君とメリークリスマス

第5回

 目を見張って頬を押さえる加奈子。驚く紗弥加、健、准一、剛、恵。
 加奈子の目の前にいるのは、坂本。
 「ぶったのね……!」 
 加奈子が叫ぶ。
 「あたしのこと、ぶったのね!!」
 「そうだ」
 坂本が言う。
 「言っちゃいけないことを言えば、ぶたれることもある。……紗弥加は、君にそんなことを言われるいわれはない」
 加奈子はそんな言葉は聞いていない。
 「あたしが誰だか知ってるの!!」
 「君が誰でも関係ない」
 「頭おかしいんじゃない!! ……もう、なによ!! 兄弟揃って!!」
 加奈子の声に、今まで気がついていなかった客たちもこちらを見始める。好子と正雄も顔を見合わせて、加奈子の声のする方へ急ぐ。
 「加奈子ちゃん……」
 「加奈子、落ち着けよ。おまえが悪いんやろ」
 大変なことになったと悟った健と准一が声をかけるが、加奈子は耳を貸さない。
 「加奈ちゃん、落ち着いて!」
 恵が声をかけると加奈子はその手を振り払う。
 「めぐねえなんか、あっち行ってよ! 加奈子に黙って森田先輩といたくせに。もういい、誰も加奈子のこと、本気で考えてくれないんだから!!」
 そう言い捨てて、加奈子はパーティー会場を出て二階の方へ駆け去る。
 呆然と見送る健、紗弥加、准一、剛、恵、そして坂本。
 「加奈子にはいい薬や」
 准一がつぶやくが、誰も答えない。
 「お兄ちゃん……」
 紗弥加が坂本の腕をつかむ。坂本、やっと困った表情を見せて紗弥加に言う。
 「やっちまったな……」
 正雄と好子がこちらを見ているのに気づき、坂本は近づいて頭を下げる。
 「お騒がせして申し訳ありません……」
 准一が言葉を添える。
 「おじさん、でも加奈子がその子にひどいこと言ったんが始まりなんです。……あれじゃあ誰でも怒りますよ」
 正雄と好子はまた顔を見合わせる。悲しそうな表情で好子が口を開く。
 「昌行さん、気になさらないで。それにしても、紗弥加ちゃんにひどいこと言うなんて。……ごめんなさい、加奈子は少しわがままなの。末っ子で、甘やかしすぎたわ……」
 「いえ。僕が妹のことで、ついかっとなったのがいけなかったんです……」
 「あたしが今からあの子と話して来ますから」
 好子がそう言いかけたとき、執事の小林があわてたような顔でやってくる。
 「旦那様、奥様」
 「なに、今ちょっと立て込んでるの、後で……」
 「大旦那様がいらっしゃいました」
 「え!?」
 正雄と好子、振り向く。
 ドアが大きく開いて、菅野連太郎(三国連太郎)が、五六人の秘書や取り巻き政治家達と共に現れる。 
 「これは、お義父さん」
 正雄があわてて出迎える。パーティー会場中がざわめく。主だった客達は、挨拶するため連太郎の周りに集まる。連太郎は満足そうに挨拶を交わしながら、誰かを捜すようにあたりを見る。
 「おじいさま、いらっしゃい」
 「おじいさま、ようこそいらっしゃいました」
 美穂、恵も出迎える。連太郎は微笑んで、
 「おお、こりゃきれいだ」
 と、満足そうに二人を見る。
 「お父様、どうぞこちらに」
 好子が椅子を勧めると、連太郎は
 「いや、そうゆっくりしてもいられないんだ」
 と秘書を振り向く。秘書が頷く。
 「またすぐ次の会に行かなきゃならないんだが……、なんと言っても加奈子とパーティーで踊る約束をしたからなあ」
 連太郎が相好を崩す。
 「あの子は親のおまえ達より、私になついているからなあ。……加奈子はどうした。姿が見えないようだが」
 それを後ろで聞いていた准一、つぶやく。
 「こりゃ、まずいで」
 「え?」
 准一の両隣の健と剛が准一の顔を見る。
 「菅野のじいさん、加奈子が出てこなかったら、おかんむりやで。……一度機嫌を損ねると、あのじいさんをまた元に戻すの、大変なんや」
 「ええっ」
 「それはやばいねえ……」
 「加奈子は、あの気むずかしいじいさんの大のお気に入りやからな。……なんだか妙に二人は気が合うみたいなんや」
 連太郎と話している両親の後ろで、美穂が小声で恵に尋ねる。
 「ねえ、加奈ちゃん、どこ行ったの……?」
 「それが……」
 恵は困って好子を見る。好子も困った顔でそっと振り向く。
 「ママ、あたしが加奈ちゃんのこと呼んでくる」
 恵がささやくと、好子が頷く。
 二階へ行こうとする恵に、准一が声をかける。
 「恵、俺も行くよ」
 恵、頷く。

