君とメリークリスマス

第4回

 外人の客と英語で流暢に話している健。その後ろでは、准一が、山田に離れてもらえずに悪戦苦闘。
 外人の客は、他の客に話しかけられ、満足そうに健に笑いかけてから、健から離れる。 健、飲み物を取りに行こうとして、自分を見つめる視線に気がつく。それは、見られている方がどきっとしてしまうくらいに、純な視線。古いデザインだけれどよく似合うドレスを着た女の子だ。
 「剛くん、どこ行ったんやろなあ」
 准一が話しかけてくる。
 「うん……」
 それはさっきから健も気になっていたので、健も辺りを見回す。そこへ、また、健を知っている中年の婦人(五月みどり)が話しかけてくる。
 「まあ、健くん。今日はお父さんの代理なんですって?」
 「はい」
 婦人、健を改めて見て、
 「とってもハンサムよ。今度、うちのパーティーにもお呼びしたいわ。お父様の代理としてじゃなく、あなたをね」 
 「え? 僕でよろしいんですか?」
 「もちろんよ。 健くん、もう立派な大人だわ」
 「そんなことありません……」
 そつなく話しながらも、ふと疲れた表情の健。婦人が去ったところへ、
 「ああ、もう、年寄りは話がくどいんだから!」
 文句を言いながら、加奈子が来る。
 「加奈子、今夜は思いっきり楽しむつもりなのに」
 しかし健を見て、加奈子は機嫌を直して、
 「ね、三宅先輩」
 小首を傾げ、健を見る。
 「そう言えば加奈子ちゃん、剛のこと見なかった?」
 「森田先輩?」
 聞かれて加奈子は不機嫌そうに、
 「加奈子知りません。森田先輩、加奈子と一曲も踊らないでどっか行っちゃったんですから」
 「そっか」
 答えながらも、健は、さっき自分を見ていた女の子が気になり、そちらを見る。
 健が振り向くと、女の子は急に顔をそらせた。どこか寂しげに。
 「ここにいると、またすぐおばさんたちにつかまっちゃいますよお。……あっちで踊りましょうよ」
 加奈子が健の腕を引っ張る。しかし、健は、どうしても、自分を見ていた女の子が気になる。
 「ごめん、加奈子ちゃん。俺、ちょっとだけ休むよ。次の曲に踊ろうよ」
 「えー」
 加奈子は不満そうだが、健は加奈子から離れて、テーブルの方へ。
 さっきの女の子は、健に気がついているようだが、健を見ようとしない。
 健が近づいたとき、女の子の側にいた男が女の子に声をかけて立ち上がった。
 「今のうちに、菅野氏によくお礼を言ってくるよ。紗弥加、一人で大丈夫か」
 「うん、大丈夫よ。紗弥加、見てるだけで楽しいし。……お兄ちゃん、誰かと踊ってくればいいのに」
 男は肩をすくめて立ち去った。また、音楽が流れ出す。加奈子は、別のパートナーを見つけて踊っている。
 健は、思い切って女の子に声をかける。女の子は、もちろん紗弥加。
 「君、踊らないの?」
 声をかけられて、紗弥加は、少しおびえたようにさえ見える表情で健を見上げる。健は、もう一度尋ねる。
 「ずっと見てるだけだけど、踊るの嫌い?」
 「あ、あの、あたし……」
 緊張しきった声。そんなに固くなること、ないのに。なんだか可愛いなあ。
 健は知らずに優しい声になっている。
 「見てるのも、楽しいよね」
 健の方からそう言ってもらって、紗弥加は安心したように笑顔を見せる。
 「ええ」
 二人はしばらくそのまま、黙って他の人たちが踊るのを見ている。
 健は、女の子の横顔を見る。
 踊る人々を見る、女の子の純粋で憧れに満ちたまなざし。健は思わず見とれる。
 大人に混じったパーティーの中で背伸びして、ちょっと疲れていたけれど、この子の側にいるとそんなこと忘れる。
 「君の名前、なんて言うの?」
 問われて、女の子はどきっとした表情で健を見る。
 「僕はね、三宅健って言うんだ。……今度、一緒に踊らない?」
 「……あたし、坂本紗弥加。でも、あたし……」
 そこへ、坂本が戻ってくる。しかし紗弥加が健と話しているのに気がついて、坂本はそっと後ろの方に座る。
 ダンスが一曲終わって、加奈子がやってくる。
 「先輩!」
 「あ……、加奈子ちゃん」
 「約束でしょ、行きましょうよ」
 紗弥加が見ているが、加奈子は紗弥加を無視して健の腕を取る。
 「……そうだったね」
