ井ノ原は後ろを向く。
 「いやー、ばれちゃまずかったなあ、ばれちゃあ」
 「井ノ原さん」
 「では、お嬢さん、あなたが私を必要とするときに、私はあなたの側にいつでもとんで来ますよー」
井ノ原は、また変な風に言う。言って、きざっぽく手を振ると、くるりとドアから消える。 そのドアを見つめる美穂。
 どれくらい時間が経ったのか、ぱっと明かりがつく。美穂、はっと我に返る。
 「お姉ちゃん、どうしたの?」
 いぶかしそうな加奈子の声。
 「加奈ちゃん……」
 「ママに見てきなさいって頼まれたんだよ、お姉ちゃんのこと。ママ。心配してたよ。……なんかあったの?」
 「え? あ、ううん……」
 「あれえ、なにこれ」
 美穂の周りの紙吹雪を見つけ、加奈子が声を上げる。
 「なんだろ、これ。……あ」
 加奈子、美穂の髪を見る。
 「お姉ちゃんの髪にもいっぱいなんかついてる」
 「……そう?」
 そこへ、部屋に入ってきたのは井ノ原陽子。
 「美穂さん。……うちの息子ここに来ませんでした?」
 「え? いいえ」
 美穂の答に陽子、ため息をつく。
 「また逃げられたわ。あなたにあの子を紹介したかったのに」
 「紹介?」
 「そ。うちの一人息子なの。……親の言うことをちっとも聞かない子ですけどね」
 「……」
 「親の七光りはまっぴらなんですって。会社も継ぐ気はないそうよ。勝手気ままがいいらしいわ。全くのガキね。……でもねえ、あれでいいところもあって」
 「……」
 「冬になると、バイトで貯めたお金をもって、ボランティアで知り合った神戸のお年寄りのところに行ったりしてるらしいの。……ねえ、そんな男、あなた、どう思う?」
 「どうって、あの……」
 言葉に詰まった美穂を見て、陽子は笑いながら、
 「まあ、おかしな男よねえ」
 そのまま、陽子は部屋を出ようとする。美穂、はっと気づいて陽子に声をかける。
 「おばさま!」
 「え?」
 振り向く陽子。
 「おばさま、アイズグループの会長でいらっしゃいましたよね!」
 「そうよ」
 「それで、あの、お名前は、いの……」
 「井ノ原陽子よ、それがどうかした?」
 「いえ……」
 陽子は出ていく。立ちすくむ美穂。そしてつぶやく。
 「偶然よね……」
 「どうしたの、お姉ちゃん」
 加奈子が尋ねる。
 「そう言えば、その花、なに」
 気づくと、美穂はまだ造花を持っている。
 「なんか、ださくない?」
 加奈子が言うが、美穂はその花を見て、一輪取ると髪に挿す。
 「お姉ちゃん、変だよ」
 加奈子があきれるが、美穂は笑う。
 「そうかなあ。おしゃれじゃない?」

(続く)

 イノッチはラブジェネの松たか子か!!……って、自分で書いといて……。いや、でも、イノッチにこう慰められたら、いいよね。さて、長い間読んでくれてありがとう!! 次回、感動の(!?)最終回です!(98.1.10)


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