V遊記

第3回


 さて、五百年後に剛空を救い出すというミヤケの特徴は何なのか。

ナガンノン「お前をここから出すミヤケは声に特徴がある。何というか、そうだな、声変わりする前のドナルド・ダックのような声だ」
剛空「分かった、とにかくそいつを待ってりゃいいんだな」
 剛空が観念したことを知って、おサカ様とナガンノンは顔を見合わせてうなづいた。
「よいか、無理に出ようなどと思うなよ。これもそなたのためだ。念のため、もう少し押さえつけておこう」
 おサカ様はそう言うと、山に足をかけ踏みつけた。と、その途端、うめき声を上げたのはおサカ様の方だった。
ナガンノン「どうなさいました」
おサカ様「あ、足の小指が……」
 うっかりして足の小指を骨折してしまったおサカ様は、ナガンノンに支えられて姿を消した。

剛空「と、まあ、こういうわけなんだ。あんたミヤケだろ。声で分かった。さあ、ここからだしてくれ」
健蔵「ミヤケというのは私の俗名だ。今は出家して健蔵法師と呼ばれている」
 健蔵法師は、ナガンノンの言った「声を大事にしろ」という言葉の意味がやっと分かったが、あまりうれしくはなかった。こんな化け物のために、目印としてこんな声に生まれてきたのか。
剛空「わかった、健蔵法師、とにかくここから出してくれ」
健蔵「そう言われても出し方が分からない」
剛空「お札だよ、お札。山のてっぺんに貼ってあるから、それをはがしてくれりゃあいいんだ」
健蔵「ずいぶん高い山だな。これを登るのか」
剛空「おーい、勘弁してくれよ。おれは五百年も待ってたんだよ。頼むよ。弟子になるからさ。出してくれよ」
健蔵「弟子といわれても……」
剛空「頼む、出してくれ。今日この日が来ることだけが心の支えだったんだ」
 剛空は泣き出しそうになっていた。健蔵法師はそれを見てさすがに気の毒になった。
健蔵「とにかく登ってみよう」
 健蔵法師が岩場に足をかけると、不思議なことが起こった。突然身が軽くなり、どんな急な岩場でもすいすい登っていけるのだ。あっという間に頂上に着いてしまった。
 山の頂上は平らになっていた。かなり遠くまで見渡すことができる。健蔵法師は、風に吹かれながら、西の方を見やった。遠くかすんでいる彼方の土地に、美しい世界を作り出すものがあるのだ。
 美しいもの、それだけが健蔵の求めてやまないものだった。
 思い出してお札を探すと、それはすぐにみつかった。平らになっている頂上の中心に、腰掛けのような岩があり、その上に貼ってあった。五百年の風雪にたえてきたとは思えない、きれいなお札だった。お札に書かれた文字は健蔵の知らないものだった。文字と言うよりは、音符に近いような気がしたが、いずれにせよ、意味は分からない。健蔵の手が触れると、お札は粉々になり、風に吹き飛ばされてしまった。
 その途端、山がグラグラッと揺れ動き、
「やったー」
という叫び声が聞こえた。
「ありがとうよ」
 突然後ろから声をかけられて振り向くと、そこには剛空が立っていた。
剛空「えっへっへ。簡単に出られたぜ。出ちまったからにはこっちのもんだ。山ごとお前さんを吹き飛ばしてやろうと思ったんだが、すぽっと体が抜けただけだった。ま、恩人だから勘弁してやるよ。じゃあな、あばよ」
 弟子になるという約束も何のその、剛空は言うだけ言うと、クルリとバック転を一つすると、空へ飛び上がった。
 健蔵法師が、飛んでいく剛空をあっけにとられて眺めていると、剛空は突然健蔵法師の足もとに落ちてきた。はえ叩きでたたき落とされたかのようだ。
「いてー。何しやがる」
「剛空、五百年では足りなかったか」
 そう言いながら、姿を現したのは、ナガンノンだった。健蔵法師は思わずひざまづいた。
ナガンノン「剛空、お前は健蔵の弟子となるのだ」
剛空「冗談じゃねえよ。誰が弟子になんかなるものか」
 健蔵法師も思わず声をかけた。
「私も弟子にしたいとは思いません」
ナガンノン「そういうわけにはいかない。これは定めなのだ。剛空は健蔵の弟子となり、健蔵は剛空を導いて美しい世界を作らせねばならぬのだ」
健蔵「美しい世界……」
ナガンノン「そう、美しい世界のためだ」
剛空「おれはいやだ。美しい世界なんていらねえ」
ナガンノン「剛空、お前は健蔵の手助けをしなくてはならない。健蔵一人では美しい世界を作り出すことはできないのだ」
剛空「おれには関係ないね。おれはおれだ。自分の好きなようにやる」
ナガンノン「そうか、それではまた、考えが変わるまで岩の中に入っていてももらおうか」
剛空「そ、それはかんべんしてくれよ。分かった、なるよ、なる、弟子になる」
健蔵「しかし、ナガンノン様、弟子といわれましても、このような乱暴者では困ります。それにこう汚くては……」
剛空「汚くてわるかったな。五百年間ずーっと風呂にも入らなかったからな。服もボロボロになっちまったし」
 健蔵がよく見ると、ボロを着ているというよりは、裸同然だった。もとがサルだけに毛深いのはしかたがないが、健蔵は、美しくないかっこうをしているのはがまんできなかった。
 ナガンノンは苦笑して懐から服を取り出し、剛空に与えた。薄い絹のような生地のズボンとベストだ。
剛空「ありがたい!」
 剛空はすぐにそれを身につけたが、ベストは前をはだけたまま。痩せた胸をむき出しにしたままで平然としている。
ナガンノン「ついでにこれもやろう。帽子だ」
剛空「帽子か。どれどれ」
 ナガンノンは懐からニットの帽子を取りだし、剛空に渡した。
ナガンノン「これなら頭を守るし、寒さもふせげる」
 剛空は、帽子を受け取ると眉のあたりまで目深にかぶった。普通ならだらしなく見えるところだが、健蔵は、剛空のかぶりかたをみて、悪くないなと思った。
ナガンノンは、
「健蔵、お前にもあるぞ」
と言うと、ふところからあるものを取り出した。
 さて、ナガンノンは何を取り出したのか。それは次回で。