君とメリークリスマス

第3回

 音楽が、華やかなものに変わる。
 「ああっ、ダンスの時間が始まるわ」
 興奮した加奈子の声。他の客たちもざわめき出す。
 「一曲目は三宅先輩が加奈子と踊ってくださるんですよね! 加奈子、幸せ!」
 剛は周りをきょろきょろ見回す。
 「ねえ、加奈子ちゃん」
 「え? 森田先輩まで加奈子と?! きゃあ、どうしよう! あの、二曲目でいいですか?」
 「あの、そうじゃなくてさ。……お姉さんは来ないの?」
 加奈子、少し白けて、
 「姉え? 姉なら、あそこにいますけどお」
 長野といる美穂を指さす。
 「違うよ、あの、恵だよ……」
 「めぐお姉ちゃん?」
 加奈子、白けきった声。
 「めぐお姉ちゃんなら、具合が悪いって、部屋で休んでます」
 いよいよ高まる音楽。
 「三宅先輩、真ん中に行きましょ!」
 加奈子、健をつれて人の輪の中へ。
 准一は後ろから好子に声をかけられる。
 「准くん、パートナーがいないなら、踊って欲しい方がいるの」
 「いいですよお」
 准一、振り向いて、驚く。好子の隣で恥ずかしそうに准一を見ているのは山田花子(山田花子)。
 「え゛」
 「こちら、山田さんのお嬢さんよ。よろしくね」
 「……」
 山田の前で固まる准一。
 しかし、無情にもダンスが始まる。
 固まった准一の手を恥ずかしそうにつかむ山田。
 踊り出す人々。その中には、まじめな表情の健と嬉しさいっぱいの加奈子のペア、どこか迷いのある表情の長野と不安を隠した美穂のペアなどが混じっている。
 そして、壁際のテーブルでは、皿を片付けながらもつい美穂を見てしまう井ノ原、憧れの面もちでダンスを見つめる紗弥加、そんな紗弥加を見守る坂本など。
 剛は、しばらくの間、飲み物を口にしながらダンスを見ているが、急に何を思ったかホールを抜け出す。
 誰もいないテラスに出て、中庭へ出、そのまま奥庭の方へ。
 広い庭には誰もいない。
 剛、建物を見回す。
 二階の一室の窓に明かりがついている。
 小石を拾い、剛はその窓に向かって投げる。
 こつんと小さな音がするが、何も起こらない。
 しばらく待つが、誰も出てこないと思われた頃、カーテンが動く。
 少しだけカーテンが開いて、見えた姿は、恵。
 「恵!」
 そんなに大きな声でなく、剛が呼ぶ。
 恵のはっとしたような顔、そしてカーテンがすぐ閉まる。
 「おい、恵……」
 呼んでも、もう動かないカーテン。剛はどうしようもない。しかし、辺りを見回し、その部屋の前に大きな木があるのに目を付ける。
 木に駆け寄り見上げると、すぐに身軽に枝に飛びつく剛。するすると、見る間に登って、最後は、危なげもなく恵の部屋のベランダに飛び移る。
 そして何事もなかったように、
 「おーい、恵」
 窓をノックして恵を呼ぶ。
 「具合悪いんだって? どうしたんだよ」
 しばしの間の後、怒りを込めた恵の声。
 「剛、あんた、どこにいるの!」
 「どこって……、ここ。ベランダ」
 「どうやってそんなとこ登ったのよ、野蛮人!」
 「どうやってって、脇に木があったから……」
 「いいからもう降りて! 猿!」
 「いいじゃないか、見舞いに来てやったんだから」
 「余計なお世話よ。あんたなんかに見舞われたら、よけい具合悪くなっちゃう!」
 「なに言ってんだよ……」
 と言いかけて、剛、大きなくしゃみ。
 「へ、へっくしょん!」
 鼻をすすり上げて、
 「外、すごく寒いぜえ……」
 哀れっぽく言う。
 「飛び降りられるでしょ、猿なんだから!」
 「俺の黄金の足になんかあったらどうすんだよ。新年早々大事な試合があるのにさあ……」
 「……」
 恵、考えている様子。剛はまたくしゃみ。
 「へ、へ、へっくしょん!! ……おい、開けろよお……」
 「……しょうがないわね」
 不承不承に恵が言う。
 「ちょっと待ってなさいよ、開けるから」
 「すぐ開けろよ」
 「……する事があるの!」
 「え。……なになに」
 剛が何か想像している様子なので、恵、怒って。
 「いいから、待ってなさい!」
 
