君とメリークリスマス

第6回

 パーティー会場にはいる正雄達。好子を始め、他の客達も、新しい客のところに挨拶に来る。
 どうやら重要な客らしく、周りに人の輪が出来る。
 そこへ飲み物を運ぶ井ノ原。井ノ原が近づいたとき、後ろを向いていた女性客がこちらに顔を向ける。その顔を見て、あっと驚く井ノ原。トレーを取り落としそうになりながらどうにか持ちこたえて、くるっと向きを変える。
 こそこそと厨房に戻ろうとする井ノ原を見とがめた小林、
 「何やってるんだ、お客様のお飲物は!」
 「あ、あの、ちょっと間違えちゃって……、取り替えてきます」
 訳のわからないいいわけを言って、井ノ原、あっという間にいなくなる。
 小林は怪訝な顔でそれを見送る。
 井ノ原のいなくなった方を見る女性客。正雄が尋ねる。
 「どうかなさいましたか、井ノ原さん」
 女性客・井ノ原陽子(野際陽子・前出)、そちらを見たまま
「いえ……」

 室内に戻ってきた加奈子。それを見つけた健が思わず声をかける。
 「あ、加奈子ちゃん」
 その声に加奈子の方を振り向く坂本。加奈子は健の後ろにいる紗弥加に気がつくと、健を無視して通り抜ける。紗弥加はちょっとつらい表情。少しして、坂本は席を立つ。
 加奈子はまた自分の部屋に行くつもりらしい。廊下を出て階段を数段上ったところで、下から坂本が加奈子に声をかける。
 「パーティーに戻った方がいいんじゃないか」
 突然の声の加奈子ははっとするが、坂本だと気づくとむっとした顔。
 「何よ、こんなところまで。まだあたしに何か言いたいの!!」
 「いや……。みんな、君のことを心配するだろうから……」
 「だとしたら、みんな、あなたのせいよ。わかってんの! あんなこと……!!」
 加奈子は一度声をとぎらせてから、続けて、
 「叩かれたのなんて、加奈子、生まれて初めてなんだから!!」
 それだけ言うと黙り、そのまま行きかける。坂本、急いで
 「さっきは俺もやりすぎた。そのことは謝る」
 加奈子、足を止める。
 「……なによ、急に」
 そして、坂本の方を勢いよく振り向いて言う。
 「言っときますけど、おじいさまにああ言ったのは、あなた達のためじゃないわよ。パパとママのためなんだから! 加奈子は絶対謝らないわよ!! みんな、何よ、加奈子がせっかく楽しみにしてたパーティーが台無しじゃない!!」
 最後は、少し泣き声になってしまう。そのままうつむく加奈子。
 少しの間の後、坂本が言う。
 「……まだ楽しめるさ」
 顔を上げる加奈子。坂本、優しく
 「行こう」