 加奈子の部屋の前。ドアの前で恵が呼ぶ。
 「加奈ちゃん、おじいさまがお待ちなの。出てきて!」
 「いやよ」
 「おじいさまは加奈ちゃんと踊るためにわざわざいらしたのよ。加奈ちゃんが行かなかったらご機嫌を損ねるわ」
 「いやったら、いや! めぐねえ、あっち行って!!」
 恵、ため息をついて准一を振り返る。
 「加奈子、出てこいよ! おばさん、困っとるで!」
 加奈子の返事はない。恵と准一、顔を見合わせる。
 「なあ、あの男に謝らせるしかないんやないか?」
 准一が言う。恵、しばらく考えて、頷く。
 「俺、呼んでくるわ」
 准一が駆け出す。

 パーティー会場。
とりあえず、連太郎は、好子や正雄、それに取り巻き達と話をしているようだ。 准一は辺りを見回し、坂本と紗弥加を見つける。
 「すみません!」
 准一、坂本に駆け寄る。
 「すみません、お願いがあるんですけど!」
 紗弥加が心配そうな顔をするので、准一は坂本を物陰に引っ張っていく。
 「あれから加奈子が自分の部屋から出てこないんです」
 「……」
 「今加奈子が出てこないと、パーティーが台無しなんです」  
 「……」
 「加奈子が悪いのはわかってますけど、さっきのこと、加奈子に謝ってもらえませんか」
 坂本は考えている。
 その時、後ろで連太郎の声。
 「加奈子はどうした。私は時間がないんだよ」
 「今、恵が呼びに行っていますから……」
 と、正雄。
 「おかしいね、正雄くん。……君はさっきから、何か奥歯に物の挟まったような言い方だが。加奈子に何かあったんじゃないだろうね。この席に加奈子がいないなんて変じゃないか」
 「そんなことは……」
 「君はよく陰で私のやりかたに文句を言っているらしいからね。加奈子に何か吹き込んだんじゃないだろうね」
 「お父様、誤解ですわ」
 困り果てた好子の声。
 「な、言った通りやろ」
 会話を聞いた准一が言う。
 「おじさんは自分の事業に強引な口を挟まれたくないんで、この頃菅野のじいさんから離れてたんや……。ま、そんなことはええとして」
 准一、再び坂本に。
 「頼みます。とにかく、加奈子に機嫌なおしてもらわんと」
 坂本、考えて、頷く。二人が二階へ行こうとすると、また後ろで連太郎の大声。
 「加奈子が部屋で休んでるんなら休んでると、何で私に言わんのだ。……もういい、自分で加奈子に会いに行くよ」
 「お義父さん!」
 正雄の声など聞かず、連太郎歩き出す。正雄と好子もあわててついていく。
 「あちゃ、遅かったか!」
 と、准一。だが、すぐ
 「とにかく行ってみましょう」
 と坂本の腕を引っ張る。

