V遊記

第22回

 さて、強風が過ぎた後、目を開けてみると、なんと国王の隣には健蔵が二人。
井「あれっ」
准「どうなっとるんや」
井「お師匠が二人いる」
准「お師匠さん、双子やったんか」
井「そんなわけねえだろ」
 祭壇の上の二人の健蔵も驚いて見つめ合っている。国王は二人の顔を見比べているが、全く同じで区別がつかない。
国王「これは、お坊様の法力か何かで……」
 二人の健蔵は同時に国王の方を向き、
「違います」
と言うと、互いを指さし、
「これは私の偽物です」
と言った。
 国王は健蔵の連れの井乃浄と准八戒を見たが、こちらの二人も驚きあきれているのを見て、為すすべ無し、という状況になってしまった。
 井乃浄も准八戒もしばらく呆然としていたが、
井「こんな時、あいつがいてくれたらなあ」
准「あいつって、誰やねん」
井「ほら、こうやって困っていると、ちょっと離れた所から……」
准「ちょっと待ってえな。いくら、やればできるいうても、これは見分けつかへんで」
 その時、
「呼んだかい」
と空中から声がして、ナガンノンが姿を現した。
准「何や、この人のことやったんかいな」
井「ほかに誰がいるんだよ」
 ナガンノンが祭壇に降り立つと、二人の健蔵は、同時に、
「ナガンノン様」
と叫んで抱きつかんばかりの勢いでそばに寄った。ナガンノンは二人を抑え、にこやかに国王に挨拶したが、国王は重なる怪異に口をあんぐり開けたまま言葉も出ない。
 井乃浄と准八戒はナガンノンの後ろに立ち、井乃浄が、
「どうです、どっちが本物かわかりますか」
と尋ねたが、ナガンノンは、
「うーん、わかりづらいっ」
と言うと、腕組みして二人の健蔵を見比べている。
 片方の健蔵が、
「私が本物です」
と言えば、もう片方も、
「私こそ本物です」
と言う。
 そこでナガンノンは二人にいろいろと質問してみた。
 まず右の健蔵へ、
「なぜ旅をしているのだ」
と尋ねると、
「おサカ様とナガンノン様が夢でお導きくださり、Vというものをいただきに参ります」
と言う。左の健蔵に、
「国を出る時、どうだった」
と尋ねると、
「マッチ皇帝のお許しをいただき、馬も賜りました」
と答える。
 どうして准八戒と井乃浄が一行に加わっているのか、なぜ剛空がいないのかなど、あれこれ尋ねたが、どちらも、本物でなくては知らないことを答える。
 そうこうしているうちに日は沈み、ナガンノンの体から放たれる光が広場を照らすだけになった。広場に集まった人たちは、これから一体どうなるのかと、息を殺して見守っている。
 しばらく考えていたナガンノン、二人の健蔵を交互に見ながら、
「どうも私では見破れないようだ」
と言う。そこで井乃浄が、
「おサカ様を呼んでくるんですか」
と言うと、ナガンノンは、井乃浄に、
「それには及ぶまい」
と言い、二人の健蔵に向き直って、
「剛空が、故郷へ帰ると言って挨拶に来たが、三人では心細かろう。新しい弟子を授けようか」
と言った。
准「弟子より先に、ほんまもんのお師匠さんがどっちなのか教えてえな」
 ナガンノン、それには答えず、二人の健蔵に、
「実は、弟子入りの志願者がいるのだ。本物が見分けられたら弟子として健蔵につけてやりたいのだが、それでいいか」
と言った。
 それを聞いた二人の健蔵、声を揃えて、
「ナガンノン様のおっしゃる通りに致します」
と答えた。
井「だって、ナガンノン様にも見分けがつかないのに、弟子入り志願者ごときに見分けられるわけがないでしょう。第一、お師匠に会ったことだってないんだろうし」
ナガンノン「会ったことがなくても、本物が見分けられるようでなくては弟子の資格はない」
 これには准八戒と井乃浄が慌てた。
准「ちゅうことは」
井「見分けられない俺たちは」
 そこでナガンノン、にっこり笑い、
「心配するな、私にも見分けられないのだ。どうせ弟子入り志願者にも見分けられまい。断る口実にするだけだ」
井「そいつを断っても、どっちが本物かわからないのは困ります」
ナガンノン「私も困る。ま、それは後で考えよう。では、志願者をここへ呼ぶぞ」
 一同が見守ると、ナガンノンは空中へ目をやり、
「ここへ」
と声をかけた。するとその声に応じて、一片の雲が飛んできたが、その上には、リーゼントでサングラスに革ジャンの男が乗っている。
 男は何も言わずナガンノンの隣に降り立ったが、どこか動作がぎくしゃくしている。
ナガンノン「実はこの男はキョンシーなのだ」
准「あんときの城ちゅう人と同じかいな」
ナガンノン「そうだ」
井「なるほど、夜になったから呼んだわけですか」
准「けど、キョンシーが仲間になったら、昼間はどうすんねん。夜しか動けんのやろ」
ナガンノン「その時には、みんな昼間寝て、夜に旅をするんだな」
准「そんな無茶苦茶な」
 呆れる准八戒を井乃浄がつつき、小声で、
「どうせ仲間になんかなりっこねえよ」
と言うと、准八戒も、
「そうやったな」
と、一安心。
井「で、お名前は」
と尋ねると、ナガンノンは一瞬言葉に詰まったが、
「そうだな、今は訳あって本名は言えないのだ。とりあえず、ハードボイルド・キョンシーとしておこう」
准「何やそれ」
ナガンノン「なんなら、体当たりキョンシーでもいいぞ」
准「そらあかん。ハードボイルドで行きましょう」
 さて、ナガンノンが、男に向かって、
「さあ、本物の健蔵を見分けることができたら、弟子にしてくれるそうだ。やってみるがいい。ただし、はずれたら弟子入りはあきらめるのだぞ」
と言うと、男は黙って頷き、二人の健蔵の前に立った。どちらの健蔵もじっと男を見たが、右側の健蔵は、じっと男の顔を見てかすかに微笑んだ。
 男はしばらく二人を見比べていたが、やがて黙って右側の健蔵を指さした。
ナガンノン「そちらが本物だというのか」
 男は黙って頷く。そこでナガンノンが、指さされた健蔵に向かって、
「この男はお前が本物だと言っている。ほんとうに本物なら、この男を弟子とすることになるが、それでよいのだな」
と言うと、指さされた健蔵は、
「はい、弟子にいたします」
と答えた。
 さて、指さされた健蔵が本物なのかどうか、それは次回で。