V遊記

第4回


 ナガンノンが懐から出したのは、鳥の羽の形の飾りがついた首飾り。
ナガンノン「さあ、これをかけてやろう」
 健蔵がひざまづいたまま進みより、頭を下げると、ナガンノンは健蔵の首に首飾りをかけてやった。
ナガンノン「これはネイティブ・アメリカンのお守りだ。これがそなたの身を守ってくれる」
剛空「一体どういう宗教なんだよ! 何だか信用できないな」
ナガンノン「さあ、これでもう剛空は健蔵に従うしかなくなった。これからは、剛空は健蔵を師匠と呼ぶのだぞ」
剛空「何でだよ、そんなお守りなんか大したことはないだろう」
 ナガンノンは、
「お守りの力でお前をおさえつけるわけではない」
と言うと、健蔵の耳元で何事かささやいた。
剛空「何だよ何だよ、怪しいぞ」
ナガンノン「では私は帰るぞ」
健蔵「おサカ様はお元気ですか」
ナガンノン「それが、足の小指の骨折がまだ治らなくて、遠出はできないのだ」
剛空「いい気味だ」
ナガンノン「剛空、人は誰でも光になれるのだ、このことを忘れるなよ」
剛空「おれは人じゃないって」
 ナガンノンは剛空の言葉が終わらないうちに姿を消していた。
 足の小指を骨折していたので、夢の中のおサカ様は椅子に腰かけていたのか。健蔵は一人で納得していた。それにしても、五百年間骨折したままというのはどんな骨折なのだろう。
 健蔵が考えていると、剛空が声をかけた。
「さあどうする。あいつが行っちまった以上、おれはあんたの言いなりにはならないよ。おれはおれのやりたいように……あ、あ、あ、いてえ、うわーっ」
 剛空は頭を押さえ、地面を転げ回った。
「何だ、何なんだよ。痛い、痛いよー!」
 健蔵はそれを見て口の中で、
「ゆるめ」
と唱えた。するとたちまち剛空は叫ぶのをやめた。
健蔵「剛空。その帽子は緊錮帽(きんこぼう)と言うそうだ。私が『しまれ』と言えばきつくしまる。『ゆるめ』と言えばゆるくなる。私の意のままになるのだ」
剛空「畜生! こんな帽子誰がかぶるもんか」
 剛空は必死になって帽子をとろうとしたが、何としてもとれない。
剛空「くそー! 汚ねえぞ」
健蔵「私とて好きこのんでするわけではない。美しい世界のためだ。私の言うことを聞け」
剛空「とにかくこの帽子をとってくれよ」
健蔵「それはできない。私にははずせないのだ。はずせるのは、おサカ様だけだそうだ」
剛空「なんてこった……」
 剛空はしばらくの間その場にへたりこんでいた。その間、健蔵は、お札の貼ってあった石に腰掛け、手鏡を見ていた。
剛空「何だよ、その鏡は。それも今もらったのか」
健蔵「これはもとから持っていたものだ。お守りが似合っているかどうか確かめているところだ」
剛空「……」
 剛空が見ていると、健蔵は今度は櫛を出して髪を整え始めた。
剛空「健蔵法師っていうくらいだから坊さんのはずなのに、何で頭を剃ってないんだよ」
健蔵「マッチ皇帝のお許しで、有髪のまま出家したのだ」
 健蔵は髪を整え終わると、懐から布を出して顔をふいた。
健蔵「ナガンノン様がいらっしゃると分かっていたら、もっときれいにしていたのに」
 剛空はほうけたようになって健蔵を見ていた。健蔵は、何度も鏡をのぞきこみ、衣服も整えてから立ち上がった。
健蔵「さあ、行こうか」
剛空「どうもあんたには勝てそうにない。分かった、言うとおりにするよ、お師匠様」
 健蔵はその言葉にうなづくと、斜面にこわごわ足を踏み出して山を降り始めた。
剛空「おっと危ない。こうしましょう」
 剛空は、さっと健蔵を抱え上げると、そのまま山のふもとの、健蔵の馬をつないであるところめがけて飛び降りた。健蔵は思わず目をつぶったが、風の音が少ししたかと思うと、ふわりと着地していた。
 剛空は健蔵を地面におろすと、
「まあ、こんなことは何でもないことです」
と言ってにやりと笑った。
 健蔵は、剛空の力に驚き、強い味方を得たことを内心喜んでいた。
剛空「さて、どこへ行けばいいのかね」
健蔵「はるか西の国だそうだ」
剛空「だそうだ、って言われてもそれじゃ分からないなあ。そうだ、こうしましょう」
 剛空はポンと手を打つと、うれしそうに健蔵に抱きついた。健蔵は思わず身を固くした。
剛空「だいじょうぶ、すぐおわるって」
 さて剛空は何をしようというのか、それは次回で。