 健はしょうがなく立ち上がりながら、紗弥加に、
 「じゃあ、次に誘いに来るね」 
 と声をかける。紗弥加は、何か言おうとするが声にならない。加奈子は、健に見えないように、紗弥加をにらむ。
 立ち去る健と加奈子を黙って見送る紗弥加。そんな紗弥加を見る坂本。
 再びダンスが始まる。
 それを見ている紗弥加。
 さっきまでは、華やかに楽しげに踊る人々を見ているだけで楽しかったのに、今はなんだか寂しい。
 一番めだって踊りの上手な男の子で、誰とだって礼儀正しくおしゃべりしてて、いつも目が引きつけられていたのに。
 せっかくその人にダンスを誘われたのに、あたし、踊れない……。
 健と加奈子の踊るのを見て、つい涙がにじんでしまう紗弥加。
 「紗弥加?」
 坂本が声をかけると、紗弥加は振り向いて、急に。
 「お兄ちゃん、あたし、帰りたい」
 「急にどうしたんだ」
 「理由なんかないけど。紗弥加、もう充分楽しんだから。……もういいよ、もう帰ろうよ、お兄ちゃん」
 「紗弥加……」
 坂本は紗弥加を見る。紗弥加が真剣なので、頷いて坂本、紗弥加の腕を取って立ち上がる。
 笑いさざめく人々の後ろを通って、紗弥加は支えられながらドアの方へ。
 健は踊りながら、それに気がつく。
 そして、紗弥加が帰る気らしいと気がつく。
 「あっと」
 思わずステップを間違えて、加奈子の足を踏みそうになる健。
 「先輩?」
 「ごめん」
 そう加奈子に謝るが、しかし健はやはり紗弥加が気になって振り向く。そして、
 「加奈子ちゃん、ごめん」
 もう一度加奈子に謝る。
 「え?」
 「紗弥加ちゃんが帰っちゃいそうなんだ」
 そう言い残して、踊りの輪から抜け出す健。
 「信じらんなーい……」
 呆然とする加奈子。
 健は、パーティー会場から出ようとしている坂本と紗弥加に駆け寄って声をかける。
 「紗弥加ちゃん、もう帰っちゃうの?」
 「三宅……さん……」
 「健って呼んでくれていいよ。……それより、どうしたの? 具合でも悪いの? 大丈夫?」
 心配そうな健。
 「一人じゃ歩けないくらい、どこか痛むの?」
 「あ、あの、そうじゃない……」
 健が本気で心配してくれているのが、もちろん紗弥加には嬉しい。でも、足が悪くてまっすぐ歩けないということを健に知られるのが怖い。だって、健くんは、たくさんの人の中でもめだって素敵で、ちょっとした身のこなしでさえきれいなのに……。
 「そうじゃないの、具合が悪い訳じゃないの、あたし……」
 言いかけて、やっぱりはっきり言えない紗弥加。 
 いつの間にか、加奈子も紗弥加を見ている。紗弥加は助けを求めるように兄を見るが、坂本もなにも言わない。
 後ろで、岡田の声が聞こえた。
 「あれ、剛くんいた。……恵と一緒やったんかあ」
 その声に、加奈子がはっと振り向く。
 そこには、眼鏡を外しドレスを着て、恥ずかしそうな恵と、優しい笑顔で恵を見つめる剛がいた。
 「森田先輩……」
 加奈子がつぶやく。
 「めぐねえとずっと一緒だったの……?」
 准一が、剛と恵に近づいて話しかける。楽しそうに話す三人。
 加奈子がもう一度前を見ると、口ごもる紗弥加を心配そうに見ている健。加奈子のことなど、誰も気にしていない。
 悔しさに加奈子、思わずかっとして大声を出す。
 「どうして満足に歩けもしない人がこんなパーティーに来たのかしら!!」
 はっとして加奈子を見る紗弥加。
 「ママから聞いたわ、あなた、足が悪いんですって。……変だと思ったのよ。足が悪いのに無理して来るなんて。はじめからそのつもりだったのね」
 「え……?」
 「三宅先輩の同情をひけてよかったわね。さぞ気持ちいいでしょうね!」
 紗弥加の顔が青ざめる。健は、よく意味が分からないまま加奈子を呆然と見る。加奈子の大声に、准一や剛、恵もこちらを見る。
 「なんなの、その、私はかわいそうですって顔は……」
 加奈子がなおも言い募ろうとしたとき、誰かが加奈子の頬をたたいた。
 もちろん、力はこもっていないが、軽い、パン、という音がした。
 「な……!」

 以上、第4回でした!
 次回、事態は意外な方向へ……!!


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