V遊記

第30回

 さて十四兄は何と言ったかというと、こう言った。
「こいつらを放してやってくれないか」
 これには一同びっくり。十四兄の弟は、
「何言ってんだよ、兄貴。せっかく俺が苦労して捕まえたのに」
十四兄「マツ、お前には悪いが放してやってくれ」
「何でだよ」
 マツと呼ばれた弟は納得しない。十四兄は聖皇に向かい、
「この連中はマッチの所から来たんだ」
聖皇「マッチの……」
十四兄「あいつは今では皇帝だそうだ」
聖皇「すごいのねえ」
十四兄「俺とはえらい違いだ」
聖皇「何言ってるのよ。ひがんだりしてあなたらしくないわよ」
 二人の会話を聞いていたマツ、
「知り合いだったんですか」
十四兄「昔、ちょっとな」
聖皇「弟がいるなんて知らなかったわ」
十四兄「まあいいじゃないか。とにかくこいつらは行かせてやってくれないか。俺とマッチの顔に免じて」
 聖皇は健蔵たちをしばらく見つめたが、
「わかった。行かせてあげる。トシの頼みじゃしょうがないわ」
 何だか分からないが健蔵たちがほっとした瞬間、
「待て待て待て待て」
と叫びながらナガンノンが現れた。
 部屋の中に現れたナガンノン、聖皇がいるのを見て、
「しまった。こうなったらまたおサカ様に……」
と言いかけたところへ、
准「大丈夫やで」
ナガンノン「え?」
健蔵「逃がしてもらえることになりました」
ナガンノン「なんで?」
剛空「さあ」
 健蔵はさりげなく、キョトンとしているナガンノンの隣に立つ。それを見た剛空がちょっと面白くなさそうな顔をした時、扉を開けて、ドヤドヤと男たちが入ってきた。
 先頭にいた男は、マツの顔を見ると、うれしそうに、
「あ、おったおった。捜したで」
と言った。その顔を見ると、しわだらけのキョンシー。
准「あれっ、あんさん、あん時の」
城「おやこれは皆さんおそろいで。その節は大変お世話になりまして」
井「天界に生まれ変わったんじゃなかったのかい」
城「それがまあ、生まれ変わったんですが、また赤ん坊からやり直しで若くなれるのかと思うとったら、体はこのまんまで」
 十四兄と聖皇はあっけにとられている。一方、十四兄の弟は城と一緒に入ってきた三人の男にとり囲まれた。
マツ「何だよ、お前ら」
「捜したよ」
 そう言ったのを見ると太一真人。一緒にいるのは巨乳大王の達と龍神の長瀬龍。
 健蔵も驚いてナガンノンに尋ねた。
「どういうことなんでしょうか」
ナガンノン「実は、みんな仲間だったんだ。天界に調べに行って分かったんだ」
城「そうでして。何の手違いか知らんけど、バラバラになってしまいまして」
というと、十四兄の弟に、
「捜したで。マツ。やっと揃った。これで天界でデビューできるで」
 そう言われたマツは、じっと四人の顔を見て、
「そうか。そういうことだったのか」
と、納得した様子だったが、十四兄の方を見て、
「でも兄貴は……」
 それまで黙って見ていた十四兄は、
「俺とお前は兄弟じゃない。確かに俺がお前を拾って育てた。顔が似ているから、みんな、トシの離れた弟だと思ってただけだ」
マツ「そうだったのか……」
十四兄「みんなと一緒に行け。俺といてもしょうがない。こうなる運命だったんだ」
城「どうも、うちのが長い間お世話になりまして」
十四兄「いや。おかげで楽しかったぜ」
 十四兄はそう言うと、指をパチッと鳴らした。とたんに部屋は消え、一同は丘の上の建物の前に立っていた。健蔵の馬もかたわらの木につないである。
准「おおっ」
井「すごい力だ」
十四兄「これでも昔は結構有名だったんだぜ」
 城、太一真人、達、長瀬龍、マツの五がは並んで立つと、城が代表して、
「みなさん、お世話になりました」
と言い、揃って頭を下げた。
 ナガンノンは笑顔で頷き、十四兄と聖皇は黙って見ていた。
達「行くぞーっ」
マツ「ダーッシュ!」
