V遊記

第15回

 道士に、なりたいものがある、と言われたナガンノン、
「何になりたいのだね」
と尋ねてみた。
道士「正義の味方です」
ナガンノン「正義の味方?」
道士「はい、わたしはそのために人間界に来たのですから」
ナガンノン「と言うと、もとはこの世界の人間ではないわけだ」
道士「はい、天界から来ました」
 この言葉には一同驚いた。井乃浄がまっさきに歩み寄って、
「俺も天界にいたんだぜ」
と言うと、准八戒も
「俺もや」
と隣に並ぶ。
 ナガンノン、井乃浄、准八戒に取り囲まれる形になった道士は、ちょっと驚いて、一歩下がった。
 ナガンノンが、
「恐れることはない、話を聞かせてくれ」
と言うと、道士は、そばにあった岩に腰掛けて話し始めた。
「元はと言えば、私は天界で官職予備校に入っておりました」
井乃浄「俺もだぜ」
道士「そうなんですか……。予備校で与えられた仕事が、人間界に転生することだったんです」
井「え……」
 道士とナガンノン以外は、キョンシーがいた場所に目をやった。
道士「私の仕事は、人間界で修行して、人間界の正義の味方になることでした。それで私は人間に生まれ変わってから、修行を積んだのです。もとが天界の者ですから、人間界で特別な法力を身につけるのは、そんなに大変なことではありませんでした。おかげで今は真人(しんじん)と呼ばれています」
井「やっぱりお前がキョンシーの邪魔をした何とか真人なんだな」
道士「邪魔をしたわけではありません。この祠堂に妖怪が近づかないようにして欲しいと頼まれただけです」
井「それが余計なことだったんだよ」
道士「……」
ナガンノン「まあまあ、それで、何真人と呼ばれているの」
道士「太一真人(たいいつしんじん)です」
 ここまで黙って聞いていた剛空は、ふと思いついて尋ねてみた。
「一人きりで生まれ変わってきたのかい」
道士「違います。五人一緒でした」
剛空「五人……」
 ナガンノンと道士以外はキョンシーの城がいたところに目をやった。
井「五人とも正義の味方になるように言われてたのか」
道士「それが……。どうもよく分からなくて」
准「何がわからんのや」
道士「全然違うことを言われて生まれ変わったのもいて……」
ナガンノン「と言うことは、一緒に生まれ変わった仲間に会ったんだね」
道士「はい……。しかし、正義の味方の話なんか聞いたこともないと言われました」
准「全員におうたんか」
道士「一人だけです」
井「と言うことは……」
 そこへ健蔵が進み出た。
「一緒に生まれ変わった人に、城という人はいませんでしたか」
道士「いました! どうして知っているのですか」
 そこで井乃浄が、キョンシーの城の話をして聞かせた。
道士「何てことだ……」
 道士は城が着ていた服が転がっているところへ歩み寄り、その服に触れ、涙を落とした。
「仲間の邪魔をしていたなんて」
 その様子に、一同は言葉を失った。
 しばらくして、道士は立ち上がり、
「どうしてこんなことになるのか、私には分かりません。しかし、私は正義の味方の道を目指します。これで失礼します」
と言って、立ち去った。
 それを見送って、健蔵がナガンノンに尋ねた。
健蔵「あの二人のキョンシーはただ消えてしまったのでしょうか」
ナガンノン「さあ」
井「そんな無責任な」
ナガンノン「キョンシーについてはおサカ様に聞いておこう。忘れるなよ、人は誰でも光になれるのだ」
剛空「光ってるのがまずかったんじゃないの」
 しかし、剛空の言葉が終わらぬうちにナガンノンの姿は消えていた。
井「なんか納得できねえよな」
准「せっかく会えたのに」
剛空「ま、死ぬ前に会えたんだ。それだけでもよかったじゃないか」
准「死ぬ前って、一回死んどるやん」
 健蔵は何も言わず、二人のキョンシーがいた場所にかがんで手を合わせた。二人の魂が再び巡り会うことを願わずにはいられなかった。
 健蔵が立ち上がると、一同はぞろぞろと寺に戻ったが、歩きながら、井乃浄は文句を言い続けている。
井「だいたい、何でああやっていちいち光って出てくるのかね。そっと出てきたっていいじゃねえか」
准「そうやなあ」
 健蔵は、井乃浄がナガンノンを悪く言うのが嫌だったが、反論はできず、黙っていた。すると、剛空が言った、
「何か訳があるんじゃないのかな」
井「訳ってなんだよ」
剛空「何の意味もなくあの二人が俺たちの前に現れたんじゃないのかもしれない」
准「どういうことや」
剛空「俺たちだって、師匠のために用意されていたわけだ。あのキョンシーたちも同じかもしれない」
井「じゃあ、俺たちもあのキョンシーもただの道具かよ」
剛空「道具ってわけじゃないだろうけど……。どう思います、師匠」
と、健蔵に声をかけた。
健蔵「ナガンノン様は、おサカ様にあの二人がどうなるのか聞いてくださるとおっしゃていたよね」
剛空「はい」
健蔵「ということはナガンノン様もあのキョンシーのことは御存知なかったんだ」
井「ま、そういうことになるな」
健蔵「いつ、あの二人の運命を教えにきてくださるのかな」
准「そら、はよう知りたいな」
健蔵「はやく来てくださらないかな」
 剛空は黙って健蔵の横顔を見た。
 さて一行はその夜は寺に泊まり、翌日の朝出発した。しばらくは、いつものように昼には歩み、夜には宿り、格別語るほどのことはない。
 ある日のこと、夕暮れが迫ってきたが、町へはつけず、野宿を覚悟した時に、前方に家の灯りが見えた。
准「しめた、家があるで」
井「泊めてもらえるかな」
剛空「行ってみるしかないだろ」
 そこで一行がその家を目指し、日が落ちる頃その家にたどり着いた。着いてみると大きな屋敷で、門の額にはなんとか府と書いてあるが、暗くてよく見えない。
 相手を怖がらせてはいけないので、健蔵が馬から下りて門をたたき、
「旅の者です。一夜の宿をお願いできないでしょうか」
と声をかけると、中から若い女の声で、
「何の旅をなさっておいでですか」
と言う声がした。
健蔵「西方へあるものを取りに参ります」
女「まあ、西方へ。では出家の方ですか」
健蔵「はい。皇帝陛下のお許しを得て有髪のまま出家いたしました」
女「では、どうぞお入りください」
 その声と共に扉が開き、若い娘が迎え入れた。井乃浄は思わず、
「うひょっ!」
と声をあげたが、剛空ににらまれて黙った。
女「さあ、奥へどうぞ。大したものはありませんが、お食事の用意をいたしましょう」
准「助かったー」
 これも剛空に軽くにらまれた。
 この屋敷で何が起こるのか、それは次回で。