V遊記

第18回

 さて、健蔵がナガンノンに何を尋ねたかというと、
「先日のキョンシーはどうなったのでしょうか」
ナガンノン「二人とも天界にまた生まれ変わったそうだ」
おサカ様「今度は天界で結ばれる。あの二人は真の愛に出会うためにも別れを二度味わわなくてはならなかったのだ」
健蔵「そういう定めだったのですか」
 おサカ様は頷き、
「そうだ。そしてお前たちは死んでもなお相手を恋しく思う美しい気持ちに触れなくてはならなかったのだ」
剛空「そうすると、あの二人は俺たちのために用意されていた、ということですか」
おサカ様「そういうわけではない。ついでに出会ったもらっただけだ」
剛空「じゃあ、ここで試されるのも、それが必要だったんですか」
おサカ様「どうしても必要、というわけではないが、一度は経験した方がいいだろう」
剛空「しかし、試すっていうのは気に入らないね」
おサカ様「こうでもしないと私の出番がない」
准「そりゃあんまりや」
 ナガンノンはただ笑っている。
おサカ様「では、私たちは帰るぞ」
ナガンノン「忘れるなよ、人は誰でも光になれるのだ」
 その言葉が終わると共に、おサカ様とナガンノンの姿は消えた。周りを見回すと、広々とした荒野の中の崩れ果てた屋敷跡にいるのだった。傍らには割れた額が転がっており、かろうじて「須磨府」という文字が読みとれた。
健蔵「井乃浄はどうしよう」
剛空「あんな奴は放っておいて出発しましょう」
 それを聞いた井乃浄が上から声をかける。
「おーい、助けてくれよう」
剛空「木のてっぺんはどうだ、いい眺めだろう」
井「そんなこと言わないで下ろしてくれえ」
 健蔵はその姿を見ておかしくもあり気の毒でもあり、
「剛空、おろしてやってくれ」
剛空「やっぱり連れて行くんですか」
健蔵「うん」
 そこで剛空は、
「ほんとダメ男だよ」
とつぶやくと、筋斗雲を呼んで梢まで飛び、井乃浄を下ろしてやった。
井「ああ助かった。どうなることかと思ったぜ」
准「いい薬になったやろ」
健蔵「さあ、行こう」
 こうしてまた旅を続け、昼には歩み、夜には宿りの繰り返し。
 やがて前方に山が見えて来たところで茶店で休むと、店の主人が言うには、
「この先の山には巨乳大王という山賊がいるそうです。お気をつけなさいませ」
井「巨乳? いいねえ。会いたいもんだ」
准「けど山賊なんやろ」
井「巨乳なら山賊でも海賊でもいいさ」
 その茶店をでてしばらく進むと、険しい山の麓についた。山を越えるには、一本道を行くしかないらしい。麓で一休みしていると、五、六人の男が山を下りてきた。服装からすると商人のようだが、何も荷物を持っていない。
准「なんやろ、慌ててるみたいやな」
 商人たちは健蔵一行の前を通ったが、よほど急いでいるらしく、声をかけようともしない。井乃浄が、
「そんなに慌てて、何かあったのかい」
と尋ねると、一人が、足を止めずに、
「山賊がいるぞ」
と言い、もう一人がこれも足を止めずに、
「巨乳……」
とだけ言って通り過ぎていった。
剛空「例の山賊らしいな」
井「巨乳だ、巨乳」
准「襲われたらどないするんや」
井「巨乳にか? 大丈夫だっちゅーの。ぜひとも襲ってもらいたいね。さ、行きましょう、師匠」
 井乃浄は山賊にあってみたくてたまらないらしい。健蔵が剛空の顔を見ると、剛空は笑って頷いた。
 さて、一行が山を登っていくと、道はどんどん狭くなり、両側の木の枝が道にかぶさってトンネルのようになってきた。薄暗い道を歩いていくと、前方に人影が現れた。薄暗いのではっきりは分からない。
井「お、あれが巨乳かな」
准「なんかけっこうがっちりしとるな」
井「そりゃあ巨乳だもん、太めに見えることもあるだろう」
 用心しながら進んでいくと、その姿がはっきり見えるようになってきた。相手はどう見ても男である。
井「なんだ、巨乳大王じゃないらしい」
 井乃浄はがっかりして興味を失ったが、剛空は用心している。
剛空「俺たちを待ってるようだな」
准「用があるんやろか」
井「無視して行こうぜ。早いとこ巨乳にお目にかかりたい」
 一行がすぐそばまで行くと、男はにやりと笑って腰の刀をすらりと抜いた。
「俺がいるのによく逃げないでこっちへ来たな。感心な奴らだ。命は助けてやろう、金目のものは全部置いて行け」
准「あれ、やっぱり山賊やで」
井「別口の山賊か」
剛空「残念だったな、お目当ての山賊に会えなくて」
 一行、相手には関心を示さず、わきをすり抜けていこうとする。相手は怒って、
「何だよ、おい。俺の話を聞いてなかったのか」
井「それどころじゃないんだよ。会いたい人がいるんだから。どいてくれ」
男「このやろう」
 男は刀を振り上げ、井乃浄に斬りかかった。井乃浄は手にした宝杖でそれを受け止めると、
「邪魔なんだよ。どけ」
と怒鳴りつけた。
男「命が惜しくないのか」
井「それはこっちのせりふだ」
男「ふざけるな」
 こうして男と井乃浄の戦いが始まったが、剛空は、
「それじゃ、その男の相手は頼むぜ」
と言うと、健蔵の乗った馬を引いて歩き出した。准八戒もそれに続く。
男「おい、ちょっと待て」
井「俺だけ置いて行くなよ。こんな奴に用はないんだ」
男「こんな奴とは何だ」
井「お呼びじゃないんだよ」
 剛空たちは男と井乃浄に構わずどんどん先へ行ってしまった。
井「見ろ、置いて行かれちまったじゃねえか」
男「俺のせいじゃない」
 二人は戦いながらも一行の後を追って行くが、何分にも道が狭く、木の枝が張り出しているので刀を振るうにも杖を回すにも不自由で、思うように動けない。
井「畜生! 何でこんな目にあわなくちゃならないんだ。ほかの山賊に会いたかったよー」
男「うるさい! この山の山賊は俺一人だ」
井「え? じゃあ、別の山かな」
男「一体何を言ってるんだ」
井「俺が会いたいのは巨乳大王なんだよ」
男「何?」
 井乃浄は、男が驚いて一瞬動きが鈍ったところをのがさず、宝杖をえいっと突き出したが、男は間一髪でかわし、茂みに飛び込むと姿を消した。
井「ちぇっ」
 井乃浄は急いで一行の後を追い、すぐにおいつくと、
「逃がしちまったよ」
准「何や、勝てんかったんか」
井「勝てねえ相手じゃねえよ。ただ、ほかのことに気を取られて……」
剛空「ほかのこと?」
井「巨乳大王のことだよ」
 すると突然がさっと音がして、前方に先程の男が飛び出した。
男「巨乳大王に何の用だ」
 一行は驚いたが、向かってくる気配はないので、ひとまず武器を構えたままで相手の様子を見た。
男「何の用だ、と聞いているんだ」
井「お前、巨乳大王の知り合いか」
 男はこれに何と答えたか、それは次回で。