 やっとカーテンが開く。恵、仏頂面。
 剛、かじかんで、文句を言いながら恵の部屋に入る。
 「……なにやってたんだよ。こごえちまったよ、もう」
 しかし、恵の姿を見て、剛、あれ、と言う顔。
 恵はセーターにスカート姿。
 部屋の隅に掛かったドレス。
 だが、剛はなにも言わず、恵の部屋を見回す。
 「結構女らしい部屋だな」
 「ちょっと!! 早くあっちから出てって!」
 だが、剛のことを振り返ると、剛はどこから出したのか、もう恵のアルバムなど取り出してくつろいで眺めている。
 「猿!」
 アルバムを取り上げる恵。
 「なんだよ、いーじゃん」
 剛、不服そう。
 「うちに何しに来たのよ、あんた。早くパーティーに戻んなさいよ。加奈子に誘われて来たんでしょう!」
 「怒るなよ。パーティーなんて、岡田が頼むから来ただけだよ。さっき見て来たけど、初めて会った女の子と踊るなんて、俺、出来そうにないよ」
 恵、信用できないと言った顔。
 「どうだか……。サッカー部でいつも女の子にきゃーきゃー言われて喜んでるくせに。……その子達と片っ端からデートしてるって噂じゃない」
 剛、一瞬言葉に詰まって咳き込む。
 「ごほっ。……やば、風邪引いちゃったみたいだよ……」
 恵を盗み見るが、恵は同情などしていない顔。
 剛、どうにか体勢を立て直して。
 「おまえだって、どうみたって病気みたいじゃないぜ。……仮病だろ。……女の子って、あんなパーティー好きだろう。なんで仮病なんて……」
 剛が言い終わる前に、恵、つんと顔をそらせて言う。
 「あんたに関係ない!」
 剛になにも言わせず、恵はさっさと机の前に座って勉強を始める。その背中を見て、剛は、所在なさそうに恵の棚の小物など手にとって眺める。
   
