V遊記

第23回

 ナガンノンに呼ばれた男、ハードボイルド・キョンシーは、本物として右側の健蔵を指さしたので、ナガンノンは左側の健蔵に尋ねてみた。
「お前は偽物だと言われたが、どうだ」
 すると左側の健蔵は、あっさりと、
「恐れ入りました。わたくしは偽物でございます」
と答えた。これには居合わせた人々もびっくり。
准「なんや、えらい往生際のいいやっちゃなあ」
井「一体何のために偽物になったんだ」
 ナガンノンはそれ以上偽物にはかまわず、本物の健蔵に、
「さて、この男を弟子にするということだが」
と言うと、健蔵はにっこりして、
「弟子にいたします。つきましては、ハードボイルド・キョンシーでは呼びにくいので、私が弟子としての名を授けたいと存じますが、よろしいでしょうか」
ナガンノン「それはかまわないが……。で、何とつける」
 健蔵は男に向かって、
「さあ、今からは私の弟子だ。名は剛空と名づけよう」
と言うではないか。言われた男は、それを聞くと、
「やったー」
と叫び、ぱっとカツラをなげすて、サングラスをはずした。あらわれたのはもちろん剛空の顔。
井「あれっ」
准「何や、お師匠さん、最初から知っとったんかいな」
健蔵「ほんとうにキョンシーならナガンノン様のそばにいられるわけがないじゃないか」
井「そう言われてみれば……」
 准八戒も井乃浄も剛空に再会できて喜んだが、幾つか疑問が残った。
准「何で本物のお師匠さんがわかったんや」
 剛空は、
「だから、よく注意してみてなくちゃだめなんだよ」
と言って健蔵の胸元を指さし、
「ほら、ネイティブ・アメリカンのお守りの形が少し違うじゃないか」
 言われてみると、確かにほんの少しだけ違っている。
准「よう気がついたなあ。よっぽどお師匠さんのことばかり見とったんやな」
 剛空はちらっと健蔵を見たが、その時健蔵も剛空を見たのでしっかり目があってしまった。
井「ところで、その偽物は誰なんだよ」
 そう言われた偽物の健蔵、にっこり笑うとさっと顔をなでたが、現れたのは見覚えのある太一真人の顔。
准「何や、あんさんやったんか」
太一「お久しぶりです」
井「なるほど、最初からこういう計画だったわけだ」
剛空「破門になっちまって、ナガンノン様のところに挨拶に行ったら、こうしようって言ってくれたんだ」
ナガンノン「おいおい、挨拶に来たんじゃなくて、怒鳴り込んで来たんだろう」
 剛空、笑ってごまかす。
太一「しかし、どちらが本物かは教えてなかったのです。簡単に見破られたので驚きました。お守りの形が間違っていたとは……。どうしてこう、いつも、つめが甘いのかな」
 准八戒が、
「そんなら、あの時、女に化けて出てきたのも……」
と言うと、太一真人は、
「あれは私ではありません」
と答えた。ナガンノンは急に真剣な顔になり、
「実は、その話を剛空から聞いて私も見に行ったのだが、確かに解屍法を使っていた。しかし、何者なのかはわからないのだ」
と言う。
 それを聞いた一同が、黙り込むと、おそるおそる国王が声をかけた。
「あのう、ちょっとよろしいでしょうか」
ナガンノン「どうしました」
国王「どうしましたって……。何が一体どうなっているのやら」
ナガンノン「いやあ、話せば長いことなので、簡単には言えません」
国王「そうですか。それにしても皆さん特別な力をお持ちのようですね」
ナガンノン「ええ、まあ」
国王「実は、ごらんの通り、この国ではここ数年日照りが続いて困っております。どうか、皆さんのお力で助けていただけないでしょうか」
 そう言われて一同顔を見合わせた。
健蔵「そうですね、来る途中に見ましたが、すっかり土地が乾いていますね」
准「そうやった、食いもんがなさそうやった」
 そこでナガンノンが、
「わかりました。うまくいくかどうかわかりませんが、やってみます」
と答えたので、健蔵が、
「どうするのですか」
と尋ねると、
「雨を降らせるのは龍神の管轄だ。土地の龍神に会ってみる」
と言う。
健蔵「龍神に会えるのですか」
ナガンノン「会えるとも」
井「龍神ってどこにいるんですかね」
ナガンノン「雲の上だ」
准「ちゅうことは、これから雲の上に行くと」
ナガンノン「そういうことだ」
准「そら、ちょっと……」
剛空「どうした」
准「高いとこ、嫌いやねん」
井「嫌いなんじゃなくて、怖いんだろ」
准「怖いんやなくて、嫌いなだけや」
井「それならここで待ってろよ」
准「けど、お師匠さんは行くんやろ」
健蔵「行くよ」
准「なら俺も行く」
井「無理しない方がいいんじゃないの」
准「行くっちゅうたら行くんや」
ナガンノン「まあ、とにかく行ってみよう。さあ、みんな私につかまって」
 その言葉に、健蔵がしっかりナガンノンにしがみつき、剛空は健蔵にしがみつき、井乃浄、准八戒、太一真人もそれぞれナガンノンにつかまった。
ナガンノン「行くぞ」
 その言葉とともに、ヒューヒューと風を切る音が聞こえ、たちまち雲の上の屋敷が見えてきた。下界は夜だというのに、雲の上はぼんやりと明るい。
 ナガンノンは門の前におり立つと、慌てて出て来た小役人に声をかけた。
「私はおサカ様のところのナガンノンと申します。こちらの龍神にお目にかかりたい」
小役人「龍神様は、ただいま寝ておられます」
「ご病気ですか」
「そういうわけではありませんで」
「何か事情がおありのようですね」
「事情というほどのことではないのですが」
 そこでナガンノンが尋ねてみると、数年前に赴任してきた新しい龍神が寝てばかりいてちっとも仕事をしないのだという。
「もちろん、天帝様からの文書は差し上げているのですが、ろくにご覧にならないのです。起きている時は、何か食べるかマンガを読むかで……」
と、小役人はほとほと困り果てた様子。
ナガンノン「どうも、捨てておけないようですね。とにかく会ってみます」
と言うと、どんどん中へ入っていった。健蔵達も続いて入ると、大広間の奥に大きな寝台があった。誰か寝ている様子。
 ナガンノンが、ついてきた小役人に、
「起こしてもらえませんか」
と言うと、小役人、首を振って、
「それが、龍神様を起こす、というのがどうにもできないことでして。いくらやってみても起こすことができないのです」
 そこで一同が寝台に近づいてのぞき込むと、さすがに龍神らしく、体の大きな男が熟睡していた。
剛空「さすが龍神ともなると体がでかいな」
准「ほんまやな。こんなでかい体しとったら、腹も減るやろ」
 ナガンノンが、遠慮がちに、
「もし、龍神様」
と声をかけたが、全く起きる気配はない。
井「どれどれ」
と井乃浄が揺すってみたが、何も感じていない様子。
准「よう寝とるなあ」
 准八戒も一緒に揺すってみるが、熟睡は変わらない。
 じっと龍神を見ていた太一真人、何かはっと気づいたらしく、
「もしかすると」
と言うと、龍神に近づき、ぱっと寝間着の前をはだけ、龍神の胸をむき出しにした。
 それには居合わせた皆がびっくり。
 太一真人は一体何をするつもりなのか、それは次回で。