V遊記

第2回


 国境の川を渡る舟の中で、健蔵法師が渡し守と客の商人たちとの話に耳を傾けていると、ある商人がこんなことを言い出した。
「何でもね、あの山で岩にはさまっている化け物に近づいた人は、お前は西へ行くのか、西へ何か取りに行くのかって言われたそうだ。化け物は、西へ何かを取りに行く人を待ってると言われたそうだ」
「西へ何か取りに行く人、というだけじゃ、誰だか分かりませんね」
「ええとね、なんでもその人の名前は……」
 ほかの客も健蔵法師も身を乗り出した。
「名前はね、えーと、ミ、ミヤ何とかいうそうだ」
「ミヤ何とかねえ」
 客は、その化け物のことをいろいろ話し合っていたが、人に聞いた話ばかりで、確かな話は一つもない。それでも健蔵法師は思うところあって、行く手にそびえる山を見つめていた。

 さて健蔵法師は舟を下りると、渡し守に礼を言い、一緒に行こうという商人たちの誘いを断って一人で馬を進めた。
 目指すは例の化け物がいるという山である。馬はなれない山道にとまどっていたが、健蔵法師はそれをなんとかなだめながら進んでいった。山の麓に着くと、どこからともなく、うなり声が聞こえてきた。苦しそうではあるが、弱々しくはない。何事かと、健蔵法師は、声のする方をめざした。
 声の出所をさがしあてると、何とそこでは山中からサルが頭だけ出していた。
「おや、気の毒に、埋まってしまったのかい」
 健蔵法師が声をかけ、体を掘り出してやろうとして近づくと、サルがこちらに顔を向けた。
「お前はミヤケだな」
 いきなりサルに言葉をかけられて健蔵法師は一瞬息が止まった。しかし、これが噂の化け物と知って、心を落ちつかせ、
「お前が何百年もここにいる化け物か」
と尋ねた。化け物の顔は、ずいぶん長いこと日に当たっていたらしく、茶色に日焼けしている。
「化け物? そうだ、俺はお前たちからすれば化け物だろう。ここでずっとお前をを待っているんだ。お前はミヤケだろう」
「私がミヤケかどうかはひとまず置こう。お前はなぜミヤケを待っている」
「それはだな」
と、化け物が語るのを聞けばこういうことだった。

 そもそも化け物は、姿はサルに似ているが、サルから生まれたわけではない。花果山という山の頂上にあった石から生まれたのだという。
 どういうわけか、石の中に命が宿り、それがサルの形になって石を割って生まれてきた。石から生まれたので石ザルと呼ばれ、サルの世界の親分になったが、それだけでは物足りない。
 神通力というものがこの世にあると聞き、どうしてもそれを手に入れたくなった。
「そこでおれは、東の海の遠くにいる先生のところに弟子入りしたんだ。その先生は昔は世界中に名前を知られていたらしいが、その時にはもう隠居していた。たまたまおれは、その先生のことを聞いてたずねていった。何とか頼み込んで弟子にしてもらって、いろいろ教えてもらった。名前も付けてもらったんだ。それまではただの石ザルだったけど、立派な名前を付けてもらった」
「……」
「おいおい、おれがこう言ってるんだから、なんていう名前だか聞いてくれよ」
「何という名だ」
「まず、名字は孫(そん)。それから、その先生の弟子は、みんな名前の最後が空という字になっている。そしておれは、石から生まれて体がかたいから、固いという意味で剛という字をいれることにした。それで、剛空、孫剛空だ。いい名前だろう」
「剛空か、いい名前だ」
「お、ほめてくれたね。嬉しいね。自慢じゃないが、おれは何でもできるぜ。空も飛べるし、変化の術も使える。ま、先生はべつとして、この世でおれにかなうやつはいないね」
「それなら、なぜそこから自分で出ないのだ」
「それはだな……」
 この剛空、神通力を手に入れたのをいいことに、世界中で大暴れ。地上の世界で一番強くなってしまったので、退屈の余り、今度は天上界にまでちょっかいを出した。
「天上界でもおれにかなうやつはいなかったね。天帝もお手上げだった。おれは毎日おもしろおかしく暴れ回っていたんだが、年貢の納め時が来ちまった。おサカ様が来たんだ」
「おサカ様?」
「そうだ、おサカ様、別名コボケ様だ」
 天帝は、剛空をおさえることができず、西に住むおサカ様に助けを求めた。やって来たおサカ様は簡単に剛空をつかまえてしまい、弟子のナガンノンに剛空を押さえさせ、剛空の上に岩を積み重ねた。
 剛空の頭だけが外に出るようにして岩を積み重ね、高い高い山をつくり、山の頂上には封印のお札を貼った。
 頭だけが外に出ている剛空は、放せ、出せとわめいてみたが、おサカ様もナガンノンもほほえむばかり。
 ナガンノンは諭すようにこう言った。
「剛空よ、しばらくはそうして反省しているのだ。今から五百年後、ここを通るものの弟子となれば、お前はここから出られるだろう」
剛空「五百年後? 冗談じゃねえよ。今すぐ出せよ」
ナガンノン「よいか、弟子となり、西へVを取りに行く者の力となれば、お前の罪業は消えよう」
剛空「なんだよ、Vって。弟子なんていやなこった」
ナガンノン「Vとはな、ありがたく美しいものだ。お前にもそれが必要だ」
剛空「Vなんていらねえけど、そいつの弟子になりゃあ出られるんだな」
ナガンノン「そうだ。弟子となれ」
剛空「それで、そいつの名前は何ていうんだよ」
ナガンノン「ミヤケだ」
剛空「ミヤケ? それだけじゃわからねえよ。ほかに特徴はないのかよ」
ナガンノン「そうだな、ひとつ、特徴を教えておこう」
 さて、ナガンノンは特徴として何を教えたのか、それは次回で。