V遊記

第7回


 さて、妖怪は、誰が邪魔をしたのかときょろきょろまわりを見渡したが、邪魔をできそうな者はいない。健蔵もただ驚いている。
 妙なこともあるものだと、妖怪は、剛空のそばに降り立った。剛空は、立ち上がると、構えはしたが、様子が変なのでかかっていかない。
妖怪「どういうこっちゃ。お前の力か」
剛空「そうじゃない。ま、天の助けだ。さあ、来い!」
 剛空が妖怪にうちかかろうとすると、今度は剛空の如意棒が誰かにつかまれたかのように動かなくなった。剛空が驚いていると、突然まわりが真昼のように明るくなった。
健蔵「ナガンノン様!」
 いつのまにか健蔵の隣にナガンノンが立っている。
ナガンノン「二人とも、やめなさい」
 剛空はぱっと妖怪のところから離れ、健蔵とナガンノンのそばへ行った。妖怪はあきれている。
剛空「こいつをやっつけてください」
ナガンノン「そういうわけにはいかない」
妖怪「邪魔したんはあんさんやったんかい」
ナガンノン「しばらくだったな、八戒」
健蔵「お知り合いですか」
ナガンノン「健蔵、これもまた、剛空とともにそなたの弟子となる定めなのだ」
健蔵「この妖怪が……」
妖怪「そういうことやったんか。それならそうとはなから教えてくれたらええのに」
ナガンノン「何もかも私が手助けするわけにはいかないのだ。健蔵、私は帰るから、後は自分で説明するのだ。忘れるなよ、人は誰でも光になれるのだ」
剛空「俺もこいつも人じゃないって……」
 剛空の言葉が終わらないうちに、ナガンノンの姿を消していた。
妖怪「まあ、そういうわけや。おれは、名字は准、名前は八戒。よろしくな」
剛空「どういう訳だよ。お前、何者だ。俺はずいぶん天界にいたけど、お前みたいなやつは知らないぞ」
准「そらそうや、おれが天界におったころはあんさんの目にとまるようなもんやなかったもん」
 そこで准八戒は、健蔵、剛空とともに部屋の中に戻り、腰を下ろすと、身の上を語り始めた。

 そもそも准八戒、剛空が天界にいたころは、まだ子どもで仕事はしていなかった。
 将来のことなどたいして考えず、楽しく暮らしていたが、母親は内心、何とか天界でも人に知られるような職に就かせようと思っていた。
 剛空が天界で騒ぎを引き起こし、天界が大混乱になった後、おサカ様によって剛空が押さえつけられ、平和が戻ったが、剛空事件から百年ほどたったとき、ナガンノンが、おサカ様からの公募書類を持って天界にやってきた。
 天界を離れ、外の世界で活躍してみたいものはいないか、と言うのである。八戒にはべつだんそんな気はなかったのだが、八戒の母が勝手に応募してしまい、採用されてしまったのだ。

准「ほんま、知らんうちにそういうことになっとったんや。おかんに、明日からおサカ様んところで働くんやで、なんて言われてびっくりしてもうたわ」

 さて、ナガンノンに連れられておサカ様のところへ行くと、
おサカ様「よく来た。お前の仕事はここで働くことではない。人間界で、ある人間の夢をかなえる手伝いをするのだ」
准「人間の夢?」
おサカ様「そう、夢をかなえるのだ。いい仕事だろう」
准「悪くないですね」
おサカ様「お前が待っているところに、その人間が通るようにしておく。お前はその人間の弟子となり、手助けをして夢をかなえてやるのだ」
准「何で弟子にならなあかんのですか」
おサカ様「理由などない。そういうことになっているのだ。では、ちょっと人間界に行ってみないか」
准「ちょっと下見しておきましょか」
 そこで、八戒はすぐ人間界へ連れてこられた。

准「それでそのまま置いてかれてもうたんや。いやー、まいったで。ちょっと遊びに行くくらいのつもりでおったんが、それっきりやもん」
剛空「大変だったなあ。でも俺みたいに五百年間岩山の下敷きだったのよりはましだろう」
准「まあな。けど何ももってへんし、ずっと自給自足の生活や」
剛空「お前のは自給自足じゃないだろ」
准「まあええやん」
剛空「それにしてもおサカ様もナガンノン様も、まったく人が悪いよ。ねえ、師匠」
健蔵「ナガンノン様、光ってらしたな」
剛空「ああ、ナガンノン様は暗いところでは光るんですよ。だからいつも、誰でも光になれるはずだって言うんです。ま、仲間が増えてよかったじゃないですか」
准「よろしゅう頼んますわ」
 健蔵は黙ってうなづいた。

 一行、その晩は村長の家にやっかいになり、准八戒は腕時計はあきらめたが、たらふく食べさせてもらった。
 翌朝、朝食を済ませ、准八戒が、
「さあ、行こうか」
と剛空に声をかけたが、剛空が言うには、
「まだ無理だ。師匠の用意ができてない」
「それなら、手伝ってくるわ」
と言うと、剛空、
「手伝えないと思うぜ。行ってみな」
 そこで准八戒、健蔵が泊まった部屋へ行ってみると、何と健蔵は念入りに化粧をしている最中だった。准八戒が声をかけてみたが、集中しきっていて声が耳に入らない様子。しかたがないので剛空の所へ戻った。
准「お師匠さん、毎朝ああかいな」
剛空「俺も最初は驚いたさ。でも慣れてしまえばどうってことはない。それに……」
准「それに何やねん」
剛空「やっぱり、化粧するとそれだけきれいになるしさ。師匠がきれいになってるとうれしいような気がしてな」
准「何か、怪しいなあ」
 しばらくすると健蔵の化粧は終わったが、思わぬことが起こってそれでも出発はできなくなってしまった。
 一体何が起こったのか、それは次回で。