V遊記

第29回

  気がつくと、一行は建物の一室に閉じこめられていた。窓はなく、扉が一つだけ。剛空が開けようとしてみたが、しっかり鍵がかかっている。八戒と井乃浄も加わって三人で押したり引いたりしてみたが、びくともしない。
健蔵「どういうことなんだろう」
剛空「やられました。あの木が罠だったんです」
「その通り」
 扉の前にいた一行は、後ろから声をかけられて振り向いたが、そこには若い男が立っていた。
 剛空たちはさっと健蔵も前に立ち、身構える。
剛空「何だお前は」
 相手は冷たく笑うと、
「何だっていいだろう」
 准八戒は町で聞いた話を思い出し、
「そうか、あんさん、十四兄やろ」
と言ったが、相手は首を振り、
「違う。それは俺の兄貴だ」
と言った。
井「兄弟山賊の弟か。どういうつもりだ。俺たちは金目のものなんか持ってねえぜ」
「そんなことは分かってる。ずっと見てたからな」
井「ずっと……」
剛空「そうか」
 剛空は男に指を突きつけ、
「解屍法を使ったのはお前だろう」
 今度は男は頷いた。
剛空「なぜ俺たちをねらう」
男「金になるからさ」
准「何で金になるんや。あんさん、俺にまで化けたらしいな」
「変身は得意でね。その気になれば、高校生だろうが医者だろうが刑事だろうが浪人生だろうが、何にでもなってみせる」
剛空「あの木もお前が化けていたのか」
「そういうことだ」
 男はそう言いながら椅子を引き寄せて腰を降ろし、
「まあ座りなよ。連絡したからそろそろ来るはずだ」
と言った。
剛空「誰が来るんだ」
「あんたらも知ってるお方さ」
 その時、扉が開いて男が入ってきた。見ると、その男は少し年上で、中にいた男とよく似ている。
「あ、兄貴」
「これが獲物か」
 そういいながら、男は一行をジロッと見た。剛空はまた健蔵の前に立ち、身構える。井乃浄は扉を開けようとしてみたが、びくともしない。
剛空「俺はこんなやつ知らねえぞ」
准「これが十四兄かいな」
 若い男は、
「そう、これが俺の兄貴の十四兄だ。だけど、俺が待ってたのは兄貴じゃない。もう少し時間がかかるはずだ」
 十四兄は、椅子に腰掛け、
「これが高く売れるのか。一体誰が買うんだ」
「それは内緒です。来ればわかりますよ」
 健蔵たち一行を高値で買う者がいるという話を聞いて、
井「買うって」
准「俺たちを売るんかい」
十四兄「何でもずいぶんいい値段がついてるらしいぜ」
剛空「そんなことはさせない。お師匠様は俺が守ってみせる」
 それを聞いた十四兄は健蔵を見て、
「ほう、何かの先生なのか」
 健蔵はひるむことなく、
「そういうわけではありません。一緒に旅をしていますが、いつも私が助けられています」
十四兄「さすがに師匠と呼ばれるだけあって、ずいぶん堂々としてるな。で、どこへ行くんだ」
健蔵「おサカ様の所へ参ります」
井「お師匠、あまりしゃべらない方が……」
 十四兄はにやりと冷たい笑いを浮かべ、
「おサカ様? 聞いたことねえな。で、どっから来たんだい」
井「教えちゃだめですよ」
健蔵「遠い所から参りました」
十四兄「遠い所か。どんな所だ」
健蔵「皇帝陛下のいらっしゃる所です」
十四兄「ほう、どんな皇帝だ」
健蔵「マッチ皇帝です」
 それを聞いた十四兄、じっと健蔵を見つめ、
「そのマッチ皇帝に会ったのか」
健蔵「はい。出国のお許しを頂く時にお目にかかりました」
十四兄「元気そうだったか」
健蔵「はい」
十四兄「お前たちが旅をしていることには、マッチも関係しているのか」
健蔵「はい。馬も頂きました」
 十四兄は健蔵から目をそらし、頭の後ろで腕を組むと、天井を見上げ、
「そうか。今では皇帝か……」
とつぶやいた。
「兄貴、どうしたんです。そいつのこと、知ってるんですかい」
 弟が声をかけると、
「まあな」
と言ったきり黙ってしまった。
 弟が心配そうに十四兄を見た時、ノックの音がした。弟の方はさっと立ち上がり、
「来た来た」
と言うと、扉の所へ行ってさっと開けた。
「ありがとう」
 そういいながら入ってきた女を見て、健蔵たちは顔色を失った。
剛空「聖皇……」
 聖皇は中にはいると、健蔵に向かってにっこり。その聖皇を見て十四兄も驚いたようだったが、聖皇は十四兄には気づかず、四人の前に立ち、
「やっと私のものになりそうね」
 部屋の隅に固まった四人、健蔵を一番後ろにし、その前に剛空と八戒。井乃浄が一番前に押し出されている。
井「おい、押すなよ」
准「ええやん。あんさんなら大丈夫や」
井「そんな」
 それを見た聖皇、
「あら、あんたまだ一緒にいたの」
井「いて悪かったな」
聖皇「ううん。ちっとも悪くないわ。見慣れてみると、けっこう悪くないじゃない。たっぷり楽しませてね」
井「俺は好みじゃなかったんじゃ……」
聖皇「こないだまではね。でも、今はおいしそうにみえるわよ」
井「勘弁してくれ」
 聖皇はそれには答えず、弟の方を見て、
「じゃ、まとめて頂くわ。お礼は手下が持って来たから、確認してね」
「はい。ありがとうございます」
 それを見ていた十四兄は弟に声をかけた。
「聖皇に頼まれた仕事だったのか」
「そうなんですよ。今日は俺がおごりますよ」
 十四兄の声を聞いた聖皇は振り返り、椅子に座っている十四兄を見た。聖皇の目に驚きの色が走る。
聖皇「兄貴って……」
十四兄「久しぶりだな」
聖皇「こんなところにいたの」
十四兄「ああ。ところで、頼みがあるんだが」
聖皇「あら、何よ」
 十四兄は健蔵一行を指さし、聖皇に向かって思いがけないことを口にした。
 いったい何と言ったのか、それは次回で。