 そう叫んだとたん、五人はそれぞれ光の矢となって空へ向かって飛んでいった。それを見送ると、ナガンノンは、十四兄に向かい、
「何だかわからないけれど、行かせてもらえるんですね」
と尋ねた。
 十四兄が言うには、
「ああ。好きにすればいい。俺はこれからは一人で気ままにやるさ」
 それを聞いたナガンノンが、こんどは聖皇に向かってこわごわ、
「いいんですよね」
と言うと、
聖皇「しょうがないじゃない。トシの頼みなんだし。今日はトシにご馳走して貰うわ」
十四兄「昔の話でもしよう。俺たちはね」
と、十四兄はナガンノンたちに向かい、
「昔は手をつないで自転車で並んで走ったりした仲なんだぜ」
聖皇「いやあねえ、そんな昔の話」
 十四兄と聖皇は笑いながら建物の中に消えていった。
 後に残った健蔵一行に、ナガンノンは、
「あと少しだ」
と西の方を指さした。
「あそこにおサカ様がいらっしゃる」
 思わず四人は前に身を乗り出した。かなたに、夕焼けをバックに寺のようなものがかすんで見える。
准「もう見えるんか」
井「ほんと、もうすぐだ」
准「あそこにVっちゅうもんがあるんやな」
 健蔵と剛空は黙って見つめている。
「おサカ様と待っているぞ。忘れるなよ、人は誰でも光になれるのだ」
 ナガンノンはそう言うと姿を消した。
 健蔵はしばらく目的の地をみつめていたが、
「さあ、行こう」
剛空「はい」
 こうしてまた一行は進み始めた。
 道はずっとゆるやかな下り坂で、苦もなく進むことができた。その日の夜は山中で野宿になったが、翌日は大きな屋敷があるところに着いた。おサカ様の寺もはっきり見える。
 屋敷とは言っても町と思えるほどの大きさ。一夜の宿を借りようと、入り口らしいところで、剛空が、
「ごめんください」
と声をかけると、三十をちょっと過ぎたくらいの一見おばさんにも見える男が出てきた。
「なんだい」
 健蔵が進み出て、
「おサカ様のもとへ参る旅の者ですが、一夜の宿をお貸し願えないでしょうか」
と言うと、
「へえ、あそこへ行くのか。ああ、いいよ。入りな」
と気安く入れてくれた。
 一行が部屋を与えられ、荷物をおくと、今度は、おじさんのような顔をしているが実は若いらしい男が、
「食事だよ。おいで」
とこれまた気安く呼びに来た。
 案内されるままに食堂へ行くと、七人分の席が用意してあり、最初にでききた男と殿様顔の男が座っている。四人はそれぞれ挨拶して腰を降ろした。
 料理が運ばれてきたが、何となく三人には気圧されるような雰囲気があり、准八戒でさえいつものようにがつがつ食べることはできない。
 殿様顔の男は、気持ちをほぐそうとしてか、
「サカのところへ行くんだってね」
と話しかけてきた。
健蔵「サカ? おサカ様のことですか」
「そう、それ」
 おサカ様を呼び捨てにしたので、一行はびっくり。
 三人はそれにはかまわず、
「あそこに二人いるからこの四人とあわせて六人だ」
「いっぱいいるなあ」
「前にも六人のがあったけど、一人ぬけちゃったよな」
 などと話し合っている。一行には何の話かわからなかったが、三人には、声をかけるのもはばかれるようなものがある。
 一行は緊張しながら食事を終えた。
 翌朝、朝食をご馳走になると、殿様顔の男は、
「森さんに呼ばれてるから」
と出かけて行った。
 残った二人は一行に、
「サカの所はすぐ近くだよ」
「今度はお正月においで。今出かけたのがお年玉くれるから」
と言った。口調は気さくだが、どことなく馴れ馴れしくしてはならないような気にさせる男たちだった。
 今日はおサカ様の所に着けそうだというので、健蔵は念入りに化粧し、剛空たちも身だしなみを整えた。礼を言って屋敷を出ると、西へ向かって歩き出したが、おサカ様の寺は思いのほか近かった。
 寺ではいったい何が待っているのか。それは次回で。