V遊記

第25回

  さて、准八戒が行方不明となり、不安なまま城で一夜を過ごした健蔵、剛空、井乃浄の三人は、夜が明けるとすぐに国王にあたりの地理を尋ねた。雨はやみ、地面が濡れているが、三人の心はしめりがち。
健蔵「落ちたのはあちらの方角です」
国王「皆さんがおいでになったのと反対の方ですね」
健蔵「はい」
井「ちょうどこれから行く方向だ。ついてるね」
剛空「何がついてるだ、ふざけるな」
井「でも、これも何か因縁があるのかもしれないじゃないか」
健蔵「私もそう思いたい」
 沈みがちな三人に向かい、国王が追い打ちをかけた。
「あの方向には、とんでもない連中が住んでいまして……」
と言いながら、ちょうど八戒が落ちた方にある山を指さし、
「あの山から無事に帰って来た者はいないのです」
剛空「化け物でもいるのか」
国王「さあ、何でも金とか銀とかいうのがいるそうです」
井「なんだそれ、双子のばあさんの化け物か」
国王「帰って来た者がおりませんので、正体はわからないのです」
剛空「帰ってきた人間がいないのに、どうして名前が分かるんだい」
国王「ただの噂というやつでして」
井「なんかはっきりしないなあ」
健蔵「とにかく、探しに行こう」
井「化け物がいたって、俺たちだって弱くはねえ。兵隊を貸してくれるだろ」
 それを聞いた国王、
「申し訳ありませんが、兵士は皆、あちらへ行くのだけは嫌だと申しまして」
と済まなそうな顔をする。
井「ということは」
剛空「俺たち三人だけってことだ」
健蔵「三人でもいい、とにかく行こう。いずれにせよ、あの方向へ行くしかないのだから」
井「そうですよね。よし、とにかく飯だ」
 心を決めた三人、ひとまず腹ごしらえ。朝食の後、健蔵も今日ばかりは簡単に化粧を済ませたが、井乃浄と剛空はその間に弁当を作ってもらった。
井「きっとあいつ、腹ぺこで動けないでいるんだろう」
剛空「俺たちの顔見たら、何か食うもん持ってへんか、なんて言うだろうな」
 無理にも心を明るくし、三人は、国王たちに見送られて山へと向かった。
 久しぶりの雨の後で、地面は濡れており、ところどころにわずかに残っていた草はつやつやとしている。
 しばらくは平坦な道で、健蔵は馬に乗ったまま進めたが、やがて山道にさしかかった。濡れた坂は危険なので、健蔵も歩くことにし、剛空が先に立ち、次に健蔵、最後に馬を引いた井乃浄と、一列になって山を登っていく。
井「さすがに山の木は枯れないで残ってたんだな」
健蔵「八戒が落ちた時に、これがクッションになってくれていればいいが」
剛空「なあに、あいつは丈夫だから、岩に激突したって平気ですよ。どんなものにも体当たりできるやつだもの」
 道はやがて平らになり、少し開けた場所に出た。草がわずかに生えており、所々に岩が頭を出している。頂上まではまだ距離がある。振り返ると、朝出てきた城が見えた。
健蔵「少し休もう」
剛空「そうしましょう」
 馬を木の幹につなぐと、三人はそれぞれ岩に腰をおろした。
 井乃浄は、
「はっかーい。じゅんはっかーい。聞こえるか」
と叫んでみたが、こだまも返ってこない。
 三人は、何か八戒をみつける手がかりになるものはないかとそれぞれキョロキョロしていたが、反対側の木立を見ていた井乃浄、
「あれ?」
と言って腰を浮かせた。
剛空「どうした」
井「何か動いたような」
 その言葉に剛空と健蔵も立ち上がる。見ると、確かに、木立の中で動いている影がある。
剛空「おーい。誰かいるのか」
 その声に、向こうからも声がした。
「おーい」
 それは聞き覚えのある准八戒の声。
健蔵「無事だったんだ」
井「やったー!」
 たちまち木立の中から准八戒が現れ、
「来てくれたんか」
と言うと、手を振りながら走ってきた。こちらからは、剛空がまっ先に走り出した。准八戒は笑顔で元気よく駆けてくる。それへ向かって駆け寄った剛空が、両手を広げて准八戒を抱きとめたと思った瞬間、何と、剛空の如意棒が准八戒の体を貫いていた。
健蔵「剛空!」
井「何でだ」
 准八戒の体は言葉もなく剛空の足下に崩れ落ちた。健蔵と井乃浄が駆け寄ると、剛空は、
「こいつは偽物だ」
と倒れている八戒を指さした。
井「何で分かるんだよ」
剛空「考えてみろ。あいつは昨日から何も食ってない。あんなに元気に走れるわけがない」
井「そう言われてみればそうだけど……」
健蔵「また解屍法なのか」
剛空「そうです。信じてもらえますか」
健蔵「もちろん信じるよ。これは八戒の偽物に違いない」
 見つめ合う健蔵と剛空。
 井乃浄はちょっと面白くない顔をして、倒れている死体を調べた。
「ほんとだ、抜け殻みたいになってる。この前とは違うな」
剛空「こないだと違って、本物らしい死体を残していく余裕がなかったんだろう」
健蔵「しかし、何者がこんなことを」
井「国王の言ってた金さん銀さんてやつかな」
剛空「かなり手強い相手であることは確かだ。相手は俺たちのことをよく知ってるらしい」
 そこへ空中から声がした。
「また出たのか」
 見ると、ナガンノンが空中から降りてくるところ。
「ナガンノン様!」
 うれしそうに駆け寄る健蔵を見て、今度は剛空が面白くなさそうな顔。井乃浄ニヤリ。
 ナガンノンは准八戒の偽物の残した死体もどきを調べ、
「うーん。どういうことなんだろう」
健蔵「分かりませんか」
ナガンノン「さっぱりわからない」
剛空「それより、准八戒のことは」
ナガンノン「それも分からない」
井「そんなあ」
ナガンノン「おサカ様の神通力でも、どこにいるのかは分からないそうだ。しかし、命には別状はないらしい。それは分かるそうだ」
剛空「そんなら、どっかで元気にしていると」
ナガンノン「元気かどうかは分からないが、生きてはいるそうだ」
井「とにかく、捜すしかないわけだ」
ナガンノン「そういうことだ」
健蔵「この山には二人組の山賊がいるという話ですが、何かご存知ですか」
 そう言われたナガンノン、山の上の方を見ながら、
「そう言えば……」
と話し始めた。ナガンノンが知っていることとは何か、それは次回で。