V遊記

第6回


 さて剛空、妖怪退治のための策を村長の耳にささやくと、健蔵の身に危険が及ぶのを恐れて、健蔵には、隣の部屋で待っているように言い、健蔵がいなくなると、剛空はバック転を一つして、ぱっと杯に姿を変えた。
 村長は、上等の酒を用意し、剛空の化けた杯とともにテーブルに並べておいた。テーブルの下には、あとで妖怪を縛り上げるために縄を用意した。
 すっかり暗くなると、ドンドンと戸をたたく音がした。村長、その音にびっくりしたが、覚悟を決めて戸を開けた。戸をあけると、そこに立っていたのは、果たして妖怪だった。見たところ、色は白く目は大きく、子豚のような愛嬌のある顔の妖怪だった。
妖怪「例のもの、もらいに来たで」
村長「わざわざおいで頂き恐縮です」
妖怪「あいさつはいらんわ。時計だけくれたらええねん」
村長「時計はこちらに用意してございます。どうぞ」
妖怪「なんか怪しいなあ。けど、まあええわ。邪魔するで」
 妖怪、怪しいと思いながらも、時計ほしさに村長について奥の部屋にはいる。
村長「まあ、おかけください。時計は差し上げますが、実はお願いがございまして」
妖怪「なんやねん。頼みがあるから丁寧なんか。まあ、言うてみ」
村長「はい。申し上げますが、その前に、とって置きの酒がございますので、まあ一杯おめしあがりください」
と言って、酒を杯に満たし、妖怪に勧めた。
妖怪「あかん。酒はあかんのや」
村長「ご安心ください。決して毒など入っておりません」
と言って、別の杯に酒を注ぎ、飲み干して見せた。
妖怪「そういうわけやないんや。俺、まだ飲めんのや」
村長「まだ、と言うことは」
妖怪「言ってみりゃあ、未成年ちゅうことや」
村長「一人前のように見えますが」
妖怪「あんたら人間からしたらどう見えるか知らんが、まだ俺らの世界では子どもみたいなもんなんや」
村長「はあ」
妖怪「とにかく、酒はいらん。話は聞く」
村長「はあ、実はお願いと申しますのは……」
 村長、計画が狂ってあせり、とにかく何か話そうと口を開く。
村長「最近、それはそれは美しいお坊さんにお目にかかりまして」
妖怪「美しい坊さん? 女の坊さんかいな」
村長「それが男の方でして」
妖怪「その坊さんがどうかしたんか」
村長「その坊さんは、ある宝を探しておられるそうで」
妖怪「ほう、宝。どんな宝や」
村長「なんでも美しいものを作り出す宝だそうで」
妖怪「その宝の名前は?」
村長「ええと、何でしたか、ビーとかブーとか」
妖怪「どこにある言うとった」
村長「遥か西の方にあるとかで、はるばる旅をしておられるそうです」
妖怪「それで、願いちゅうのはなんやねん」
 村長、困ってしまい、剛空がばけた杯をつつく。杯、とたんに飛び上がる。
妖怪「うわあ、なんやこれは」
 杯、空中でパッと剛空に戻るが、ふらふらと床に落ちる。
剛空「しくじった」
妖怪「何やこいつ。村長、お前なんぞたくらんどったやろ」
 村長、青くなってふるえ出す。
村長「実は、その方が、言い出したことでして……。杯に化けて、あなた様が酒を飲むときにこっそり酒と一緒に毒を飲ませる作戦でした」
妖怪「ほう、それで俺をやっつけてしまおうというわけかい。残念やったな」
 そういうと、妖怪は、剛空に馬乗りになった。
妖怪「その毒をうっかり自分で飲んでしもうたんやろ」
剛空「ち、違う。毒はまだ出してない。おれも酒が飲めないんだ。杯に化けているうちに体に酒がしみ込んできて、よっぱらっちまった」
 剛空、もともと日焼けしている肌が赤黒くなっている。妖怪は、テーブルの下の縄を見つけると、それで剛空をぐるぐる巻きに縛りつけた。酔っている剛空は抵抗できない。
妖怪「村長、ええ度胸やな。まあ、今回は勘弁したる。おとなしく時計を出さんかい」
 村長、しかたなく、腕時計をはずして妖怪に渡す。妖怪はそれを受け取ると、転がっている剛空を肩に担いで部屋から出ていこうとする。
村長「その方はどうするのです」
妖怪「生かしておいたら何されるかわからんから、食うてしまうわ」
 そこへ隣の部屋から健蔵が飛び出した。
健蔵「お待ちなさい」
妖怪「何や。お、坊さんか」
健蔵「剛空はおいていってください」
妖怪「ほう、こいつ剛空ちゅうんかい。どっかで聞いたような名前やな」
健蔵「剛空がいないと私が困ります」
妖怪「あんたが困っても俺は関係ない」
健蔵「私一人では西の国まで行けないのです」
妖怪「西の国てなんや」
健蔵「おサカ様のいらっしゃる国です」
妖怪「おサカ様やて。ちょっと待ってえな。さっき村長が言うとったんはあんさんのことかいな」
健蔵「そうです」
妖怪「あれ、もしかしたらあんさん……」
と言いかけたところで、剛空の酔いが少し醒めてきた。剛空は体を細くするとするりと縄から抜け出した。
剛空「さあ、妖怪。もうこっちのもんだぞ。勝負しろ」
妖怪「何や偉そうに」
剛空「部屋の中では迷惑になる、外に出ろ」
と言うと、剛空、窓から飛び出した。妖怪もそれに続く。
 空中に飛び上がった剛空、如意棒を取り出すと、それを二メートルほどの長さにしてグルグル振り回す。一方、妖怪はまぐわという、熊手のような武器を取りだし、剛空に向かっていく。剛空がたたけば妖怪がかわし、妖怪が突けば剛空が流し、攻防が続く。村人たちは、ぽかんと二人の戦いを眺めている。心配そうにしているのは健蔵だけ。
 妖怪は勢いが衰えることなく攻めて行くが、酔いの残る剛空は、だんだん息が切れてきた。とうとう妖怪のまぐわに頭をたたかれ、地面に落ちてしまった。妖怪はそこをめがけてまぐわを投げつけた。
 その時、空中で何かがまぐわに当たり、まぐわは妖怪のもとへ逆戻り。妖怪はからくもまぐわを受け止め、
「誰だ!」
と叫んだ。
 まぐわを止めたのは一体誰か、それは次回で。