 「なあ、これ……」
 後ろから声をかけられて、恵はふと振り向いてしまう。
 床に広げたアルバムを見て、剛が笑っている。恵は何となく、どき。
 「この時、肝試し終わってからおまえ泣き出したの、憶えてる? それから、おまえってマラソン苦手でさあ、いつも……」
 「……やめて!!」
 恵、机に両手をばん!とついて立ち上がる。
 剛、驚いたように恵を見る。
 「何だよ、急に……」
 「もう、出てって。……だいたい、何であんたずっとここにいるのよ。あたしのことバカにしたいわけ? いいからもう、出てって!」
 「バカにって、何だよ」
 恵は答えない。
剛は立ち上がって、棚においてあった可愛いピンクのニット帽を手に取る。
 「俺、ずっと聞こうと思ってたんだけど……」
 言いながら、剛は下を向いてニット帽をいじっている。どうやら無意識らしい。
 「高校に入ってから、恵、変わったよな。俺と口利かなくなったよな……」
 「……」
 「なあ、怒るなよ。なんとなく、なんとなくだけど、中学の頃までさ、俺、ずっとおまえに頼りにされてる気がしてたんだ」
 「……」
 「俺たち、なんかずっと一緒だったじゃん。なにやるにしてもさ。恵はちっちゃい頃から泣き虫だし、俺が面倒見てやんなきゃいけないなって……」
 「ほっとけばよかったじゃない!」
 「……え?」
 「どうせあたしは何やってもだめよ。でも、無理して面倒なんか見てくれなくてよかったわよ。そんならほっとけばよかったじゃない!」
 「なんだよ、それ」
 「なんだよじゃないわよ。どうしようもない奴って同情して勝手に世話焼いておいて、陰で愚痴こぼすなんて最低!! あんたって最低よ!!」
 「ええ……!?」
 「あたし、聞いちゃったんだから。高校に入ったはじめの頃。……あたし、バカだから、またあんたのこと頼りにしてて。一緒に帰ろうと思って誘いに行ったら、剛、女の子に言ってたんだから」
 「……」
 「恵のことなんか何とも思ってねーよって。あんなブス、幼なじみの腐れ縁なだけだって」
 剛、唖然とする。
 「そんなこと、あたしに一言も言わなかったくせに……、ひどいよ! 卑怯だよ!!」
 恵、その時の気持ちを思いだして涙が潤む。
 「恵……」
 「……わかったら、出てってよ!! あんたは、最低な猿なんだから!!」
 言いながら、恵、部屋の脇に並べてあったクッションを手当たり次第に剛に投げつける。 「わ、待てよ、ちょい、恵……」
 「何を待つのよ!!」
 「だ、だからさ……」
 投げるクッションがなくなって、恵は動きを止める。
 「そんなの、おまえが聞いてたなんて知らなかったし……」
 「……」
 「おまえがそん時、今みたく怒ってれば、どうってことなかったのに……」
 「そんなこと、言えないわよ。……あたりまえじゃない!」
 「……そうだよな……」 
 「そうよ」
 恵、唇を噛んで下を向く。
 「ごめんな……」
 予想外に素直な剛の言葉。かえって恵の胸をかき乱す。
 「……」
 「おまえの言うとおり、俺、騒がれていい気になってたんだな、きっと」
 「……」
 剛、まだ手に持っていたニット帽を目深にかぶって、恵の方を見ないようにしながら。
 「でも考えてみろよ。森田くん、菅野さんとどういう関係って女の子に聞かれてさ、なんかほっとけなくていつも気になる、なんて言えるかよ……」
 「……」
 「いろんな子とデートしたけど、どれも、一回だけだぜ。せいぜい二回……。結局、誰と話しててもつまんなくてさ」
 「……」
 「……こんなこと、今言っても仕方ねえよな。恵、ごめん。……もう許してもらえないかな……?」
 剛は、恵の返事を待つように黙る。
 恵は下を向いたまま。
 「……ことないよ……」
 やっと恵が何か言ったと思ったら、声が小さくてよく聞こえない。
 「……え?」
 「……謝ることないよ……」
 「恵……」
 「だって、あたし、ほんとにブスだもん。それまで、気がつかなかっただけ。顔だけじゃないよ。心も。だって、ずっとあんたのこと怒ってたし、取り巻きの女の子のこと嫌ってたし、ずっとそんなことばかり……」
 剛、帽子を脱ぎ去り、慌てて叫ぶように。
 「だから、ブスじゃないって。恵、可愛いよ!!」
 恵はまだ顔をあげない。剛、続けて、
 「ほんと言って眼鏡は似合ってないけど、だから他の奴に恵がもてなかったから、俺、かえって安心してたんだ。さっきさ」
 「……」
 「窓から見たとき、あの服着てなかったか……?」
 剛は恵のドレスの方を見る。
 恵、はっとする。
 「なんでか着替えちゃったけど、あれ、すっげえ似合ってたよ」
 剛、照れて、頭をかきながら。
 「あれ、着ろよ。……俺と、踊ろうよ……」

(続く)

 ……やっちゃったよ……。と、言うわけで、第三回です。みんな、自分がヒロイン気分で楽しんでね! あの、全体にこのくらいのかわいいシーンしかないのですが、今後、一人だけ、お相手に、「好きだ!」という人が出るんですよ。お話の展開上。そういうのが絶対やだ!っていうひとは、読むのやめといてね。すみません……。でも、そういう演技をするVくんたちを想像するのも楽しいと思うの……。


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