V遊記

第28回

 さて、金田角が一行に尋ねて言うことには、
金田角「ところで、皆さんのラブラブなものは何やねん」
剛空「それを聞いてとるつもりか」
金田角「まさか。そういうことはもうやめたんや」
井「お師匠のラブラブなものは分かりますよ」
准「何やねん」
井「でも、それを言うと剛空が怒るから」
剛空「何でだよ」
 健蔵は笑って、
「私の一番ラブラブなものは、井乃浄が思っているのとは違うよ」
と言う。
銀狼角「教えてんか」
金田角「ラブラブなものは?」
 健蔵が答えて言うには、
「すべての美しいもの、です」
 それを聞いて、健蔵の後ろの三人は納得して頷く。しかし、金田角と銀狼角には理解できない。
金田角「美しいもの?」
健蔵「そう。美しいもの、です」
銀狼角「なら、美人や二枚目やないとあかんと」
健蔵「そういうわけではありません。美しくあろうという心を持っているものが好きなのです。心のあり方です」
金田角「はあ、何や難しい話やな」
銀狼角「それやったら、とろう思うてもとれんな」
健蔵「私は、おサカ様から、美しい世界を作り出すためのものを頂くために旅をしているのです」
銀狼角「ほう、そんなもんがあるんかい」
健蔵「はい。それはVというものだそうです」
銀狼角「V? 何やそれ」
健蔵「それは私にもわかりません」
金田角「まあええわ。で、後ろの三人のラブラブなものは何やねん」
 そう聞かれた三人は、一様に、前に立っている健蔵を黙って見つめた。三人が黙っているので健蔵が振り向くと、三人とも慌てて目をそらす。
 金田角は笑って、
「なるほど、そういうことかいな」
銀狼角「ほな、気ぃつけてな。仲よう行きな」
 健蔵はひとりだけ訳が分からずにいたが、こうして一行はまた旅を続けることになった。
 しばらくは、昼には歩み、夜には宿りの繰り返し。さしたる話もない。
 やがて一行はある町に着いた。宿に泊まり、西への道を尋ねると、まだ三十代らしい若い主人はこう言った。
「西へ行くのはやめたほうがいいよ」
剛空「何かあるのかい」
主人「ああ、なんでも、たちのわるい山賊がいるそうだ」
准「また山賊かいな」
井「どんな山賊なんだい」
主人「何でも、十四兄というそうだ」
剛空「十四兄?」
健蔵「十四兄? 十四とは何だろう」
准「ずっと昔、十三妹(シーサンメイ)ちゅうのは聞いたことあるけどな」
井「十三日の金曜日よりもっと恐ろしいとか」
剛空「十四日の土曜日じゃ怖くも何ともないだろ」
准「そういや、バレンタイン・デーは十四日やで」
井「山賊がチョコレート配るのかよ」
剛空「まあいい、俺が更正させてやろう」
井「更正とはまた大きくでたね」
健蔵「私は剛空に賛成だ。更正させてあげようよ」
剛空「ほら見ろ」
 井乃浄がちょっとすねると、准八戒が取りなすように、
「まあまあ、とにかく今日は飯食って寝て、明日は腹一杯食って戦いに備える、と。山賊をやっつけたら、誰かがご馳走してくれるかもしれんし」
井「結局お前は、食うことしか考えてないんじゃねえかよ」
 こうして次の日、朝食の後、健蔵が化粧をしている間に、井乃浄と准八戒は昼食の買い物に行くことにした。主人に、朝から開いている店がないかと尋ねると、
「それなら、俺の昔の仲間がやってるスーパーがある。朝早くからやってるよ。花丸マーケットっていうんだ。近くだから行ってみな」
井「へえ、二人で何かやってたのかい」
主人「いや、三人だ」
准「もう一人は?」
主人「ついこの間、最後の将軍になったんだけど、若いのに隠居することになっちゃってね。ま、あいつのことだ、そのうちでかいことをやるだろう」
 主人に教えられたマーケットに行ってみると、確かに店は開いていた。
 井乃浄が金を払いながら、西の山に住む十四兄という山賊について尋ねてみると、濃い顔の主人は、
「ああ、聞いたことがある」
と言う。
井「強いのかい」
主人「強いらしいね。もしかすると、俺の知ってる人なのかもしれないって気もするんだ」
准「へえ、あんさんも山賊やったんかいな」
主人「違うよ」
井「何か知ってたら教えてくれよ」
主人「何でも弟が一緒にいるらしい」
井「へえ、兄弟の山賊か」
准「弟の名前はなんちゅうねん」
主人「ええと、梅だったか竹だったか」
井「またばあさんみたいな名前だな」
 買い物も整い、健蔵の化粧も終わって出発し、しばらく進むと、人気のない寂しい所に出た。
剛空「何かまたあいつが出そうだな」
井「例の解屍法か」
 剛空はあたりに気を配りながら頷く。
准「それにしても腹減ったなあ」
井「何がそれにしてもだよ。まだ昼前だろ」
准「昼前でも何でも腹が減るときは減るんや」
井「がまんしろよ」
 叱られた准八戒、ちょっと気落ちしたが、すぐに鼻をひくひくさせて、
「お、何かうまそうなにおいがするで」
井「気のせいだろう」
剛空「いや、俺も何かのにおいがするような気がする」
 そこで一行は立ち止まり、しばらく風のかおりをかいでいたが、
准「こらほんまににおうで。このあたりに飯屋があるんやろ」
井「こんな所にあるわけねえだろ」
准「でもうまそうなにおいがするやん」
井「そりゃあ、たしかにするが……」
剛空「罠かもしれない。気をつけろ」
 剛空の言葉に一同頷き、また歩き始めたが、においはだんだん強くなる。しかし、建物らしいものは全く目に入らない。
准「どうなっとんや。たまらんな」
 しばらく進むと、前方に大きな木が見えてきたが、その木には大きな実がいくつもぶら下がっている。
剛空「あれは」
 剛空は一足先に走り寄り、木の下に立って実を見上げ、一行を手招きした。
井「何だろ」
准「食えるんやろか」
 みんなが木の下に集まると、剛空は実を指さし、笑顔で、
「人参果だ」
と言った。
井「これが……」
健蔵「何だか妙な格好の実がついているね」
准「食えるんか」
剛空「ああ、食える。さっきからしていたのはこの実のにおいだ」
 見ると、木からぶら下がっている実は、どれも赤ん坊のような形をしている。
健蔵「何だか形が気になるけど」
剛空「大丈夫です。ただの木の実ですから」
井「初めて見たぜ」
准「うまいのかい」
剛空「ああ、極楽の味だ。しかも、一つ食べれば寿命がぐーんと伸びる。俺は天界で盗み食いしたことがある。待ってな、今、みんなの分取ってきてやる」
 そう言いながら剛空は荷物の中から袋を出す。
准「如意棒でたたき落としたらええやん」
剛空「だめなんだ。地面にふれると消えてしまう」
 袋を手にした剛空が飛び上がろうとした瞬間、人参果の木がゆらっと揺れ、あたりが真っ暗になった。
井「うわあっ」
准「何やこら」
剛空「しまった」
 いったい何が起こったのか、それは次回で。