 加奈子の部屋の前で准一と坂本を待つ恵。
 ところが姿を現したのは、連太郎と両親なので驚く。
 「……おじいさま!」
 「ああ、恵。加奈子は部屋にいるのかね」
 「え、あ……、はい」
 しょうがなく恵頷く。
 「加奈子、おじいさまがいらしてるよ」
 正雄が声をかけるが、加奈子の声はしない。
 「本当にいるのか?」
 連太郎、疑わしそうに正雄や好子を見てから、自分も声をかける。
 「加奈子、わしだ。いるなら出ておいで」
 加奈子の部屋はまだ静か。
 正雄と好子、顔を見あわせる。准一は、坂本の顔を見上げる。心配そうにドアを見つめる恵。
 だが、みんなの目の前でドアが突然開く。
 出てきた加奈子は、片手をあげて伸びをしている。
 「あー、さっきからうるさいわねえ」
 連太郎、驚いたように。
 「どうした、加奈子。何をしてたんだ」
 加奈子はわざとらしく嬉しそうに驚いて、
 「きゃー、おじいさま! 加奈子、ずうっと待ってたんですよお!!」
 連太郎に飛びつく。
 「まさか、おじいさまが加奈子の部屋まで誘いにいらっしゃるなんて! 加奈子、嬉しい!」
 「おお、そうか、そうか」
 相好を崩す連太郎。不安そうにしていた正雄達、皆がほっとした様子。加奈子はすぐに連太郎と腕を組んで歩き出す。
 連太郎は不思議そうに加奈子に聞く。
 「おまえ、パーティーの最中に部屋でいったいどうしたんだ」
 「えへへ」
 と、加奈子。
 「おじいさま、加奈子を不良と思わないでね」
 「ああ」
 「加奈子、お酒を飲んでみたの。だって、加奈子、もう大人でしょう。そしたら急に眠くなって、お部屋で休んでたら眠り込んじゃったの……」
 それを聞いて、正雄と好子は微笑む。准一と恵も顔を見合わせて頷く。坂本は聞いていたはずだが表情を変えない。
 連太郎、楽しそうに。
 「加奈子はまだ子供って言うわけだな」

 連太郎と加奈子が戻ると、それを迎えて盛り上がる会場。連太郎に合う、格調のある曲が流れる。
 「おじいさま、踊りましょう」
 「ああ」
 老いたりとはいえ、風格のある連太郎のダンス。
 踊りながら、連太郎が言う。
 「加奈子、おまえは、なぜわしがおまえを気に入っているか知ってるかい」
 「え?」
 連太郎、笑って、
 「それはな、おまえがわしにそっくりだからだよ。……そんな顔をするな。外見じゃなく、中身が似ているんだ」
 「……」
 「わしも、若い頃から、プライドが高くて、いつも座の中心じゃなきゃいやな人間だったんだよ。欲しい物は何でも手に入れたし、それが出来た。……だが」
 ゆっくりと息を吐いてから、連太郎は言った。
 「……わしの時代は終わった。……わしは今期限りで引退するよ」
 「おじいさま」
 「最後に残るのは、誠実な人間だよ、加奈子。おまえのパパは、わしに苦言を呈しはしても、けしてわしを利用することはなかった。結局、文句を言いながらもわしが一番信じてるのは、おまえのパパだよ。……おまえもそんな男を見つけなさい。……いないのか、おまえに正面から向かってくるような男は……」
 「……」
 「あそこにおまえを見てる青年がいるぞ」
 連太郎の言う方を見ると、こちらを見ている坂本。
 「お、おじいさま、加奈子は、あんな……!!」
 夢中で否定する加奈子を見て、連太郎が笑う。
 「そうか、そうか。加奈子はまだ子供だったな」 

 連太郎は、満足そうに管野家の玄関ホールを出る。見送る菅野一家。
 「お父様、お体だけは気をつけて」
 好子が言う。連太郎頷く。孫娘達を笑顔で見て、連太郎は車に乗り込む。
 木立の中を去っていく連太郎と取り巻き達の車。
 恵と加奈子の肩を抱いて、嬉しそうに室内に戻る好子。その隣の美穂も笑顔。
 女性達が中に入り、正雄もドアに手をかけたとき、また一台の車がやってくる。足を止める正雄。
 颯爽と車から降りたのは、一人の女性(野際陽子)。それを見た正雄は彼女を出迎える。
 「これはこれは……。お待ちしていたんですよ。……お一人ですか?」
 頷く女性。
 「連れて来たいのがいたんだけど捕まらなくてね。……やっと今年はお宅に伺えたというのに……」
 正雄、女性をエスコートしながら笑う。
 「いつもお忙しいですからね。来ていただけて嬉しいですよ」
 二人も室内に入って行く。

(続く)

 さて、思わせぶりに登場したこの女性は何者か……!?
 ……なんて、いかがでしたでしょうか、第5回。やけに加奈子嬢や連太郎じいさんの出番が多かったですね、すみません。
 次回、新展開です。


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