V遊記

第24回

 さて、太一真人は、龍神の寝間着の前をはだけると、なんと、いきなり乳首を指でぐりぐりしはじめた。
太一真人「この感触、やっぱりそうだ」
 これを聞いた健蔵たちは、思わず一歩下がる。一方、太一真人はそんなことは気にせず、小役人に、
「この龍神の名前は」
と尋ねる。小役人が、
「長瀬龍(ちょうらいりゅう)様です」
と答えると、
太一「ちょうらい……。やっぱりそうだ。こんなところにいたんだ」
と大喜び。龍神の肩をつかんで揺さぶり始めた。
ナガンノン「随分大胆なことを……」
太一「いやあ、これぐらいしないと起きないんですよ」
 太一真人がしばらく龍神を思いっきり揺すっていると、龍神はやっと目を開けた。
龍神「何だよ……」
太一「おい、起きろ。仕事だ」
龍神「うーん、あとちょっと」
太一「起きろって。みんな待ってるぞ」
龍神「誰だよ、みんなって」
 そう言いながら龍神が上体を起こしたが、それを見るとやはり立派な体。
 龍神は寝ぼけ眼で一同を見回したが、太一を見知っている様子はない。
ナガンノン「お休みのところ失礼しました。最近雨が降らなくて困るという話を聞きまして」
龍神「雨? 何それ」
 目をこすりながらも、客に囲まれているらしいことを理解して、龍神は寝台から降りた。立ったところを見ると、太一真人よりも頭一つ分大きい。
太一「だめだよ、ちゃんと仕事しなきゃ」
龍神「?」
 龍神は一同の顔を見て、首をひねるばかり。
 太一真人は何か知っているようなので、健蔵が尋ねた。
「何か事情をご存知なのですか」
 太一真人は笑いながら、
「この龍神も私の仲間です。天界で一緒にいました」
健蔵「では、人間界に生まれ変わって」
太一「はい。うまく思い出してくれるといいのですが」
 それを聞き、准八戒たちも少し緊張が薄れ、
准「あんさんとはずっと前からの縁がありそうやな」
と声をかけたりしたが、龍神はまだ頭がぼんやりしている様子。
 そこで太一真人が、龍神に向かって、前世からの因縁を語って聞かせた。黙って聞いていた龍神、
「そう言われてみればそんなこともあったような……」
健蔵「いつからここにいらっしゃるのですか」
龍神「いつからって……。一世紀以上いるような気がする」
 それを聞いた井乃浄、こっそりと、
「そんなわけねえだろ。一世紀が何年か知らないんじゃないの」
とつぶやき、ナガンノンににらまれた。
太一「でも、龍神になるなんてすごいよ」
龍神「なんか、体がでかいからできるだろうとかなんとか言われて連れてこられた」
ナガンノン「龍神になったのに、雨を降らせなかったのはなぜですか」
龍神「雨? そんなのいつ降らせればいいかわかんないし」
 そこで小役人が、
「それにつきましては、天界からの文書を差し上げております」
と口を挟むと、
龍神「ああ、なんか紙に書いてあるのくれるけど、難しい字ばっかで読めないよ」
 日照りの原因を知った一同はあきれかえったが、このままにはしておけない。
ナガンノン「しかし、下界ではみんな困っています。雨を降らせてやってくれませんか」
龍神「いいよ。でも、どうすればいいんだろう」
 あまりの頼りなさに、居合わせた者は皆顔を見合わせたが、太一真人がこう切り出した。
「私が居合わせたのも何かの因縁です。私がここで長瀬龍の仕事を手伝いますよ。文書を読んでやって、雨を降らせます。な、いいだろ」
 それを聞いた龍神、
「何だかしらないけど、手伝ってくれるならいいよ。俺は寝てるから」
太一「寝てちゃだめだよ」
ナガンノン「とにかく、下界が日照りにならないようにお願いします」
太一「さあ、さっそく雨を降らせてみようよ」
 そういって太一真人は龍神の手を引いて外に出た。雲の隙間からのぞくと、下界はすっかり夜の様子。
 健蔵が、ついてきた小役人に、
「どうやって雨を降らせるのですか」
と尋ねると、
「龍神様が歌をお歌いになると雨が降ります」
と言う。
太一「さあ、歌おう」
 そう言って太一真人が指を鳴らすと、空中からキーボードが現れた。キーを確認した太一がイントロを奏でると、ぼんやりしていた龍神の顔が急に生き生きしてきて、踊りながら歌い出した。
「雨を降らせ、雨を降らせ、びしょぬれで歩いて行こう……」
 完全に太一真人と龍神の二人の世界になってしまったが、歌い始めるとあら不思議、たちまち黒い雲がもくもくとわき上がり、雷鳴がとどろくと大粒の雨が降り始めた様子。太一真人と龍神は楽しそうに歌い続けている。
 ナガンノンが、
「どうやらこれで一件落着らしい。ひとまず下界に戻ろう」
と言うと、
准「そうしよ、そうしよ。あの王様に何ぞ食わしてもらお。もう腹が減ってふらふらや」
 そこで、またみんなでナガンノンにくっついて下界に降りることになった。健蔵がナガンノンにしがみつき、剛空が健蔵にしがみついたのはいうまでもない。井乃浄と准八戒もそれぞれナガンノンにしがみついて雲の下へ出たが、行きと違って帰りは雨の中。
ナガンノン「うわあ、これはひどい」
 ヒューヒューと風を切る音がするだけでなく、大粒の雨がバシバシと顔に当たり、痛いことこの上ない。皆必死にナガンノンにしがみついていたが、
准「こらもうあかん」
井「手を離すな」
准「腹が減って力がはいらん。だから高いとこは嫌いなんや」
剛空「下を見るなよ」
准「もう見てもうた」
 一番顔が大きいだけに抵抗も強かった准八戒、空腹のため力が入らず、とうとう手を離してしまった。そのままくるくる回りながら闇の中へ消えていく。
健蔵「ナガンノン様、八戒が」
ナガンノン「分かっているが、これではどうにもできない。ひとまず降りてからだ」
 ナガンノン、健蔵、剛空、井乃浄は、どうにかもとの広場に降り立った。広場では、雨が降り出したので大喜び。国王は、降り立った一同に駆け寄り、
「ありがとうございます。皆さんは我が国の恩人です」
ナガンノン「もう日照りになることはないでしょう。しかし、私たちの方に困ったことが起きました。仲間が一人、はぐれてしまいました」
国王「なんと。一体どこで」
ナガンノン「龍神の所から降りてくる途中、どこかに落ちてしまったようです」
井「落ちてしまったようですって、どうなっちゃうんだよ。あのまま墜落していたら……」
健蔵「そんな、准八戒が……」
剛空「あいつに限って、まさか……」
 三人はナガンノンに詰め寄ったが、ナガンノンは沈痛な表情で唇をかむばかり。
国王「こう暗くては探しに行くこともできますまい。ひとまず今夜は城にお泊まりください。明日、兵隊を出して捜しましょう」
 ナガンノンは、
「そうしてください」
と言うと、健蔵たちに、今来た方角を指さし、
「八戒が落ちたのはこの方角だ。そう遠くはあるまい。私はひとまずおサカ様のところに報告に戻る。忘れるなよ、人は誰でも……」
剛空「光になれなくてもいいから、八戒を見つけてくれ」
 しかし、剛空の言葉が終わる前に、ナガンノンの姿は消えていた。
 雨の中、闇に消えた准八戒の運命やいかに。それは次回で。