V遊記

第14回


 さて、キョンシーが帰ったあとの一行。
健蔵「不思議なこともあるものだ」
剛空「しかし、最初に仕事が与えられていながら、そちらの方は実現していないままというのは腑に落ちませんね」
准「天界の仕事のさせ方もけっこうええ加減やで」
井「そうだよな。ま、夜には俺があのキョンシーの思いを叶えさせてやる」
剛空「勝手に約束しやがって。出発が一日遅れるじゃないか」
井「いいだろ。人助けだ。ね、お師匠様、いいですよね」
健蔵「そうだね、助けてあげよう。それにこのまま寝ないで出発したら、化粧ものらないし肌に悪い」
 剛空はクスッと笑って健蔵を見た。
井「あれ、こいつ、もう寝てる」
 見ると、准八戒すでには口を開けたまま熟睡していた。
 一同それから眠りにつき、午後になって起き出した。しかししばらくは特にすることもなく、寺の回りを歩き回ったり、食べ物を手に入れたり。
 そうこうしているうちに日が暮れて、キョンシーの城がやってきた。
井「よう、待ってたぜ」
城「よろしくお願いします」
 一行は城と共に祠堂へ行ってみた。初めて見た健蔵たちは、その回りをぐるぐる歩いてみたが、出入りできそうなところは表門しかなく、そこには一枚のお札がペタリと貼ってある。
健蔵「このお札が二人の仲をじゃましているのですね」
城「そうなんですわ。これさえなければ中に入れますのに」
准「中に入って二人で何すんのや」
城「何ってあんさん、そら、二人で一緒に暮らしたい」
准「けど、どっちもキョンシーになってしもうているし、子供はできへんやろ」
城「そらそうですが……」
井「子供なんてできなくていいじゃねえか。永遠に新婚気分だ。もう死ぬ心配はないし」
城「そうですなあ。これ以上年もとらんし」
健蔵「中の様子はどうなんだろう」
 一同が、息を潜めて耳を澄ますと、中からは、ドスンドスンという足音だけが聞こえてくる。
准「お、彼女待っとるで」
井「さ、はがすとするか」
 皆が見守る中、井乃浄は門の扉に近づくと、お札に手をかけた。
 するとその時、
「待て、その札を剥がすな」
と声がして、杖が飛んできて井乃浄に当たった。思わず井乃浄はかっとなり、杖の飛んできた方をにらみつけた。見ると、そこにはいつの間にか道士の服装をした若い男が立っていた。
井「何だお前は」
道士「それはこっちのせりふだ。なぜ札を剥がす」
井「お前には関係ないだろ」
道士「関係ある。あの札はわたしが貼ったのだ」
井「こんなもので死んだ二人の邪魔をしやがって」
と言うと、井乃浄は宝杖をかまえ、道士にむかって打ちかかっていった。道士はさっとそれをかわし、自分が飛ばした杖に指を向けると、その杖がさっと飛んできて井乃浄を後ろから突いた。井乃浄が振り向くと杖が空中に浮いている。道士はさっと飛びのくと、杖に指を向け、井乃浄にうちかからせる。井乃浄は自分の周りを飛び回る杖を相手に、突けばかわし、打てば受け、休むことなく宝杖を振り回し続け、杖に誘導されて、どんどん健蔵たちから離れていく。
准「あの道士、けっこうやるやん」
健蔵「だいじょうぶだろうか」
剛空「まあ、様子を見るしかないでしょう」
准「わきからあの道士をやっちまったらどうやろ」
剛空「下手に助太刀すると井乃浄が怒るだろう」
 キョンシーの城は気が気でなく、お札を見たり、二人を見たりしている。それに気付いた准八戒、
「そや、今のうちにはがしたろ」
と言うと、扉に歩み寄り、無造作にお札に手をかけた。健蔵と剛空も、そちらに目を向けたが、准八戒ははじき飛ばされることもなくお札を剥がしていく。お札は破けることもなくきれいに剥がれた。准八戒はお札を投げ捨てると、扉に手をかけた。剛空は如意棒を構えたが、准八戒は気にすることなく扉を開けていく。ついに、扉は開け放たれた。
 城は、扉が開くのを待ちきれず、中に向かって声をかけた。
「俺や、城や。迎えに来たで」
 すると、中から急いでこちらへ向かってくるキョンシーの足音が聞こえ、美しい娘の衣装を身にまとったキョンシーが現れた。
「もう離さへんで」
 と言うと城は女キョンシーに抱きつき、女キョンシーは言葉もなく城にしがみついた。
准「よかったなあ」
 准八戒は目に涙を浮かべて二人を見ている。健蔵はその姿を見て、いつもとは違う准八戒を見るような気がした。
 一同は二人を見ていたが、剛空がまず口を開き、
「さ、二人だけにしてやりましょう」
と言って、健蔵の袖を引いき、離れたところで戦っている井乃浄と道士の方へ歩きだした。
 道士は、祠堂の扉が開いたのを見てこちらへ走ってくる。井乃浄はその後を追い、剛空は如意棒を構えて待ち受けた。
 するとその時、健蔵が宙を見つめて声をあげた。
「ナガンノン様」
 見ると、空中に光の固まりが現れ、その中からナガンノンが姿を現した。
「やあ、何か立ち止まってるようだから、どうしたのかと思って」
 健蔵はうれしくなって一歩進み出て、
「ナガンノン様、実はですね、この二人が」
と言って、顔はナガンノンに向けたまま城たちの方を指し示した。
ナガンノン「この二人って?」
健蔵「え?」
 その時、准八戒の悲鳴のような声が聞こえた。
「あーっ、粉々になってしもうた」
 健蔵が城たちの方へ目を向けると、そこにはキョンシーの姿はなかった。
 一同が城たちのいたところを見ると、そこには二人の着ていた服と、ほこりの山があるばかり。ほこりは、風に吹かれて少しずつ散っていく。服は抱き合うような形になったまま。
健蔵「もしかして……」
 走ってきた井乃浄、状況を見て取ると、
井「そうだよ、そのもしかだよ」
ナガンノン「何があったのだ」
井「何がじゃねえよ。あんたが光ってるから、二人とも死んじまったじゃねえか」
ナガンノン「二人?」
井「あんたが光ってるから、その光を浴びてキョンシーが死んじまったんだよ」
ナガンノン「そうだったのか。キョンシーがいたのか。これも運命のいたずらだろう」
准「運命のせいやのうて、思いっきりあんたのせいやん」
ナガンノン「まあ、そう言うな」
 そう言ってナガンノンは道士に気付き、
「あれは?」
と健蔵に尋ねた。健蔵が答える前に井乃浄が答えた。
「あいつがキョンシーの邪魔をしやがったんだ」
 道士はあっけにとられてナガンノンを見ている。
ナガンノン「何だかわかりづらいな。もう少しわかりやすく話してくれ」
井「そう言われても簡単には説明できないよ」
ナガンノン「そうか、話はあとで聞くとして」
と言うと、道士の方へ目を向け、
「なかなかの法力をもっているようだね」
と言うと、道士の方へ歩み寄った。道士は後ずさりせずにナガンノンを迎える。
ナガンノン「だいぶ修行を積んだようだね」
道士「はい。わたしはなりたいものがあるんです」
 さて、この道士のなりたいものとは何か、それは次回で。