V遊記

第9回


 さて、妖怪は准八戒を頭に乗せて回り始めたが、あまりにも回り方が速いので、遠心力のために、准八戒は手も足も妖怪の体から離れてしまい、腹が妖怪の頭に乗っているだけになっている。妖怪はさらに回る速度を上げると、准八戒の体をポーンと放り出した。八戒はくるくる回りながら飛ばされ、地面にドサリと大きな音を立てて落ちた。すぐには立ち上がることもできない。
「今度は俺だ」
 剛空はそう叫ぶと、妖怪に飛びかかった。しかし、これまた頭の上に乗せられ妖怪の体が回り始めた。
 ところが、何度か回ったところで妖怪は剛空を下に落とし、その場にうずくまってしまった。
 剛空はすぐに立ち上がったが、妖怪は向かってくる様子はない。健蔵は、もしやナガンノン様では、と、あたりをきょろきょろ見回している。
 妖怪は動かない。准八戒もやっと立ち上がって近づいた。
准「どうなっとんねん」
剛空「急に動かなくなったぞ」
 よく見ると、妖怪は首に手を当てている。
剛空「ははあ、俺らを頭にのせて首を痛めたらしい」
准「間抜けなやっちゃなあ」
 村人たちもおそるおそる近づいて来て妖怪を取り囲み、つま先でつついたりしている。
 しかし、健蔵だけは宙を見てほほえんだ。
「ナガンノン様!」
 空中にぼんやりと光の固まりが現れ、ナガンノンの姿が明らかになってきた。健蔵は笑顔でナガンノンに駆け寄る。ナガンノンは健蔵に笑顔を見せ、ゆっくりと地上に降りると、妖怪の方へ近づいた。村人たちは新手の妖怪かと驚いて後ずさりする。妖怪のそばに残ったのは、健蔵一行とナガンノンだけになった。
准八戒「何や、来るんやったらもっとはよう来てえな」
ナガンノン「そういうわけにはいかぬのだ。物事には順序がある」
 そう言うと、ナガンノンはかがんで妖怪の首に手を当てた。
「頸椎を捻挫している」
 そこで妖怪が首から下げているいくつものドクロを両手で持つと、「エイッ」と声をかけ、妖怪の首を締めつけるように調整した。
「このドクロをコルセットにしておく。あまり無理はするなよ」
 妖怪、首に手を当ててようやく起きあがったが何も言わない。
剛空「まさかこいつも俺達とおなじじゃ」
ナガンノン「そのまさかだ。三人いれば心強かろう」
 これには健蔵も驚いた。髪型といい眼といい、庶民的なばかりで美しさを感じさせるところがない。
 妖怪も健蔵を見たが、何やらハッとした様子で、じっと健蔵の顔を見ている。
ナガンノン「じゃ、そういうことで。忘れるなよ、人は……」
剛空「はい、はい。誰でも光になれる、と」
 ナガンノンが消えた後、四人はただ呆然と立っているばかり。妖怪は健蔵をみつめ、健蔵は呆れ、剛空は納得し、准八戒はわけがわからずにいた。
 そこへ村人たちが近づいてきた。
村長「一体これはどういうことでしょうか」
健蔵「さあ、私にも……。ただ、この者は私と一緒に旅をする運命にあるようです」
村長「すると、お坊様はこの妖怪のお仲間……」
 健蔵が返答に困っていると、妖怪が口を開いた。
「好きで仲間になるわけじゃねえ。ただ一緒に行かなくちゃならない所があるんだ」
 みんなが妖怪を見ると、妖怪は身の上を語りだした。
「俺はもともとは天界にいたんだが、ちょっとしたへまをやっちまって、この川に落とされたのさ」
 話を聞けばこの妖怪、川に落とされ、天界復帰の見込みもないまま自暴自棄になっていたところにナガンノンが現れた。人助けをすればまた天界にもどれると言われたが、素直に聞く気にはなれない。西の国へ行く僧を助けろと言われたために、かえって僧を嫌い、僧と見ればつかまえて食っていた。首に掛けているのは、今までに食べた僧の頭蓋骨だという。
剛空「しかし、こうなった以上は仲間になるってわけか」
妖怪「お前らの仲間になるわけじゃねえ。ただ、その坊さんの手助けはするよ」
准「結局仲間になるっちゅうことやんか」
妖怪「そうじゃねえよ」
 どういうことか分からなかったが、健蔵はとりあえず名前を聞いてみた。
「名前は何という」
 声をかけられた妖怪は、ちょっと顔を赤らめて、
「井乃浄(いのじょう)と申します」
准「何や、お師匠さんにはえらい丁寧な口ききよるな」
 井乃浄、ちょっとむきになって、
「俺の勝手だろう」
 准八戒はあっけにとられたが、剛空はにやりとして、
「まあいい。師匠の手助けをしてくれれば助かる。とにかくこの川を渡ろう」
 村人たちには何が何やらさっぱりわからなかったが、とにかく妖怪が川からいなくなる、というので、喜んで川を渡してくれることになった。すぐに、船頭付きの舟が二艘用意された。
 荷物をまとめ、准八戒が包みを一つ井乃浄に持たせようとすると、
井「俺はおまえらの荷物持ちなんざまっぴらだ」
八戒「これはお師匠さんの荷物や」
井「先にそれを言え」
 と言うわけで、ひったくるようにして荷物を受け取った。准八戒は呆れるばかり。
 準備が整い、健蔵が舟に乗ると、井乃浄は剛空と八戒を押しのけ、馬を牽いてさっさと同じ舟に乗り込んでしまった。やむなくもう一つの舟に乗り込む剛空と准八戒。
 船頭は、一行が乗り込むと川の中へ舟を進めた。井乃浄、しばらくは感慨深げに川面を見つめていたが、方剛空と八戒の乗った舟のほうが軽いので先へ行ったのを見て、健蔵を見つめ、にっこりした。
 健蔵は剛空と離れてしまって心中穏やかではない。しかし、ナガンノン様の手配してくれたこと、間違いはあるまいと、自分に言い聞かせる。
 さて、井乃浄、健蔵に向かって、剛空達には聞こえぬようにあることを語り始めたが、それは次回で。