 パーティー会場の入り口。
 ドアが少しずつ開いて女の子が入ってくる。
 「多香美!」
 美穂が、入ってきた女の子に声をかける。
 「待ってたのよ!」
 多香美はすまなさそうに美穂に謝る。
 「……ごめん美穂。教会でも、ミサのあとパーティーがあって、それが盛り上がっちゃったの……」
 美穂はあっと言う顔で、
 「忘れてた。多香美のお父様、牧師様だものね。……もしかして、クリスマスに呼んだりして、迷惑だったんじゃない?」
 「ううん、そんなことないの。もう全部終えてきたから」
 「ほんとう?」
 「ええ、ほんとうよ。どうして?」
 美穂はからかうように多香美の顔を見て、
 「なんだか、心ここにあらずって顔してるんだもの」
 「え? ……そんなことないけど!」
 そうあわてて言って、多香美は、改めてまぶしそうにパーティー会場を見回す。
 「美穂んちのパーティーってほんとにすごいのね、別世界みたい……」 
 多香美を連れて奥に入りながら、美穂は笑って答える。
 「今日だけよ……」
 皿を運びながら、仲のよい友人同士と一目でわかる二人の姿に気づき、微笑ましそうに見る井ノ原。
 美穂は、長野のところに多香美を連れていく。
 長野は客の一人としゃべっていたが、ちょうど話が終わったところ。
 「博さん!」
 弾む美穂の声。
 「……なに?」
 長野、笑顔で振り向く。
 「紹介したい人がいるの。……大学のお友達よ。吉本多香美さん」
 「ああ、美穂ちゃん、前に話してくれたことがあるね、とっても優しい人だって……」
 そう言って美穂の後ろに目をやり、長野は絶句する。
 そう、それはあの女の子だったから……。
 長野を見る多香美も言葉が出ない。
 思わず見つめ合う二人。
 「?!」
 二人の様子にただならぬものを感じ、二人の顔を見比べる美穂。離れた場所で給仕していた井ノ原も、ふと顔を上げ、三人の様子に気がつく。
 井ノ原、サーバーから料理が落ちても気づかず、美穂達の方を見ている。井ノ原の目の前の客は怪訝な顔。またまた小林、そんな井ノ原を見とがめて飛んで来て、怒鳴る。
 「……井ノ原くん!」
 井ノ原、はっとする。
 長野と多香美もその声で我に返る。
 長野は多香美の顔を見つめたまま、
 「吉本、多香美さん……」
 かみしめるように多香美の名を繰り返す。
[ええ……」
 答えて、多香美はどうしたらいいかわからないように下を向く。
 「ど、どうしたの……」
 美穂は無理に笑顔を作ろうとしながら、どうにか声を出す。
 「なんか、二人とも変よ。……もしかして、知ってたの?」
 長野は口ごもるが、多香美はそれを見て勢いよく首を横に振る。
 「ううん、そんなことないわ」
 「……ほんと?」
 「うん、ほんとよ」
 多香美は笑顔を取り戻して、長野に尋ねる。
 「そうですよね?」

 華やかなパーティーは続く。
 多香美は美穂に紹介された別の青年と踊っている。
 美穂と踊りながらも、いつか多香美を目で追っている長野。
 そして、そんな美穂達のことが気になる井ノ原……。
 ダンスが終わると、多香美は青年に礼を言い、もう一曲と誘われたのを断ってテラスに出る。
 長野はそれを見ている。そこへちょうど、美穂のところに正雄が来る。井ノ原陽子を紹介しに来たのだ。笑顔で美穂に挨拶する陽子。長野はそれをいい機会に場から離れ、自分もテラスに出る。
 寒い外気も気にせず、多香美はテラスの手すりにつかまって外の木立を見ている。
 「多香美ちゃん」
 長野に声をかけられ、びくっとする多香美。しかし、作り笑顔で振り向く。
 「あ、長野さん」
 「……寒くないの?」
 「平気です。中が暑かったから、気持ちいいくらい」
 「そうか。……そうだね」
 そのまま、しばらく黙り込む二人。しかし長野は思い切ったように、
 「何でさっき美穂ちゃんにうそを言ったの? ……僕と会ったことがないって……」
 「ああ、だって」
 多香美は笑顔。しかし長野の顔は見ず下を向く。
 「美穂から、あなたのこと聞いてたんです。……美穂、あなたのこと、とっても好きなんです。さっきだって、あたし達を見て何か心配そうだった。……もしあたし達が知り合ってるって知ったら、美穂はきっと余計なことを考えそうな気がしたから……」
 「しかし、僕は……」
 何か言いかける長野に、多香美ははっきりとした口調で、
 「美穂と友達になれて、あたし、とても嬉しいんです。……その美穂に、変な気を使わせたくない」
 「多香美ちゃん……」
 二人は再び黙る。
 「あたし、もう戻ります」
 出ていこうとする多香美を、長野は呼び止める。
 「待ってくれ!」
 「……」
 「……君のことが頭から離れなかった」
 「……」
 「名前も聞かなかったことを後悔してた。パーティーの最中も、ずっと君のことで頭がいっぱいだったんだ。……また会えたとき、夢かと思ったくらいだ」
 じっと立ち止まっていた多香美は、やっと振り返る。そして長野に抗議するように、
 「やめてください。誤解されます、そういう言い方」
 「……誤解じゃない。……僕は君を……好きなんだ」
 多香美は下を向いて首を横に振る。
 「おかしいです、そんなの! ……だって、美穂は? 美穂のこと、好きだったんでしょう!?」
 「……そう思ってた。美穂ちゃんが僕を兄のように慕ってくれているのが嬉しかった。僕も美穂ちゃんが可愛かった。……でも、それとは全く違う気持ちなんだ!!」
 そう言って自分を見つめる長野の瞳に、多香美、何も言えなくなる。強がってはいても、多香美も本当は長野が忘れられなかったのだから……。
 しかし振り切るようにテラスから室内に戻ろうとして、多香美は驚きの叫びをあげる。
 「……美穂!!」
 ドアに手をかけ、こちらを見ていた美穂。なにも言わず、ただじっと。
 「違うの、美穂、聞いて!」
 多香美が懸命に言う。
 しかし美穂はくるりときびすを返して中に駆け出し、そこにいた井ノ原とぶつかる。
 井ノ原、またトレーを落とすが、幸いにもそれは空っぽ。しかし空っぽのトレーはからんからんと大きな音を立てる。
 美穂は井ノ原の顔を見るが、なにも言わずに駈け去る。井ノ原はそれを見送ってから、美穂の来た方に目をやる。そこには、長野、そして泣きそうな多香美。
 井ノ原は、すぐにそこで何があったのかを悟る。
 またまた小林が井ノ原の方に向かって歩いてくるが、井ノ原はそんなことは目に入らない。
 つかつかと長野の方に歩む井ノ原。
 「……おい!」
 井ノ原に乱暴に声をかけられ、長野が振り向く。
 井ノ原は、いきなり長野を殴る。
 「きゃあ!」
 多香美の叫び声。長野は手すりに倒れかかる。
 「おまえ、美穂さんに何を言ったんだ……!!」
 長野は、血の滲む口元を押さえながら井ノ原を見て言う。
 「君に答える必要はない」
 割合に冷静な長野の声。井ノ原の方がかっとしている。
 「美穂さん、何で泣いてたんだよ!!」
 井ノ原が長野の襟元をつかもうとしたとき、逆に井ノ原の襟元が誰かにつかまれる。そして殴り飛ばされる井ノ原。
 床に転がった井ノ原が見上げると、そこには激昂した小林。小林、怒りで体をふるわせながら言う。
 「君は、君というやつは……」
 そしてついに怒鳴る。
 「クビだ、クビだ、クビだー!!! すぐに出ていけ!!!」

