V遊記

第19回

 さて、井乃浄に、巨乳大王の知り合いかと聞かれた男は、何と、
「俺がその巨乳大王だ」
と答えた。
井「……」
 皆が、驚いて男を見ていると、
男「何か俺に用があるのか」
 一行はしばらく黙っていたが、
剛空「よかったな、井乃浄。会うことができて」
准「巨乳大王の相手は任せる。俺ら、先に行かしてもらうわ」
 井乃浄はあきれて男を見るばかり。剛空と准八戒は健蔵の乗った馬を引いて歩き出そうとしたが、健蔵が男に声をかけた。
「なぜ巨乳大王と名乗っているのですか」
男「別に自分から名乗っているわけじゃない。ただそう呼ばれているだけだ。もともとは、山の入り口に住んでいたから山口の達と呼ばれていた」
井「それが何で巨乳大王になったんだよ」
達「昔、天界の官職予備校にいる時に……。いや、そんなことはどうでもいい。俺は山賊だ。金目のものは置いて行け」
井「あれっ、俺も官職予備校にいたんだぜ」
達「え……。じゃあ、お前も人間界に生まれ変わってきたのか」
井「俺は生まれ変わったんじゃない。そのまま落とされた」
健蔵「何か事情がありそうですね。聞かせてもらえませんか」
 達は少し考えて、
「いいだろう。何か縁がありそうだ。俺の家に来い」
と言うと、くるりと後ろを向いてどんどん歩き始めた。一行はすぐに後を追ったが、離されないようにするには急ぎ足になるしかなかった。
井「おい、お前ずいぶん足が速いな」
達「こんな山に住んでるからな。もともと足には自信があるんだ。二十四時間ぶっ通しで百キロ走ったこともある」
 しばらく歩いてやっと達の家に着いた。一人暮らしにしては大きな家だった。
達「もとは金持ちの屋敷だったらしい。ずっと空き家だったんで俺がいただいたんだ」
剛空「どうしてこんな山の中に建てたんだろう」
達「さあな」
 達は一行を中に入れると、酒壺を出し、簡単なつまみを並べて、
「さあ、やってくれ。どうも今日初めてあったようには思えないんだ。あんたたち、一体何者なんだ」
 そこで健蔵が、自分たちが旅をしているわけを話し、
「達さんは、どうして人間界へ来たのですか」
と尋ねた。
達「まあ、話せば長いことながらってやつでね。お、酒が切れちまった。腹も減ってるだろう。ちょっと待ってな」
 酒が飲めず、つまみでは腹一杯にならない准八戒は期待に目を光らせた。
達「けど、あんまり期待しないでくれよ」
と言うと、達は酒壷を持って部屋を出ていき、扉を閉めた。閉まった時のガチャリという音が気になった剛空が扉を開けてみようとすると、鍵がかかっている。
剛空「どういうことだろう」
准「オートロックっちゅうやつかいな」
剛空「それは中からは開いて外からは開かないんだろう」
 健蔵が不安な気持ちになった時、扉の反対側から聞き覚えのある声がした。
「やっとつかまえたわ、坊やたち」
 一行が声のした方を見ると、妖艶な笑いを浮かべながらあの聖皇が立っていた。剛空は急いで健蔵の前に立ち、
「なぜここにいるんだ」
と言って如意棒を構えた。准八戒と井乃浄もその両脇に立つ。
「わたしはね、ねらった獲物は逃がさないのよ。さあ、おいで」
と言って聖皇が妖しく指をくねらせて手招きすると、健蔵の体は、本人の意志に反して前へ歩き出した。剛空たちは何とか三人がかりで健蔵を引き留める。健蔵はもう真っ青。
剛空「やめろ」
聖皇「やめないわ。なんなら、帽子の坊やでもいいわよ」
剛空「いやだ」
 聖皇は手招きをやめて一行をなめるように見ると、
「じゃあ、そっちの子豚ちゃんは? ちょっと見ないうちにだいぶ大人の男っぽくなってきたし」
と准八戒を見て言った。
准「俺もいやや」
 健蔵の動きが止まったので一行は少しはほっとしたが、健蔵の前に立って身構えるのが精一杯。
聖皇「三人とも嫌だって言うなら、いっそのことまとめて食べちゃおうかしら」
 そこで井乃浄、
「あのー、四人なんですけど」
聖皇「あら、あんたこないだもいたわね」
井「いたさ」
聖皇「あんたは逃がしてあげる。出ていっていいわよ」
 これには井乃浄、嬉しいような嬉しくないような……。
聖皇「みんなまとめて私のお城につれていってあげる。ゆっくり楽しませてもらうわよ」
 そう言って聖皇は両手を広げたが、びくっとして身をよじらせた。背中に手を回し、服をバタバタさせている。四人が何事かと見ていると、聖子の足下にボタッと落ちたものがある。よくよく見れば、それは大きな蛇。
聖皇「きゃー、何これ」
 今度は青くなった聖皇の胸のあたりがもぞもぞ動き出す。聖皇が服をバタバタさせるとまた蛇が下に落ちた。
聖皇「いやーっ」
 四人は訳が分からず見守るばかり。聖皇の服の下には次々に蛇が現れるらしく、聖皇は半泣きになって服をバタバタさせている。
聖皇「もう、嫌っ。この次は逃がさないわよ」
 そう言い捨てて、聖皇は姿を消した。剛空が、聖皇のいたところへ行ってみると、蛇の姿はない。剛空が首をかしげた時、
「ナガンノン様」
と言う健蔵の声がした。剛空が振り向くとナガンノンが健蔵の隣に立っている。
ナガンノン「どうだ、今度は退治してやったぞ」
健蔵「ナガンノン様が助けてくださったんですね」
ナガンノン「その気になればあんな女、やっつけるのは簡単さ」
井「それにしては、ずいぶん原始的な……」
ナガンノン「ま、いいじゃないの。助かったんだから」
健蔵「ありがとうございました」
 その時、扉が開いて達が入ってきた。剛空は如意棒を構えた。
達「ちっ、失敗か。たんまり礼が貰えるはずだったんだけどな」
剛空「俺たちを待ち伏せしてたのか」
達「まあな。こうなったからには、逃げも隠れもしない。好きにしな」
「この野郎」
と言って井乃浄は殴りかかろうとしたが、健蔵がそれを押しとどめ、
「どうも気になります。天界にいたというのは嘘だったのですか」
達「それは本当だ」
ナガンノン「よかったら、話を聞かせて貰えないか」
 それを受けて、達は、椅子に腰を下ろすと、身の上を話し始めた。
達「俺もね、もとはと言えば天界でいい仕事に就きたいと思っていたのさ。それで官職予備校に入っていた。それで大きい仕事を紹介されてさ。それが人間に生まれ変わる仕事だったんだ」
准「生まれ変わって何せい言われたん」
達「それがはっきりしなくてさ。ただ体を使って何かやれって言うだけなんだ」
ナガンノン「わかりずらい仕事だな」
井「あれ、それって五人一組で、ってやつじゃないか」
達「よく知ってるな。どこで聞いたんだ」
 そこで井乃浄は、キョンシーになった城の話をして聞かせた。
達「そうだったのか。音楽の仕事と言われていたのか。俺とは違うな」
井「あんたは音楽はやらなかったのかい」
達「やってみたこともあるけど、体を使うことの方が好きでね」
健蔵「達さんも、一緒に生まれ変わった仲間には会えなかったんですね」
達「いや、俺は一人だけ会えた」
 さて、巨乳大王・達が会えたというのは誰か、それは次回で。