V遊記

第5回


 剛空は健蔵法師に抱きつくと、こう言った。
「飛んで行けばいいんですよ。筋斗雲、来いいっ」
 剛空が呼ぶとあら不思議、白い雲の固まりがたちまち二人の足元に現れた。剛空は健蔵を抱えたまま雲に飛び乗り、
「行けっ」
と声をあげたが、雲はいっこうに飛び上がる気配はない。
剛空「あれ、おかしいな。もう一回、それっ」
 まただめだった。
剛空「どうしてなんだろう」
健蔵「とにかく一度手をはなしてくれないか」
 剛空は照れくさそうに健蔵の体から手を離し、何度か飛び上がろうとしてみた。
剛空「たいへんだ。飛べなくなっちまった」
健蔵「とにかく私は降りることにしよう」
 健蔵が降りてからまた剛空は声をかけた。
剛空「山の頂上まで行けいっ」
 雲は、今度は、勢いよく飛び上がり、たちまち頂上に着いた。剛空は雲に乗ったまますぐに降りてきてこう言った。
剛空「どうも、師匠と一緒では飛べないようです」
健蔵「美しい世界を求めるのに楽をしてはいけないということなのだろう」
剛空「ということは、おれも歩いて行かなくちゃいけないというわけだ」
 剛空は肩をすくめて見せると、健蔵を馬に乗せ、手綱をとった。
剛空「こうなったからにはとっとと行くしかないね」
 健蔵は満足してうなづき、こうして美しい世界に一歩近づいたような気がしてうれしくなった。

 さて、剛空を得てからというもの、健蔵法師の旅は楽になった。猛獣も恐れる必要はなく、食べ物も、剛空が飛んで探してきてくれた。
 馬に乗って進んでいる時に、健蔵はうれしくて剛空に声をかけた。
「剛空、お前がいれば恐いものなんてないね。この世でお前以上強いものはいないのだろう」
剛空「それがね、そうでもないようで。どうやら、あの山に閉じこめられていた五百年の間に、いろんな連中がこの世界にやってきたようですね。どうも怪しい気を感じます」
健蔵「怪しい気? どんな?」
剛空「どうも、天界から追放されてきた暴れん坊やらなんやらのようですね。あっちこっちにいるようです」
健蔵「お前のほかにも暴れん坊がいたのか」
剛空「いましたね。天界もこの世界と同じで、いいやつもいりゃあ、悪いやつもいますから」
健蔵「しかし、お前ほど強くはないのだろう」
剛空「五百年前はそうでしたが、五百年の間、みんな修行していたとすると、ちょっとやっかいですね」
健蔵「おお恐い。お前が勝てないような相手がいたら私はどうなってしまうのだ」
剛空「ま、そういう奴には出会わないように祈るしかないでしょう」
 健蔵が不安な気持ちになって黙ってしまうと、剛空はそれを察してわざと明るい声でこう言った。
「あ、あそこに村が見えますよ。今晩はあそこに泊まりましょう。久しぶりにベッドで寝られますぜ」
 その声に健蔵が顔を上げると、言葉の通り、村が見える。剛空は足を早め、たちまち村の入り口が見えてきた。
 村の入り口を見ると、男たちが集まっている。健蔵は間近まで行って馬から下りて挨拶をした。
「旅の者です。今晩この村でご厄介になりたいのですが、よろしいでしょうか」
 すると村人が言った。
「坊さん、やめといたほうがいいよ。今夜はここに化け物が来るんだ」
健蔵「化け物とは恐ろしい」
村人「とにかく強いやつでね。人間の手には負えないんだ」
 そこへ剛空が口をはさみ、
「強いって、どれくらい強いんだ」
村人「なんだねあんた」
健蔵「これは私の連れで、剛空と申します」
村人「はあ、なんだかあんたもどっちかって言うと人間よりは化け物に近いような……」
剛空「それはいいから、その化け物はどれくらい強いんだよ」
村人「とにかくすばしっこくて力もあるし、空も飛べるんです」
剛空「そいつが何か悪いことをするのか」
村人「はい、とにかく物に執着するやつでして、欲しいとなったら何としてでも手に入れないと気がすまないんです」
剛空「この村に宝でもあるのか」
村人「いいえ、宝はございません。食べ物やら服やらそういった物を取って行くんです」
剛空「それじゃあ、ただの強盗じゃないか」
村人「それはそうなんですが、とにかく強いやつなんでどうしようもないんです。このあたりの村を順番に荒らしていて、今晩はこの村にやってくる順番になっているんです」
 そこまで聞くと、健蔵は剛空の袖を引いてこう言った。
「剛空、どうだろう、お前の力で取り押さえてみては。お前ならできるだろう」
 剛空もうなづき、
「なんだかせこい相手のようですが、リハビリのつもりで軽く体を動かしてみるとしましょう」
 そこで健蔵は村人に向かって、
「私の連れならどんな相手にも負けることはありません。どうでしょう、今晩ごやっかいになれれば、連れがその化け物を取り押さえてご覧に入れますが」
と言った。村人たちはしばらく相談していたが、剛空の様子を見て期待できると思ったらしく、健蔵の申し出を受け入れた。
 そこで健蔵と剛空は村長の家に案内され、食事をふるまわれた。
 いよいよ暗くなったので、剛空は村長にこう言った。
「今夜、化け物がとくにねらっているのは何かね」
 村長は、自分の腕にはめた腕時計を見せ、
「これでございます」
と言った。
剛空「なんだよ、腕時計かよ。なんでこんなものが欲しいんだろう」
村長「こんなものとおっしゃいますが、実はこれは非常にレアなものでして」
剛空「高いのかい」
村長「はい」
剛空「ま、いいや。約束は守ろう。いいか、おれの言う通りにするんだぜ」
 さて、剛空は化け物をとらえるためにいかなる作戦を立てたのか、それは次回で。