 井ノ原と小林が去ったテラスで、多香美が長野に手を添えながら心配そうに尋ねる。
 「……大丈夫……?」
 長野、自分の隣の多香美を見て言う。
 「なんか、さっぱりしたよ」
 「……」
 「僕が好きなのは君だ。傷つけるかもしれないけど美穂ちゃんにもはっきり言うしかない」
 「でも……」
 「多香美ちゃん」
 何かを吹っ切ったような、長野の笑顔。 
 「僕は、自分の気持ちを大切にしなかったら、いつか人の気持ちも大切に出来なくなるような気がするんだ。……美穂ちゃんのことを、僕らは二人とも好きだよね?」
 頷く多香美。
 「だったら、美穂ちゃんを信じるしかないよ……」
 多香美、涙ぐみながら、ゆっくりと再び頷く。
 
 管野家の裏口。
 井ノ原、来たときと同じ服装とリュックで、外に出てくる。
 まだ、中は明るく、にぎやかだ。
 井ノ原、そんな窓辺を見上げる。
 すると窓辺に美穂の顔。何とも言えず寂しそうな……。井ノ原、はっとする。
 しかし、美穂の姿はすぐ消える。井ノ原、それを見上げたまま。すると、
 「快彦、あんたって子はもう!!」
 どこから来たのか、目の前には井ノ原陽子。
 「おふくろ……」
 「どうしても連絡が取れないから、今日はあんたのがらくたばっかりのアパートにまで行って来たのよ! そしたらまあ、こんなところで…。 ほんとになにするかわかりゃしないんだから!!  こんなとこでいったいなにやってたの!!」
 「何って……、バイトだよ」
 「バイトって、まあ、よりにもよって……」
 陽子、一瞬絶句するが、すぐに井ノ原をにらみつける。
 「ここで会ったが百年目よ。今日だけは私の言うことを聞いてもらいますからね!!」

(続く)

 クリスマスはおろか、お正月まで過ぎちゃいました。なんか、寒い連載になっちゃいましたねー。
 さてみなさん、予告編のコーナーはお読みになりましたか? あのコーナーはhongmingが作ってくれていますが、なかなか楽しいコーナーですねえ。新作を期待しましょう。(98.1.3)


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