V遊記

第21回

 さて、剛空をどうするか尋ねられた健蔵、
「これが危難なら、もうナガンノン様がおいでになるはずだ」
と言って、周りを見回した。しかし、ナガンノンがあらわれる気配はない。
 その様子に、剛空、
「またナガンノンか……。お師匠様、俺を信じてください。ナガンノンが来なくてもいいじゃないですか」
 健蔵は剛空を見つめ、
「なぜ、そうナガンノン様のことを悪く言う」
と尋ねた。
剛空「俺は……。ナガンノンなしでも俺が守ってみせます」
井「ほら、やっぱり焼き餅だ。こいつ、ただの焼き餅で女を殺したんだ」
剛空「違う! あれは妖怪だった。間違いない」
井「でも、どう見てもただの女だ」
剛空「だから、お前たちにはわからないんだよ。よく目を開けて注意して見てなくちゃだめなんだ」
井「何だよ、目が細くて悪かったな」
 井乃浄が剛空につかみかかったので、あわてて准八戒が間に入った。准八戒は、すがるように健蔵に声をかけた。
「お師匠さん、何とかしてえな」
 健蔵はしばらく剛空を見つめ、こう言った。
「わかった、もういい。あとは三人で行く」
剛空「三人でって……」
健蔵「お前は故郷の山へ戻れ」
 これには准八戒もびっくり。
「そんな、あとは剛空なしかいな」
健蔵「ナガンノン様のことを悪く言うものとは一緒にいたくないのだ」
 井乃浄も意外な言葉に驚いたが、
「そうですよね。ただの焼き餅で女を殺すようなヤツとは一緒にいられませんよね」
 剛空は慌てて健蔵の前に駆け寄り、
「そんな。あれは妖怪だったんです」
 健蔵が口を開く前に井乃浄が、
「いいや、女だ。女を殺すようなヤツは許さねえ」
准「なんやそれ、男だったら殺してもええんかいな」
 そこで健蔵が口を開き、
「ただの焼き餅であろうがなかろうが、人を殺していいということにはならない。もう顔も見たくない」
と言って、横を向いた。剛空は健蔵が乗った馬にすがりつき、
「そんな、勘弁してください。一緒に行かせてください」
と言ったが、健蔵は冷たく、
「ぐずぐずしていると呪文を唱えるぞ」
と言って、剛空の頭の緊錮帽を見た。その様子で本気だと分かり、剛空はおとなしく後ろへ下がった。うなだれたまま筋斗雲を呼ぶと、それに乗り、井乃浄と准八戒に向かって、
「お師匠様を頼む」
と言い残し、飛び立っていった。
 それを見送った准八戒、
「お師匠さん……」
と声をかけたが、健蔵は最後まで言わせず、
「行こう、おサカ様の所へ」
と言って馬を進めた。しかたなく井乃浄と准八戒はそのあとに続く。
 こうして三人となった一行は、とにかく西を目指して旅を続けた。一人欠け、気持ちが沈みがちになる上、目端の利く剛空がいないと食事に事欠くこともあり、特に准八戒はイライラのし通し。歩きながら、准八戒が井乃浄に話しかけた。
准「やっぱ三人じゃ無理やろ」
井「無理でも行くしかねえだろ」
准「なんか剛空がおらんとメシも食べれないし」
井「食べれない、じゃなくて、食べられない、だろ」
准「またそうやって突っ込む。少しほっといてえな」
井「お前から話しかけてきたんだろ」
 八戒、今度は健蔵に向かって、
「どう思います、お師匠さん」
と尋ねた。健蔵はわざと無表情に、
「三人で行くしかない。それが嫌なら帰れ」
准「そう言われても……。何でこんなことになったんやろ」
井「そりゃあ、剛空が」
と言いかけて、井乃浄は健蔵の顔をうかがい、
「あいつが、女を殺したりしたからだ」
准「けど、あれは女やのうて妖怪が化けとったんやろ」
井「でもどう見ても人間の女だったぜ」
准「解屍法や言うとったやん」
井「どうもその解屍法ってのがわからねえ」
准「妖怪だけやのうて、仙人もできるんや。死体が残るから死んだように見えるけど、本体はどっか行っとんのや」
井「ほう、仙人もできるのか」
准「屍解仙ちゅうて、死んだように見せかけて、仙人になって天に昇ったりするらしい。死体があるから棺桶に入れて墓に埋めても、しばらくして開けてみると棺桶が空っぽになっとたりするそうや」
井「で、お前の見るところ、こないだのは確かに解屍法だったのか」
准「それはわからん。この目で見たことはないんや。俺にも人間にしか見えんかった。それにしても……」
井「それにしても、何だよ」
准「腹減った……」
井「腹減ってんのはお前だけじゃねえんだよ」
准「やっぱ剛空がおらんと」
井「またそれかよ。やめろよ。俺が何とかしてみせる」
准「えらい意気込みやな。何でそう頑張れるんや」
井「そりゃあ、お師匠がいるから。お師匠がいるから、まだ行ける、石にかじりついても」
准「何言うとんのや。こないだは女につられて旅をやめる言うとったくせに」
井「うるせえな、お前こそいつまでもそんなこと言ってんじゃねえよ」
准「そやかて」
健蔵「やめなさい、二人とも」
 こうしてそれぞれに沈んだ気持ちを抱えて三人は西への旅を続けた。
 しばらくは緑の野山が続いていたが、数日後、夕方になって、ある町が見えてきた。あたりの土地はやけに赤っぽく、夕日のせいなのかと思ったが、よく見ると、乾いた土が赤茶色の地面を見せているのだった。雑草も生えないほど乾ききっている。立ち枯れしている木が目につくので、もとから乾いた土地だったわけではないらしい。畑や田んぼらしいものもあるが、稲も野菜も枯れてしまっている。
井「このあたりは日照りらしいな」
健蔵「これでは、野菜が育つまい」
准「野菜が育たんちゅうことは、食べ物がないっちゅうことに……」
井「当然そうなるな」
准「そら困る」
 などと言いながら進んでいくと、町が見えてきたが、その町の手前の広場に大勢の人が集まっている。
准「なんやろ」
井「お祭りじゃないか」
准「お祭りやったら屋台で何か食べよ」
健蔵「お祭りができるような様子には思えないが……」
 近づいてみると、広場の中央に祭壇があり、それを囲んで人々が両手を合わせている。
准「あ、こら雨乞いや。前に見たことあるで」
健蔵「よほど雨不足で困っているんだろう」
 健蔵も馬から下りて広場に入り、雨乞いの儀式を見物することにした。
 人々は、僧侶姿の健蔵を見ると、道をあけ、中央に入れてくれた。中央の祭壇では、国王が、礼服を着て祈っていたが、健蔵を見ると、
「お坊様、雨乞いのお経をご存知ないでしょうか」
 それを聞いた健蔵、藁にもすがる気持ちらしいと思い、むげにもできず、おサカ様とナガンノンに祈ってみようと、
「雨乞いのお経は知りませんが、私も祈ってみましょう」
と答えた。それを聞いた国王、自ら健蔵の手を引いて祭壇に上がらせ、自分の隣に立たせたが、その時強い風が吹き付け、砂を巻き上げたので、そこに居合わせた人々は誰もが一瞬顔を覆った。ところが、風が吹き過ぎて目を開けた人々はびっくり仰天、誰もが我が目を疑った。
 一体何が起こったのか、それは次回で。