V遊記

第16回

 さて、一行を屋敷の中に迎え入れた女は、奥の部屋に案内し、席に着かせると、一度引っ込み、それから若い娘を四人連れてきた。一番年上らしい女が、
「ようこそおいでくださいました。私がこの家のあるじです」
と挨拶し、
「わたくしども、料理が好きなのですが、召し上がっていただくお客様がなくて物足りずにおりました。せっかくの機会ですから、腕を振るわせてください」
と言う。
准「ありがたい!」
「どんなものがお好きですか」
准「うまくて腹一杯になるもんなら何でもええで」
 准八戒の遠慮のなさに健蔵は少し恥ずかしくなったが、あるじはかえって嬉しそうにほほえみ、わきにいた四人に向かって、
「おいしくてお腹いっぱいになるもの、お願い」
と言うと、四人は、
「かしこまりました」
と言って奥へ消えた。
 女あるじは、お茶を勧めながら、
「西の方へおいでになるそうですね」
健蔵「はい、あるものを取りに参ります」
女「まあ、お経ですか」
健蔵「いえ、お経ではありませんが、私にとっては大切なものです」
女「あら、何でしょう。後でみんなに聞かせてくださいね」
と言うと、剛空に向かって、
「どうぞ、帽子を脱いでおくつろぎください」
 剛空は頭の緊錮帽にちょっと手をやると、
「ちょっと訳があって、脱ぎたくても脱げないんだ」
女「まあ、どんな訳ですの」
剛空「それは言えない」
女「教えてくださいな」
剛空「いやだ」
 女あるじ、これにはちょっと困り、今度は井乃浄に向かって、
「長い旅なんですか」
と尋ねた。女に声をかけてもらいたくてうずうずしていた井乃浄、
「えへへ。まあね。でも、俺にとっちゃあ、どうってことないね」
といきがってみせ、
「こちらは女の方ばかりなのかい」
と尋ねた。女は、
「はい。五人姉妹ですの」
と答え、すぐに准八戒に顔を向けたので井乃浄は少しがっかり。
女「そちらの方は、だいぶお疲れのようですね」
准「疲れもあるけど、腹が減って死にそうなんや」
女「まあ、それは大変。でもすぐにごちそうが来ますからね。たくさん召し上がってくださいな」
 准八戒は、
「期待しとるで」
と力無く答えた。
 するとそこへ、四人の娘が料理を運んできた。とたんに准八戒は元気になり、
「うひゃー、早いやん」
と目を丸くする。四人が大きなテーブルいっぱいに料理の皿を並べると、女あるじは、
「皆さんの旅のお話を聞かせていただきたいので、一緒にいただいてもよろしいでしょうか」
と尋ねた。健蔵が答える前に、井乃浄が、
「もちろんですとも。ね、師匠」
と答えてしまった。剛空は井乃浄をにらんだが、井乃浄は気にしない。健蔵は、
「もちろんです」
と答え、一同席について食事となった。
 女たちは旅のことをあれこれ聞いたが、もっぱら井乃浄が一人でおもしろおかしく誇張して話して聞かせ、女たちを笑わせては悦に入っていた。健蔵はいつものように多くは食べず、肌によいもの、カロリーの低いものを選んで食べ、剛空は一つずつ味見をするように食べていた。井乃浄は注がれるままに酒も飲み、大いに語り多いに食べ、准八戒はほとんど言葉を発することなく手当たり次第に平らげていた。
 女の一人が、
「でも、皆さんの目的地まであとどのくらいなのか分からないんじゃ大変ですわね」
と尋ねると、井乃浄は、
「そりゃあ、大変ですよ。しかし、一度こうと決めた以上、よほどのことがなければそれを貫き通すのが男でしょう」
と胸を張って答え、それを聞いたほかの娘が、健蔵に向かって、
「頼もしいお弟子さんをお持ちですね」
と言うと、健蔵、
「はい、皆に助けられています」
と答えた。すると、またほかの女が、
「でも、三人もお弟子さんが必要なのですか」
と尋ねた。
健蔵「三人の弟子を持つ、というのはわたしが決めたことではありません。こうなることに決められていたのです」
女「それなら一人ぐらい欠けてもかまいませんよね」
健蔵「欠ける、と言いますと」
女「うちは女所帯で何かと不用心なのです。男手があったらと思ったことが今まで何度もありました」
井「そうですよね、男手は必要ですよね」
女「特に、こちらの井乃浄様のような方がいてくださったら」
井「いや、は、は。照れるなあ」
 井乃浄はまんざらでもない様子。剛空はまた井乃浄をにらんだが、井乃浄は全く気づいていない。
 女あるじは准八戒の食べっぷりを見て、
「それに、こうしておいしそうに召し上がってくださる方がいると、料理の作り甲斐もありますしね」
と言った。准八戒は自分が話題になったので驚いたが、何も言わず次の皿を引き寄せる。
女あるじ「どうせなら皆さんがこのままここにいてくださればうれしいのに」
ほかの女「こちらは五人だから、一人余っちゃうわね」
 これには健蔵、驚いた。
女あるじ「およしなさい、はしたない」
女「あら、姉さんだってまんざらじゃないんじゃない」
女あるじ「わたしはもうそんな年じゃないんだから」
女「じゃあ、ちょうどいいわ。姉さんを除いて四人ずつね」
女あるじ「だから、そんな話はおやめなさい」
 思いがけぬ展開に健蔵は言葉もない。剛空は箸を置いて様子を見ている。准八戒だけは食べ続け、井乃浄はうれしいような困ったような顔をして女たちを見ている。
 そこでほかの女が話を変え、
「あら、健蔵様の首にかけてある飾り、とてもすてきですね」
健蔵「これはナガンノン様という方にいただいたお守りです」
「ナガンノン様ってどんな方ですの」
 健蔵は話題がナガンノンのことになったので元気になり、
「とても素晴らしい方です。いつも光っていらして、私たちを助けてくださいます」
女「お弟子さんだけではなくて、そのナガンノン様も助けてくださるのですか」
健蔵「はい。誰よりも心強い味方です」
 剛空が健蔵を見たが、健蔵は気づかない。
健蔵「ナガンノン様は、とても美しい方で、すぐれた力をお持ちです。いつも見守っていてくださいます」
女「まあ、一度お目にかかってみたいわ」
健蔵「私もいつも会いたいと思っています」
 そうこうしているうちに夜も更け、一同休むこととなった。健蔵一行は広い寝室に案内された。寝台はすでに四つ用意してあり、ゆっくり寝ることができそうだった。
 化粧を落としている健蔵以外はすぐに寝台に横にはなったが、井乃浄は興奮していて、
「いやー、ここは天国だよな。ずっとここにいたいくらいだな」
などと言っている。
准「ほんやな。毎日あれだけ食えたら言うことないで」
井「お前は食うことしか考えられないのかよ。あんなきれいな女ばっかり四人でいるなんて、あーもう、たまんないね」
准「女がおっても腹は減るやん」
井「女がいなきゃ、飯は作ってもらえないだろ」
准「そらそうやけど、男が作ったもんでもうまけりゃそれでええ」
井「色気より食い気かよ。さっき、男手が欲しいって言ってたよな」
准「そうやった?」
井「聞いてなかったのかよお前。俺のことじーっと見て言ったんだぜ」
 それまでは黙って聞いていた剛空、それを聞くと寝台の上で体を起こし、井乃浄に声をかけたが、さて何と言ったのか、それは次回で。